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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

11G目:北斗の6

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午前6時30分、店についた。

漫画喫茶からの直行で開店まだ2時間以上ある。だが一番ではない。すでに先客たちがいる。

「うわ、あんなにいるよ」

駐車場の車とたむろする人の数にヨシハルがいう。

今日は人気機種である北斗のイベントだ。各列の最低1台に設定6が入る。その狙う客たちというわけだ。

今はまだ車内で待機する客も多いが、あと30分もすればぞろぞろと出てきて長い列を作る。

この時間から集まった客たちは別にただ早く打ちたくて並んでいるわけではなく、目当ての台を取ること、ひいてはその可能性が高いと思う台を取るためにこんな時間から集まって列を作るのだ。

国道に面しているために道行く車からはその列が見えるだろう。

あと少しすれば出勤の時間帯。その時間にパチンコ屋に列を作って並んでいるのだから、よく馬鹿にされる。かたや仕事へ、かたや並んでまでパチ屋へ行くのだから当然だ。

しかし、この列に並んでいる何人かは月の勝ちが50万円を超える者もいるはずだ。特にこの北斗のイベントだけを追って大きな勝ちを手にする客は一定数いる。

まあ、そのような明確な目的を持つ客ばかりではなく、なんとなく勝てそうだと集まった客の方が多いのは間違いない。

現実的には一番先に店に入らなくても台さえ取れればいいわけだが並びの人数が増えれば増えるほど並び始める時間が早まっていき、結果的に遅くなると店に入る頃には台が選べない。だから目当ての台がある場合は、この並びに付き合わなくてはいけないわけだ。

店によっては並んだ順ではなく抽選という手段を取るが、この地域ではそれがあるのは少数だ。

並び始めた客たちに混じって自分たちも列に加わる。おおよそ30番目といったところだ。あとは今の入場順で狙い台を効率的に回れるルートを確認してカズキらとムダ話でもして待つだけになる。

開店まであと10分になった。

数名の店員が表に出てきて入場の際の注意点などを説明が始まる。誰も聞いていないが店員は再三に渡って『遊技台はお1人様1台まで、物による台の取得禁止ならびに見つけ次第撤去する』と繰り返す。

そうしていざ入場が始まると、今度は混乱を避けるため5人区切りで中へ通されていく。

ようやく順番がまわってきて中へ入ると横目に空き台かどうか確認しつつ小走りに目当ての台へとむかう。

途中に狙っていた台が2台あったが、すでに取られていた。通りたかったルートに先行した客たちが密集していたので店の奥側の狙い台にむかう。

目当ての台が見え、その周囲には客はいない。だが物が置いてあることもあるので下皿を見るまでは安心はできない。

台のそばまできて下皿をみる。何もないことを確認し着席した。とりあえずこれで台を確保、一息つくことができる。

開店までまだ少しの時間がある。その間にも多くの客が台を選ぶためにウロウロし、すでに台を決めた客たちは携帯を見たり隣と話したりして時間をつぶす。ここからではカズキたちの姿は見えないが、たぶんどこかの台を取っただろう。

店員のマイクによるカウントダウンが始まった。

それがゼロまでくると同時にいつものやかましい騒音が鳴り響き、客たちはいっせいに回し始める。

店内はいっきに営業ムードに切り替わったが自分は打たずに一度席をたった。自分のとった台の列が見えるように通路までいき携帯を片手に他の客たちの台の様子を観察する。

朝の高確の有無を確認するためだ。

北斗は設定6に変更すると約50%で高確でスタートする特徴がある。だから朝一30ゲーム前後の様子を見ておけば少しは参考になるというわけだ。

演出と成立役などからおおまかな予想をつけ携帯にメモをつける。間違いなく高確なら5、ほぼなら4、わからないなら3、薄いなら2、そしてあまりあることではないが絶対に高確ではないと判断できたら1という具合につけていく。

2、2、3、-、2、2、3、4、2、2。自分の列は、こんな感じになった。

1台だけほぼ高確の台があったが他は微妙。3をつけた台は早々にレア役を引いた台だが演出を見る限り正直2をつけてもよかったかもしれない。

残るは自分の台だけだが、それは後回しだ。一応は店員の呼び出しがかからないように2ゲームだけ回してまた席をたった。

今度は、他の島の北斗の様子を確認しに行く。

すでにそれなりのゲーム数が回されているので朝一の高確確認はできない。なので今度はめぼしい常連客が座った台番と目立った挙動があった台をメモしていく。

ある程度のレベルの客になると低設定と判断すれば躊躇なく台を捨てる。逆をいえば彼らがまだ打っている台は何らかの高設定要素があるということになる。自分の台がダメだった時、自分の座った列に設定6らしき台がでてしまった場合に、あとから他の島にいくことになる。そうなった時の参考にするフォロー策みたいなものだ。

それを一通り終えてから自分を台を打つことになる。打ち始めるのは遅くはなるが、そもそも最初に取った台が都合よく設定6ということは少ないので、このやり方の方が効率的だ。

まだ開店してから20分程度だが店内は大賑わい。それもこの人気機種である北斗のイベントのおかげだ。

だが、人気が過ぎて増台につぐ増台を経て、今ではこの店の半分がこの北斗の島という事態になっている。普通なら同じ機種は多くて8~16台くらいで、一機種で50台以上というのは見たことがない。それだけ人気があるということで大きなブームとなっている。雑誌もこの北斗の特集一色だ。

ざっと見まわってメモを取り終えて自分の台に戻った。

ようやく打ち出し始めるわけだが、この台が目当ての設定6なら何の問題もない。だが、それは打ってみないとわからないし、今からそれを判別していくことになる。

朝一で高確、レア役確率が良好、初当たり確率も良好、ボーナス後の高確が50%前後、高確以外での初当たり出現、俗にいう謎当たりが数回あれば、だいたい設定6だ。

言うのは簡単だが、そう上手くいかないのが常でレア役確率が良くても初当たり確率が悪い、ボーナス後の高確は良好でもレア役がこないなどのアンバランスが起こる。だから総合で判断するしかなく、設定判別自体は難しい部類に入るかもしれない。

逆に高設定をすぐに否定しないのでお客にとって打つ理由が残り、いつまでも高設定の夢を見ながら低設定を打つことになりやすい。店としては最高の状況だろう。

打ち出した最初の30ゲームの演出の感じは高確ではなかった。しかし、これだけで捨てるわけにいかないので続行する。

今度はレア役確率と高確への上がり具合をみながら、初当たりを目指して打ち進めていく。

今日のイベントは北斗の列に必ず1台は設定6が入るというものだ。この列の様子からはそれらしい台はまだ出ていない。まだ可能性はあるだろう。

この状況だとしばらくは打つことになる。もう少し時間が経てば消去法でそれらしい台も見えてくる。とりあえず当たらなくても500ゲームは回そうと決めてレバーを叩いた。

午後10時15分。店を出ていつものファミレスにきていた。

「サトルは?」

店を出た時にはいたサトルの姿がないのでユウジに聞いてみる。

「帰るって」

そう言うなりさっそく頼んだビールを飲み干すユウジ。

「サトルがヤベーよ。給料前借してるとかいってたし」

それを聞いていたヨシハルがいう。

「この間なんか、北斗で第一消灯が5連したのに入んなかったってぶち切れてたな」

「消灯5連って確定なの?」

「違うだろ」

「たぶんキンパルとごっちゃになってんじゃない」

細かいことは気にしないサトルだが妙なところだけ覚えていたりする。それが、そもそも間違っていたりするから負け続けているのだろう。

「その前は何を思ったのか閉店20分前に猪木とかやり出してバケ6択2回当てちって結局取り切れねーで閉店とか、もったいねーよ」

「そりゃ、負けるわな」

「止めてやれよ」

「俺も前に会員カード作ってやった方がいいよって言ったんだけど、これ作ってから調子が悪くなったってカード真っ二つにしてぶん投げてた」

「ああ、もしかしてサトルがこのカードって当たりを操作できんのかもしれないって話してきたのそれかな」

「台にカード差し込むわけじゃないのにどうやってやんだよ」

「解析とかは全然興味ねーのに、なんで店の遠隔の予想はできんだろうなー」

不思議そうにつぶやくユウジ。

「負けてくやしいんだろ」

ヨシハルはそう結論する。

遅れていたカズキが現れた。カズキだけ連チャンが終わらず延長していたからだ。閉店は10時30分だが、ボーナス中などだとそこから最大15分の延長ができる。店によって対応は異なるが、これがこの辺では一般的だ。

「結局、何枚出たの?」

ユウジが聞く。

「1万2千枚。最後26連で取り切れなくてヤメさせられた」

「スゲーな万枚かよ」

「おめーのも6だったんだろ。何枚出たんだよ」

そうカズキが聞いてくる。

「んー、3500枚だった」

「なんだよ、しょぼいな」

カズキはそういって軽く笑う。負けることもたまにあるが平均して5000枚以上出る北斗の6に朝から座って、この程度だとそういう態度にもなる。

「いいよなー、カズキもツトムも1発で取れて。俺なんか取れなくて他の店行ったよ」

「何言ってんだよ。おめー朝から低設定で20連させたとか言ってただろ。どんだけ運いいんだよ」

「ちがーんだよ。あれは狙い台が取れなくて……」

ユウジはわけのわからない言い訳を展開する。

「どこがちがーんだよ。それにおめーが言ってた3台どれも入ってねーじゃねーか」

カズキはそれを遮って鋭く突っ込む。

「あっ、おれトイレ行ってくる」

そういってユウジは逃げた。

「それより明日どうする?」

「今日の不発の台の据え置き狙いだな」

そうカズキはいう。今日のようなイベントの翌日は特に継続したイベントなどは行われないが、前日の高設定台が据え置きにされることがそれなりにある。もちろんあっても数は少なく、そもそもない場合もあるが前日の据え置きを狙うということはすでに狙い台が決まっているので見抜きやすく、何台も打ち散らかすリスクがない。それに告知がないので競争も少ない特徴がある。

「おれ、どーすっかなー。ロジャーでイベントなんだよな」

ヨシハルは違うイベントが気になるようだ。

「そっち行って取れなかったら戻ってくればいいだろ。どっちいっても変わんねーよ」

悩むヨシハルにカズキがいった。

イベント翌日の不確定な据え置き狙いとは異なり、イベントであれば確実に高設定がある。しかし、多くの客が集まるので競争になってしまう。カズキの言う通り、どちらにしても一長一短で簡単な正解はない。あとは細かい特徴や店の傾向を考えて実際に自分が取れそうな方を選ぶだけだ。

「今月あと6万で100万に届くんだよなー」

カズキが携帯をいじりながらいう。たぶん収支をつけているのだろう。

「まだ後4日あるし、よゆーでしょ」

「北斗の6を5回も取って、しかも全部5千枚以上だもんなー」

羨ましそうなヨシハル。確かに凄い結果だがヨシハル自身も相当勝っているはずだ。

「今が俺の年収のピークだな」

冗談っぽくカズキがいう。

「先生。今日はお祝いですか?」

戻ってくるなりユウジが調子よくいった。

「しょーがねーなー、好きなの食えよ」

「ごちそうさまでーす」

カズキのおごり宣言にヨシハルが調子に乗って注文を出したので、テーブルに乗りきらないほどお皿が運ばれてくる。食べ終わる頃には朝になり、そのままパチンコ屋へと並ぶハメになった。

眠い目をこすりながらカズキたちは前日の不発台へむかう。

自分は昨日と同じ台へ。それなりに出た台だが見栄えのいい目立つ島ではないので、そのままの据え置き、あるいは変えてきても両隣のどちらかに設定6が入ると予想したからだ。

打ち出したものの眠気と疲れからか気が乗らない。ダメそうなら帰って寝ようと考えていると演出が騒がしくなり、そのままあっさりと当たった。謎当たりというやつだ。

おそらくは見逃したチャンス目から当たったのだろう。朝一は高確ではなかったはずなので通常か低確状態でのチャンス目から当選――、それは設定差がもっとも大きい部分になる。

1日の内に数回確認できれば設定6を確信できる代物が朝一すぐに現れた。期待の嬉しさより先に今日も夜まで打ち続けることの方が頭に浮かんだ。

2005年7月15日  +58000円
16日 +121000円

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(現在地:社会ふ適合/11G目:北斗の6)

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