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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

18G目:スロのない生活

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目が覚めると外が薄暗い。そして体はダルい。

寝転がりながら窓から外を眺めると、たくさんのカラスがどこかに飛んで行く。ねぐらに帰るのだろう。

何となく出たあくびのまま携帯をみるとメールが11通も届いている。

どうせパチンコ屋からメールだ。だが一応は確認する。

朝の種まきから昼のテコ入れ、夕方前の一押しとだいたいは一店舗で3通、夜の分も合わせれば4通以上配信されているのが普通だ。

内容も文面も様々だが基本は一緒だ。

開店の案内、イベントの告知、そのヒント、店のHPの紹介という構成が多いが重要のは具体性があるかどうかだ。特定の機種やコーナーを指定したり、あるいはそれを匂わす文言に注意しておく。

かつてはメール内容で一つで朝の客付きが激変したり突然の混雑があったりしたものだ。

だが最近のメールは、それを匂わせるだけで中身のないことが多くなった。その文言も派手なようで肝心の具体性がないものが当たり前になっている。

パチンコ屋にいかなくなって3ヶ月がたった。

ある日、いつもの減るATの台を打っていたら突然に体調不良に襲われた。頭の痛みに目眩や吐き気・・・、とても打っていられなかった。

音の少ない外にでると少し治まるが再び店内に戻るとすぐに同じような症状に見舞われる。その日はどうにかメダルを流して帰ったものの翌日以降も同じ症状が現れてまともに打っていられなくなった。

ネットで調べたところ、どうもパニック障害というやつらしい。

過度のストレスや環境などを原因に起こるもののようで症状は様々ならしいが音や光に過敏になり過ぎ、それをきっかけに発作的な症状に起こる場合があるようだ。思い当たるのはパチンコ屋のあの騒音と台から発せられる光と音。それにあの時は終日稼働が当たり前になっていて疲れていたのも重なったのかもしれない。

調べていると同じような症状になったパチンコ打ちがそれなりにいることも知った。単純な客というより自分と同じようにパチンコで生活する者たちだろう。

しばらく休めば治るだろうと考えて、この生活を始めてからはじめての長い休みを取ることにした。

朝起きる必要もないので昼過ぎに起きるのが当たり前になり気づけば夕方ということも多くなった。

再びメールがきた。パチンコ屋からではなくジュンコだろう。

確認すると夕飯の案内だった。ご丁寧に献立まで書いてある。

着替えてジュンコのアパートにむかった。

「最近スロット行かないんじゃん」

夕食を食べ終わりぼーっとテレビをみているとジュンコが聞いてくる。

「あー、少し疲れちゃって」

「勝てなくなったの?」

「んー、それもあるんだけど、前より長くやんなきゃならなくなったから疲れるんだ」

「前も朝から晩までだったじゃん」

「そうなんだけど前は朝から一台を粘り倒す時はたまにの沢山勝てる台だけで、あとはちょこまかと動くから気分転換にもなってたんだ」

「へー」

簡素な返事をするジュンコ。

「移動したり探してたり見てたりして意外と打ってる時間は少なかったんだよ。それが最近の台は長時間打たなくちゃいけないから・・・」

最近の台とは5号機のことだ。ハイエナができないので、おのずと高設定狙いになり取れれば終日という形になる。

「ふーん、そうなんだ」

興味のない話を長々と聞くあたりジュンコも配慮しているのだろう。だからなのかジュンコは最後まで『ヤメろ』とは言わなかった。

 

翌日は昼過ぎに目が覚めた。

窓の外には青空が広がり気持ちよさそうだ。窓を開けたが風が冷たいのですぐに閉めた。

することもないので、とりあえずテレビをつける。

チャンネルを切り替えて面白そうな番組を探すが見つからない。結局ワイドショーニュースに落ち着く。

しかし、ニュースの内容は安倍総理がどうとかとか中学生が自殺したという暗い話題ばかりだ。あとはゲームをやるか映画でも借りるぐらいしか思いつかない。自分の趣味のなさを痛感する。

子供の頃、よく学校の先生に『お前らは受身ばかりで主体性がない』なんてよくいわれたが、その通りになってしまったわけだ。

電話がなった。たぶんダイスケだろう。

「モードBで赤7ってありえなくねー! ストック飛ばしてんじゃん、もうあの店にいかねー!」

ダイスケの長い長い第一声だ。大声で怒鳴り散らしてそうとうご立腹のようだ。

パチンコ屋にいかなくなったが、ダイスケからの例の困った質問はしょっちゅうきていた。

「モードBでビッグでも青7確定じゃないよ」

「えっ? そうなの? おれ今までBで青7しかきたことないよ」

「たまたまでしょ。だからストック切れじゃないと思うよ」

そもそもダイスケのいうモードBは怪しい。移行率も低いし毎回確実に見抜けるようなものではない。おそらくはモードAのゾーン以外で純ハズレ解除を勝手にモードBだったことにしているのだろう。

「なんだよー。がっかりだー」

気の抜けた声を出すダイスケ。がっかりではなく安心した、だろう。言葉まで間違っている。

「最近さー。運が悪くてダメだ」

「まあ、キツイだろうね」

ダイスケに限ってはやり方に問題があるのだろうが、ここは労っておく。

「でも、今日はいける気がすんだよね」

そう晴れやかな声でオカルトをいうダイスケ。今から5000枚出してくると宣言し騒音が大きくなったところで電話が切れた。

相変わらずの様子だが電話の向こうのあの騒音が懐かしく感じる。

ダイスケの話は基本的に自分のことだけなので参考にならない。だが環境が悪いことは間違いないだろう。ノリ打ちグループたちも変わらず幅を利かせているようだし設定の入りも悪いようだ。

そんな中でユウジがノリ打ちグループに完全に入ったようなことをダイスケがいっていた。ヨシハルは早々に就職、カズキも現状の厳しさに見切りをつけて仕事を探しはじめたらしい。

もう潮時なのかもしれない。

十分休んだし、そろそろ戻ろうかと思っていたが今戻ってもあのうるさく眩しい減るATしか選択肢がない可能性を考えると弱気にもなる。それに当面をしのげたとしても、これから先はより厳しくなってくだろう。特の来年には4号機が完全になくなるXデーが待っている。

正確なXデーは10月にあるらしいが実際には台を設置できる検定期限があり、その前にほとんどの4号機は撤去される。

近づくにつれ期限を迎える機種が増えていき特に現状の4号機で高い設置率を誇る番長がなくなる7月前半、ないし6月後半が実質的なXデーになるかもしれない。

もうすぐ完全な5号機の時代がくるわけだ。

別に5号機のスペックについては心配していない。むしろ今あるスペックの低い4号機よりも優秀だろう。

怖いのは客付きだ。4号機と比べて5号機は客がつかない。客がつかなくては売上げはなく、それでは高設定が入れられず余計に客がつかないという悪循環が起こってしまう。

実際にどうなるかはわからないがすでにスロットコーナーを縮小する店も出てきているのを考えると、その可能性は高いだろう。

率先して行き始める理由はないが貯金の方が心もとなくなってきた。別に何をしたわけでもないが金だけは順調に減っていく。

働くか――、ふとそう思う。

先のないパチンコ屋でアレコレやって収入を得るより働いた方が早い気もする。

気が進まないことではあるが選択肢として考えておく必要はあるだろう。

ジュンコが置いていった求人雑誌を思い出して探したが見つからない。しかたなくコンビニにいき買い物がてらよくある無料の求人誌を持って帰った。

買ってきた弁当を食べながら求人誌をペラペラとめくる。

予想はしてが、まったく興味がわかない。なんとか注目してみようと試みるも今度は時給や勤務時間という数字にしか目がむかない。どれも似たような範囲内で、れを上回るのは夜の仕事かアットホームを売りにする怪しい匂いのするものだ。

例外的なのはパチンコ屋の妙に高い時給ぐらいだろう。他が750円程度のなかで1000円の時給が輝いている。

だが、パチンコ屋で働く気にはなれない。一時期は大卒の就職先として選ばれるほど社会的な立ち位置を得たようだが、それは単に就職難の中で入りやすく給料が他より良いという点だけの受け皿で、長い人生を預けられるような真っ当な業界には思えない。それに4号機がなくなり業界の先行きが危ぶまれているのを知っている身としては避けたいところだ。

ページを捲っていくがやはりろくなものはない。そもそも無料誌の正社員募集に期待する方がおめでたいのだ。ジュンコの言う通りまだハローワークで探した方がいいのだろう。

だが、そこで求人を探してもあまり変わらないかもしれない。無料誌と違い細かな待遇条件が書かれはいても、それがちゃんと守られているかどうかは入ってみないとわからないからだ。

嘘ばかり――、求人のイメージとしてはこんなところ。

最初に入ったあの会社も書かれていた待遇はそれなりだった。残業なし、休日出勤なし、ボーナスは約2ヶ月分で年2回、年次昇給ありなどと普通にまともだった。

しかし、入ってみるとそれらが守られていなかった。

こういうことは当たり前なのだろう。就職している同級生たちにいわせると、それをいかに上手く手を抜いてチャラにしていくかが腕の見せどころだと豪語していた。

それはいいとしても問題は入るまでだ。

探して、応募して、面接と手順を踏んで、ようやくスタートラインにたてる。面倒すぎて嫌になる。

とりあえず、ひさしぶりにスーツを取り出してみるがなんだかカビ臭い。

次は履歴書だが、これが一番やっかいなものだ。

書くのも面倒だし学校を卒業した年月日など間違いやすい。そして何より職歴の欄に4年の空白があることがあきらかになてしまう。面接は、どうせ「夢はなんですか?」とかバカな質問をしてくるのだろうから何とでもなる。

しかし、履歴書の空白は大きなネックだ。面接をすればこれを聞かれるのは必至だろう。どんな上手い言い訳を考えても印象は悪い。

みなが口を揃えて早く働けというのは、これがあるからだ。

色々と想像してみるも良いイメージは浮かばない。とりあえず働くのはあとで考えることにした。

翌日、朝のメールを目覚ましに起きる。

支度をして車に乗り、出勤にむかう車で混雑する道を避けて通い慣れたあの場所を目指した。

2006年12月2日 -14000円

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(現在地:社会ふ適合/18G目:スロのない生活)

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