AI小説がランキング1位・・・だと??

AIを使って楽ちんに小説を書くことを夢見ていた情報に振り回される素人系物書きでしたが、本格的にやろうと思ったら、今現在だとちょっと無理な気がしてきたという壁にぶち当たりました。

ことの発端は、なんかどこかの小説掲載サイトのランキングでAI小説が1位になった(+一日の更新数37?)ニュースがあったこと。
どれどれとその評価や反応を見てみたんですが、多くは投稿のシステム的な問題(大量投稿で他が埋もれてしまうなど)についてで、肝心のこのAI作品の出来についてはほとんど語られず、AIの執筆クオリティーがこんなことをするアグレッシブな勢力をもってしてもその程度なんだと思ったから。
まあ、そもそもの投稿サイトで世にでる作品がそんなに質の高いものを求められていないっていう側面はあるものの、知名度やお金に敏感なやる気ある層が多くいそうな感じなのに、まだAI作品で埋め尽くされていない時点でそんなものだという判断に傾いてしまった。
まだ、AI作品の大量生成っていう夜明け前の可能性もあるけど、それすらすでに見越して将来性(お金的な)がないから、あんまりやってる人がいないのではと思ってしまう。

実際にテンプレートな作品は作りやすいといっても、長くなると設定の破綻やブレがやっぱりあるみたいで、よほど環境構築してる人でも調整や確認を考えると、最初から自分で書いた方が早いか、よくて同じくらいなんじゃないかと。
小説って、一文一文はそんなに影響ないようで、相互にゆるく影響を及ぼして、与えあって文体や作風になっているから、どこかちょっと違うだけで変に感じちゃう。一定のトーンを保つのも難しい、その上で設定や進行が破綻なく進行するのは、よっぽどテンプレートな原型のままじゃないと難しいのかと再確認しました。
AI作品は、よく企画とかであるリレー形式の作品がきれいに話がまとまっていても、どこかバラバラちぐはぐに感じるのに似ている感じがする。なんか一貫性がないというか、そんな感じ。
たまに、二次創作を書いている人とか、複数の他作品の影響をゴリゴリに受けている(パクっている)作品にもそんなちぐはぐさを感じたりするけど、この感覚はなんなんだろうか。
作品の後ろにいる作り手の人格みたいな影をみているのか、作品自体を人格みたいに捉えようとしているのか、ちょっとよくわからない。
ともかく、最近はAIでの小説の本文執筆より、アシスタントとしてのAI運用にシフトさせようと考えている最中です。
誤字脱字チェック、書いた文章の分析、全体の構造解析、あとはこの表現で伝わる?どんな解釈になる?とか直接聞いたり、notebookLMの音声解説に入れてどんな風に聞こえるか、感想みたいに聞くと新しい発見や再認識があるので重宝している。
chatでの感想とか音声解説も、肯定ベースだから中立的、批判的な要素を指示しないといけないのが面倒だけど、自分じゃない見方からの情報が得られるのは、ぼっちの物書きにサイコーな環境です。
そんなわけで、AIによる小説執筆の本文をズバッと生成は諦めて、より効率的にかつ楽しみながらできるAI運用にしていくことに切り替えた素人物書きの冒険は続く――。
ちよまつ (2025-11-05)


