2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
暖房をつけた車内で雑誌を読んで時間を潰す。
今は午前8時31分。そろそろ整理券が配られるはずだ。毎朝行列を作っていた店先だが今は誰も並んでいない。温かい車内で待機しているのだ。
朝の入場順は抽選という形になった。
それまでは並び順だったが増える人数とそれによるトラブルが多く起こるようになり、その状況に店側が対応したようだ。
35分を過ぎると店員が現れ整理券を配布し始める。それを受け取って今度は入場番号が印字されたクジを引くことになる。整理券はその抽選を受けるためのものだ。
抽選になったことで時間ギリギリまで並ばずに待機するのが当たり前の光景になった。駐車場にはあちこちに数人単位の集団が見える。ノリ打ちグループたちだ。
ここ最近ではノリ打ちグループにも変化があった。それまでは元から知人同士のメンバーだったグループたちが分裂と吸収合併を繰り返し、より組織的になってきている。今残っているのは、それなりにできる少数精鋭のグループか、人数に物を言わせる人海戦術型のグループのどちらかだ。
50分になると店員が番号順に並ばせるのが始まり、列の後半に差し掛かる頃には開店時間となる9時近くになる。
入場が始まり客たちは小走りで中へ入っていく。前ほど殺伐とした様子はない。抽選順になったのもあるが、みな慣れてきていて、どの順番ならどの台が取れるかある程度わかっているからだ。
今日の入場順は31番。約70人ほどいる中ではちょうど真ん中ぐらい。
この順番で取れる台は前日のややハマリ台しかないだろう。だが別にかまわない。いつものことだからだ。
中に入り、むかったのは中年の警部が奮闘するというアニメがモチーフの台のコーナーだ。
この台の人気はそれなりにあるが朝から率先して取りに来る客は少ない。設定推測が比較的難しいというのと設定に対して安定感にかけるというのが理由になるだろう。ましてこの店に入る設定は6ではなくその下の設定5か4だからなおさらだ。
とりあえず前日771ハマリの台を確保する。
単純にハマリ台狙いをするためだが、この台の最深天井は深く1441なので朝一から優先して狙うには効率が悪い。それでも狙うのはリセットの有無、つまり設定変更を見抜ける可能性もあるからだ。
この機種は特定回転数以上でボーナスの種類がビッグに固定されるので朝一で当たった回転数とボーナスの種類で設定変更が確定し、それ以外でも設定変更が濃厚になるような条件もある。
この前日771ハマリの台だと当日229ゲーム以上、前日と合わせて999ゲームを越えてバケが出てくれば設定変更が確定し、229ゲームを以内にビッグが出てきても設定変更の可能性が高くなる。
ハイエナしつつ、当たり方によっては高設定狙いもできるというわけだ。
実にムダのない立ち回りのようで実際はこれしかやりようがないのが実情だった。
ノリ打ちグループたちがいるので当日のイベントコーナーとわかりやすい宵越し台は取りにくい。そんな中での宵越しとしての価値も低く、イベントコーナーでもない機種の競争の隙間でなんとかやりくりしている。
打ち出して148ゲームを境に液晶上の演出が騒がしくなる。
前兆が始まったようだ。ゲーム数が進むにつれて演出頻度が高くなり前兆ステージへと移行する。前兆中の演出が強めだったので当たる可能性は高そうだ。
普段なら早いゲーム数でのボーナスは喜ばしいことだが、今回の条件だと素直に喜べない。
この台は前日771ハマリで当日の今は166ゲームだ。おそらく177ゲーム前後で当たるだろう。据え置きなら足した948ゲームというところだ。
この台は999ゲームを越えればビッグ確定になる。一方で566から999ゲームの間での当選の大半はバケとなってしまう。さらにいえば設定変更であった場合は約30%で181ゲームまでに当たる。
つまり、ここで当たってしまえば枚数の少ないバケの可能性が高い上に設定変更かどうかは不明という最悪な当たり方になってしまう。
どうせなら、ここでは当たらないでほしい――。そう思いながら打ち進めていくが連続演出に発展し、あっさりと当たってしまった。
そして揃ったのはバケ――。さっさと消化し181ゲーム回して席をたった。
時間をみるとまだ9時41分。スロットコーナーを見て回るが出来そうな台はない。店を変えるか、いったん帰るか、を考えるが、もう少しだけ様子を見ようと歩き出す。
各コーナーを見て回っているとカズキの姿を見つけた。朝一に見かけなかったので少し遅れて来たのだろう。
「それ好きだな―」
カズキが取った台が、ちょっとアレだったので冷やかすようにいってみる。
「これしか6取れねーんだよ」
しかめっ面でいうカズキ。
カズキが狙った台は通称『番長』と呼ばれる台だ。その名の通りの時代錯誤の番長が色々とパロディを繰り広げる人気台だ。
「まあ、これ昨日の6でしょ?」
「朝一フェイクがリセットじゃなかったから、たぶん据え置き」
たぶんと控えめにカズキはいったが、ほぼ間違いないだろう。
この台の設定推測は難しい部類だ。しかし特定のゲーム数帯にゾーンがあり、そこで入るフェイク前兆を確認することで据え置きか変更なのかは簡単に見抜ける。
具体的には前日の最終ゲーム数を確認しておいて、それを当日最初のフェイク前兆に入ったゲーム数と比較する。前日のゾーンでフェイク前兆が入れば据え置き、それ以外なら設定変更という感じだ。
「まあ、昨日出てないし、そうだろうね」
この番長は人気機種だ。あの吉宗の後継機。それを開店に遅れてきたカズキが、ほぼ高設定台だろう台に座っている。
普通は人気機種であれば真っ先に席が埋まり競争が激しいものだ。しかし、この台は少し勝手が違う。朝一から並ぶような勝ちにうるさい客からは敬遠されているのだ。
理由は簡単、勝てないからだ。正確には出方が激しく、高設定を取ったからといって安定して勝てないという感じだ。
しかし、最近のカズキは、この番長ばかり打っている。
勝てないと思われているので簡単に高設定が取れるからだが、案の定というか収支は芳しくない。その証拠に高設定台を取ったというのに浮かない顔だ。
ここに集まった多くのノリ打ちグループもこの番長は避けている。
額面上の性能だけ考えれば機械割107%、勝率66%といわれる番長の設定6だが体感的には勝率は半分以下で、なにより使い金額の多さが目立ち悪い印象の方が強い。
かくいう自分もそうだ。番長で6が取れるとしてもやりたくはない。
かつて設定6といえば勝ち確定、五千枚、万枚は当たり前だったが、今の機種は規制によって大きく性能が下がったものが多い。この番長にいたっては、かつての平均的な設定4以下の性能しかない。
この番長のコーナーには当たっていない台もある。前日の高設定台を打てば1台くらいは据え置き台を見つけられるだろう。
そう考えたが、カズキを残してコーナーを後にした。
再びできそうな台がないか見て回るがみつからない。まだ開店して1時間程度だが、もうめぼしい台もない。店を移動したとしても状況はあまりかわらないだろう。
一応は番長以外で高設定を狙えるコーナーが一つだけ残っている。
気は進まないが、そのコーナーへ向かう。予想通り客は1人もいない。
4台あるこのコーナーは、かなり不人気というか見向きもされていない死に島になっている。
その中の1台を選んで座った。理由は前日の高設定台だからだ。
前日の履歴を見る限りボーナス回数は一桁で、そもそも稼働がない。店側が高設定の発表をしなければわからないレベルだろう。
さっそく打ち出し始めるが、なんとなくやる気がでない。通路にお客は通るものの誰も座ろうとしないようだ。
不人気とはいったが台のモチーフ自体はカルト的人気で社会現象までになったロボットアニメなので、つまるところスロット台として魅力がないということだろう。
それにこの台は他の台とは違う特別な機種になる。この台は全国のホールに入った初の5号機なのだ。
4号機と5号機の違いは見た目ではわからない。違うのは、その中身。
簡単にいうと今まで当たり前だった連チャンが不可能になりある程度回せば必ず当たるという天井もなくなった。大きくゲーム性が変わったといえるだろう。厳密な違いは色々とあるものの客からすれば単純に『出ない』ということにつきるかもしれない。
全てのスロット台が、この5号機になることが決まっている。4号機が射幸性とやらを著しく煽るというのが理由らしいが詳しいことはわからない。
確かに4号機のAT機とストック機はやり過ぎた。大量出玉を餌に大きな金額を使わせるゲーム性になっていた状況に規制が入ったようだ。
この誰もいない5号機の島を見ると本当に今ある4号機がなくなるとは思えない。
打ち進めていくが別に5号機だからといって特に変わったことはない。
リールは3本あるし大きな液晶画面で演出が起こる。レバーを叩き、ストップボタンでリールを止める感じも同じだ。
しかし、4号機でできたゲーム数による当選とボーナスのストックが不可能になった。それにより天井や連チャンがなくなり一撃何千枚という大勝ちの可能性がなくなった。これがお客にとっての一番の違いになるだろう。
打ち出してちょうど100ゲームに到達した。使った金額は2千円だ。
この台はかなりコイン持ちがかなり良い。4号機の多くの台が千円で30ゲーム前後回せるのに対し、この5号機のこの台は約50ゲームも回る。
4号機で指摘された部分である使い金額の増加が、これで幾分は抑えられているわけだ。
何回か当たり設定推測要素も悪くない。たぶん据え置きの高設定だろう。だが下皿のメダルは少し減ったり増えたりを繰り返している。
時間をみるが打ち出してまだ2時間も経っていない。この台を打つと時間が過ぎるのが遅く感じる。ストック機のメリハリがあるゲーム性に慣れてしまっているせいだろう。だから同じ事の繰り返し感が強くて時々頭が痛くなってくる。
ちょっとハマったので休憩がてらハイエナできる台がないか見回りにでた。
時間も2時を回り、店内は落ち着いている。朝にいた客の半分は他店へ流れ、残っておる客はそれなりの台を取っているものがほとんどだ。
新しく訪れる客は少なく、これから5時を過ぎるまではずっとこんな感じだろう。
店内を一周するも飛びついてやるような台はなかった。ただ気になる台があった。朝一打ったあの島で当日まだ当たっていない311ゲームの台だ。
前日が549ゲームで終わっているので宵越しなら860ゲームになるはずだ。しかし、それは設定変更がないことが条件になる。もしされていれば300ゲーム台という低いゲーム数からやることになってしまう。
しかも前日とのゲーム数を合わせても天井を越える当日900を回ったところで設定変更が確定し、そこまで回してしまったら当然やめるわけにもいかず続行になる。最悪を考えると4万円近い額を使うことになってしまう。
だが現状でこれを見逃すのはもったいない気がしてしまう。そう考えて下皿に携帯を置いてキープし、席へと戻る。
移動してしまうとこの台に戻れな可能性も出てくるが不人気台なの大丈夫だろうと思いながらメダルをドル箱に移し席をたった。
メダルを移し、さっそく打ち始める。
最悪の場合が頭をよぎるが、そうなるよりも手前で当たることの方がはるかに可能性が高い。リスクを考えると打つ台が減ってしまう。そうでなくとも最近は台の確保が厳しくなっている状況だ。リスクばかりをみてはいられないだろう。
打ち始めてすぐに液晶が騒がしくなった。前兆が始まったが、たぶんフェイクだろう。
気にせず打ち進めていくと前兆に違和感を感じた。長いのだ。それは前兆が本物、つまり本前兆であるということを指している。
この台はフェイク前兆と本前兆とでゲーム数が異なる。本前兆の場合は前兆ゲーム数にプラス数ゲームのプレ前兆がつく。ようするに前兆に前兆がつき、それがないフェイク前兆と比べて結果的に長くなるというものだ。
プレ前兆分のゲーム数は短いので気づけないこともあるが、ちゃんと数えるようなことをしなくても違和感として感じるだろう。
この台以外にもこの本前兆にプレ前兆を採用しているものもあるが、まだ少数だ。
個人的にはいらない機能。これがあると前兆中盤にはフェイクかどうかわかってしまい興ざめになることも多い。実用的な側面といえば自力解除契機とゲーム数解除が重なってしまった時の判断材料になるくらいだろう。
この長い前兆からバケが当たった。最悪のケースを想像していただけに早めの当選は嬉しいが結果だけみればやる必要もなかった。
さっさと消化して席をたつ。また出来る台がないか見回ってから、元いたあの5号機の島へと戻った。
だが、さっきまで誰もいなかった島に客がいる。しかも自分が移動したあの台だ。たぶん履歴が良かったから何となく座ったのだろうが調子よく当たったのか下皿にはメダルが敷き詰められている。しばらく空かなそうだ。
この時間帯に台からあぶれてしまうと次がなかなか見つからない。諦めて店から出ることにした。
車に戻るとワイパーに紙切れが挟まっているのに気づく。
見なくても検討はつく。金貸しのチラシだ。090から始まる電話番号と車や免許証だけですぐに金が借りられるという内容だろう。それが辺りの車全てに置かれている。
明らかに真っ当な業者ではない金貸しに借りるやつがいるのか疑問だが、このパチ屋の駐車場にいる時点でその予備軍ということなのだろう。実際に借金を苦にパチ屋のトイレで首吊りがあったとかいう話も耳に入ることもある。適度な遊びの範囲を飛び越えて自分から追いつめられにいく輩はいるし、それを食い物にしている輩もいるのだ。
いつの頃からか街中に手軽な無人融資を謳う小さな建物が乱立し、融資、利息、返済、そして多重債務などという言葉が身近になった。
だがその原因の中心にパチンコの負けがあるとは思えない。いくらでも負けられそうな起伏の荒い台を好んで打ち仕事終わりに毎日来るような客でも年のマイナスは100万程度、200万以上負けられる客は相当な日数と時間をかけるので普通に働いていてはそもそもが難しい数字だ。
年間100万の負け――、大きい金額だが何かの趣味を持つなら別に珍しくもない額。ゴルフや釣りなどのレジャーに年に3、4回ほど旅行に出かけるならこのくらいは使うだろう。
パチンコは世間が思うほど負けられないのだ。
よくニュースになる『パチンコで借金・・・』というキャッチーな見出しは実際のところパチンコ以外の金の使い方が荒く、身の丈にあった生活ができていない者がほとんどだ。
目先の遊ぶ金欲しさに借金を繰り返し、膨らんだ利息の返済に追われている身でパチンコを打てば新たな借金が増えていく。だがパチンコで負けた金額より長時間滞在することになる店内でのジュースに煙草、帰りの食事、勝った時の豪遊から風俗、現金が手元にある気の大きさから高価な物を買ったりする方が金額としては大きいのではなかろうか。
これに借金の利息が加われば返済は遠い幻になるだろう。
現にパチンコで5000万借金したとかいう話は聞かない。できないのだ。だから300万だとか500万とか妙に現実的な借金の額になる。その金額のうち実際にパチンコの負けた額はいかほど含まれているのかは詳細に語られることはなく、すべて『パチンコで負けた』という一点で済まされる。
詳細に調べればパチンコの負け額より借金の利息に払っている額の方が多いケースもあるだろう。だがそれはニュースではいえない。CMを出しているスポンサー様がその金貸しであるから。
高給取りのアナウンサーが神妙な面持ちでパチンコで抱えた借金が原因で・・・、などとニュース原稿を読み上げた直後にコミカルな演出のCMで少額融資を宣伝するのだから笑えてくる。
紙切れを駐車場に放って車に乗りこむ。
他の店に向かうことも考えたが時間帯的に効率が悪いので今日は切り上げてアパートに戻ることにした。
翌日、同じように店に入り数台の宵越し台を漁ってやる台がなくなった。
カズキはまた番長を打っている。昨日と同じ台に座っているということはたぶん出なかったのだろう。そっとしておくことにした。
そして昨日よりは早めにあの5号機の島へと入る。
昨日の高設定台の履歴を確認し、それなりに出ていることと前々日から据え置きだったことから今日はないと判断し、その左隣に座った。
打ち出して設定推測要素であるベルとスイカをカウントしていく。即効性のある設定看破方法ではないが、だいだい2000ゲームも回せばそれなりの精度になるはずだ。
他は特に気を配るようなことはなく退屈だ。
大きな液晶画面がつき子役ナビも連続演出もあって4号機と変わらない。だが子役によるボーナス当選もなく連続演出にいたっては発展ゲームの時点でほぼボーナス否定していることも多くあった。
よく知らないライトユーザーならまだしも目押しのできる客からすればこれを面白いとは思わないだろう。
打ってみるとボーナスがかなり重い印象だ。だが確率をみると普通に引けていたりすることがよくある。感覚のせいだろうが、それだけ4号機とは違うという現れなのだろう。
かなり時間が過ぎた気がして時間を確認すると、まだ午後2時なことにため息がでた。
いったん席を離れ、ハイエナできる台がないか探しにでる。
当日ノーボーナス台の中に出来そうなものが何台かあったので移動することにした。例え戻れなくなっても別に構わない。また明日狙えばいいだけだ。
2台ほど宵越し台を打って5号機の島に戻ったが案の定取られていた。
だが下皿にライターが置いてあるだけなので、待つか店員に呼び出しをしてもらえば戻れるだろう。そう思ったが昨日と同じく店をでることにした。
駐車場にむかう途中で携帯が振るえる。メールだ。
歩きながら確認すると、『はなしかありますかえつてきなさい』と書かれている。
この暗号のようなメールの送り主は母だ。なんだか嫌な予感がする。この奇妙な文面と相まってなお恐ろしくみえる。
何?とメールで事を済まそうと返信した。
車に乗り込むところで再び携帯が振るえる。確認すると『とにかくかえつてきなさい』と暗号のような読みづらい文字が並んでいる。
濁点も小文字も打てない母にしてはずいぶん早い返信だ。どうあっても直接会って話すつもりらしい。特に他の店のあてもないので、あきらめて実家へと帰ることにした。
空いている国道を通って実家に向かうと20分もかからず着いた。
「ただいまー」
返事はない。裏口を開けた先、暗い台所から茶の間が見え曇りガラスに小さい影が映る。母だ。
「座りなさい」
久しぶりの息子にさっそく命令する母。その目は据わっている。反論は全て言い訳扱いの強硬な姿勢に子供の頃の記憶が蘇る。
「何かしたっけ?」
どうせ小言が待っていると覚悟して先に聞く。
「今日、小森さんの美容室にいったら、そこであなたの事を聞いたんです」
実の息子をあなたと他人行儀にするあたりが、いかにも不機嫌といった感じだ。
「何を?」
座りがてら聞いてみる。
「仕事辞めたんだって?」
「ああ、それか、もう随分前だよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてない! ユウジ君のお母さんに息子さんも就職難で大変よねって言われて知らなくてエライ恥かいたんだから」
そう怒鳴る母。
「息子が無職だって事が恥ずかしかったんだ」
「そういう事じゃないの! 何で黙ってたの?」
「忘れてたんだよ」
「忘れたってあるか! そんな大事なことを!」
一段と張った声で怒鳴る母。そうとう御立腹のようだ。
「今時同じ仕事ばっかり続ける方が珍しいよ]
「そんなの言い訳だ!」
とにかく大声を上げる母。
「あんた無職でどーすんの? あんたもう25になんだよ」
一方的な話を聞いていると頭が痛くなる。
「別に…、生活は出来てるよ」
「パチンコか?」
ずばり言い当てられた。本当の事だが話がこじれるので返事は止めておく。
「あんたパチンコなんかにのめり込んで人生ダメになるよ。財産全部取られんだから」
「別にのめり込んでないよ」
「まさかパチンコなんかでいつまでもやっていけると思ってんのか?」
「ずっと続くなんて思ってないよ」
「じゃあ、どーすんの?」
しつこく畳み掛けてくる。
「仕事探すよ」
とりあえずこう言っておく。
「そうしなさい。それが普通なんだから」
「……普通ってなんだよ」
母の根拠のない自信に腹がたって小さく言い捨てた。
「また屁理屈言って。当たり前のことだろ! お前は逃げてんだ!」
母は耳が痛いほどの大声を張り上げた。怒っているのだろうが、それはこちらも同じだ。自分が正しいと思って疑わない頑固さに腹がたつ。
「もういいよ。話してもムダだし」
そう言って話を切り上げた。まだ話が終わっていないと引き止める母を無視して家をでた。
薄暗い空の下、車を走らせると渋滞につかまる。会社帰りの一斉帰宅の群れだ。普段なら避けて裏道をいくところだが忘れていたせいで抜け出せなくなってしまった。延々と並ぶテールランプの壁に舌打ちが響く。
2005年12月22日 -24000円
23日 -4000円
(現在地:社会ふ適合/15G目:破滅への前兆)