2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
開店待ちの列に並んでいると電話がなった。
開いた携帯の液晶に浮かぶ文字は母と出ている。ボタンを連打して黙らせた。
口論になったあの日から一度も実家に帰っていない。連絡も無視しているが生きていることくらいは伝わるだろう。何を考えているのか、月に一度だけ決まって朝に電話がかかってくるようになっていた。
「フォーユー潰れたんだってな」
前に並ぶ常連とおぼしき中年客のでかい話声が耳に入った。
その店名には覚えがある。自分がはじめてメインに通った店だ。スロットブームに乗ってオープンし連日賑わって、それが2年ほど続いた。その後は通う店を変えたのでわからないが、それなり繁盛していたはずだ。あの頃を知っていると、それが潰れるほど客がいなくなったとは想像しがたいものだ。
「河田にあるセブンズもダメだっぺな」
「ビッグエーの新装なんかストック消しだったしなー」
「客がひけんのは、はえーから」
顔の前で手をひらひらさせ突き放すような物言いをする常連客たち。こんな会話をよく聞くようになっていた。
確かにこの地域の店の環境が目に見えて悪くなっている。その中では閉店する店――、俗にいう潰れた店も出てきていた。
朝の並びでされる会話は、その店や付近の環境をよく反映している。まったくのムダ話も多いが中には役に立つ情報も含まれていたりするものだ。聞き耳を立てておくのも悪くない。
列には続々と客が加わっていく。やけに多く感じる。
今日はたいしたイベントでもない。それなのにこれだけ客が集まるのは他の店に期待が持てないからだろう。
この辺りの店では、ここが一番まともだろう。たから各店の常連をしていたような連中が集まってきているのだ。彼らも喰いぶちを確保するのに必死なんだろう。
店の環境が悪くなるとそこを根城にする常連たちが移動してくる。今後は、こういった形で客が多くなっていくかもしれない。
8時40分になり入場のための抽選が始まる。続々と抽選を受け時おり奇声や怒号を発しながら駐車場に散っていく。5人以上のグループが3つ横目に見えた。ノリ打ちグループないし、それに近い客たちだろう。
この人数な上に多数の乗り打ちグループの中では苦戦は必至だ。息を吐きその苛酷さを受け止める。
ようやく順番が回ってきた。願いを込めて引きぬいた入場券の数字は60。ハズレみたいなものだ。
これで前日の連チャンモード残りや天井近い台に座れる可能性はほぼなくなった。連チャン残りなどは、やっても1台しかできないから問題ないとしても高設定狙いをするには遅い番号だ。人気のある機種には座ることもできないだろう。
8時55分になると番号順に並びはじめ雑談していたグループがバラけて列に戻っていく。
入場は番号順ということだがノリ打ちグループたちはメンバーな内で入場券を交換している。台を効率よく取るためにグループ内の特定の人物に早い番号を渡すのだ。だいたいは店や台のことをよくわかっている男で、かつ足の速く目当ての台が取れなかった場合にも即座に違う場所にある台を抑えることのできる慣れた奴になるだろう。
ノリ打ちグループは全員で入場券をひくので1人2人は早い番号を手にできる。その早い番号で入場した者が残りのメンバー分も台を確保していくわけだ。
入場券の交換はルール違反だが現状では店員が取り締まるすべがない。
それに朝一での物品を使った台取りは禁止で店員が撤去することにはなってはいるが、それが徹底されていないのも問題だ。都内などであれば容赦なく徹底されていたりするが田舎の意識の低い店ではなかなか難しいようだ。
これ以上なくノリ打ちグループに有利な環境だ。今はこんな中でもやっていくほかない。
入場が始るとガラス越しに男たちが一定間隔で走り去っていく。
あまりに台取り競争が激しくなり客同士のトラブルが多発したことで朝の入場は1人ずつになった。前に入った客から10秒前後の間を置いて、次の客を入れていく。
その僅かな台取りに使えるアドバンテージが客を走らせる。そうかと思いきや、ただみんなが走り出す……、そんな空気だから狙い台も特にないのに走る客も多くいた。
ようやく入場した頃には開店時間をとうに過ぎていた。
昔は開店時間前に入場が当たり前だった事が懐かしい。順番も50番を過ぎると走る客は少なくなる。この位の番号からは特に狙い台もなく、あっても取ることはできないと諦めるからだ。
スロットコーナーにと辿りくとめぼしい台は埋め尽くされていた。
見たところ期待できる島もピンポイントで良さそうな台もほとんどがノリ打ちグループに抑えられている。1つのグループでこそないが他の客にしてみれば同じようなものだろう。
ノリ打ちグループの台頭は今に始まったことではないが、ここ数ヶ月で目にみえて増えた。地元からだけでなく店の対策の甘さに目をつけて都内方面から流れてきているのかもしれない。
しかし、最近はそれも目立ち過ぎる。注意書きの次は抽選自体がなくなるか何らかの対策を取られるだろう。
やり過ぎれば対策される――、そうわかっていても誰かが先をいけば追わずにはいられない、そんな環境だ。
主要な島と台はもう手遅れだ。諦めて人気のない島にむかう。
他とは比べて客はいないが、それでもポツポツと台は取られている。
だいたいは前日の高設定台だ。単純に据え置き狙いだろう。ノリ打ちグループたちが、とりあえず取った台でやる気は感じられない。
前日の高設定台の隣で、かつそれなりに稼働した台を条件に探してみる。
条件にあう台の中から1台に絞って座った。決め手はカンだ。
正直いって期待はできない。あくまで隣の前日高設定台が据え置きでないことが確認できる位置であることが重要なのだ。
隣がまだ打ち始めないので時間を調節するために見回りに出た。
開店して間もないスロットコーナーを歩いていると貯メダルを下ろせる再プレイ機の周りに人だかりができていた。雰囲気から察するに揉め事の類だ。
遠目から見ていると太った1人の客が延々と再プレイ機の前でメダルを下ろしている。足元には軽くメダルの入ったドル箱が3つ置かれ今は4つ目のドル箱に入れるメダルを下ろしているようだ。
それを守るように2人の客が後に並ぶ客の間に入っていり、ちょうどその辺りで口論が起こっている。
ようするにアレだ。再プレイ機を独占するノリ打ちグループと、それに不平を唱える後続のノリ打ちグループの対立だろう。
通常の再プレイ機は引き出し制限がある。会員カード1枚につき500枚が引き出せるが、1回に引き出せる枚数は200枚になったりする仕様だ。全て下ろすには計3回のカード挿入、暗証番号入力、メダルの払い出しと時間がかかる。
だから『混雑時は1回の引き出しまで』という暗黙があるのが普通だ。
それを破って何度も引き出しを続ける挙句に他のメンバーのカード分全てを使って長時間に渡って占拠し続ける。
朝の混雑時に、そんなことをすれば揉め事も起こる。1人の客であれば、そんなことをする度胸はないだろうがグループになると出来てしまう。
手の出る喧嘩に発展しそうになる頃になってようやく店員が現れる。それでようやく騒ぎがおさまった。
くだらない事だが最近は珍しくもない光景だ。
店内での揉め事だけでなく店外でもよく起こっていた。店員が対応しにくい店外の方が揉め事が派手だ。ボコボコになった車を何度か見かけたりした。何かの報復か何かだろう。
席に戻って打ち始めることにする。開店してからもう20分もたった。
目安にする隣の台も打ち始めたばかりで参考にならない。打ち出さずに台を確保し続けるのも難しいので、ゆっくりと打ち進めながら様子をみることにした。
この台は『秘宝伝』と呼ばれる4号機で設定推測要素は豊富にあるが、その中でもビッグ中のハズレ出現率にそれなりの差があるタイプでサンプルが集まれば看破は早い。手っ取り早く設定を見極めるにはビッグさえ引けばいいわけだ。
だが、そう簡単に引ければ苦労はない。
そこで自分の台以外のハズレ確率を調べる方法を取る。隣が前日高設定台を選んだのも、それが把握しやすいからだ。
隣だけでなく、できれば同じ機種全体でハズレ確率がわかれば、今日の高設定台の場所が推測しやすい。
ビッグ中は各対応役ごとに決まった効果音があり音が一緒なのはチェリーとハズレだけだ。打ち手のレベルと払い出し音に注意しておけば離れた台のハズレ確率をおおまかに把握できる。
隣は通常時から目視で正確に判別し、その他はビッグ中の音を頼りにしていく。精度は下がるが設定の高低ぐらいは推測できるだろう。
店内は騒々しいBGMが流れ他の島からでる作動音で埋め尽くされているが、聞きたいと思う音は意外と聞こえるものだ。
このビッグ中のハズレ確率に設定差があるものは昔から多くあった。
ハズレを数えるというものはスロットを打たない者にしてみれば、よくわからない仕組みだろう。
一部の機種タイプでは内部的には常に何かが高確率で成立し、何にも当選しない状況・・・いわゆるハズレを抽選契機の1つとして利用してきた。AT機ではハズレによるAT抽選、ストック機ではボーナス強制解除の契機役という感じの役割だ。
個人的にも、かなりお世話になった設定推測要素でその信頼性は高く感じてきた。
だが、もうすぐ4号機が終わり5号機になる。
5号機のビッグはほぼ枚数固定だ。特に設定推測ができるような仕様ではないらしい。ビッグ中のハズレを追うこともきっとなくなるのだろう。
今日座ったこの台も別に狙ってまで取るようなものではない。入場番号が悪く、まともな台が確保できない場合の妥協策だ。
そうはいってもノリ打ちグループが朝の抽選で有利をとっていく中ではやらざるを得ない日も出てくる。今後は、もっと厳しくなっていくことを思えば余計に選り好みはしていられないのかもしれない。
淡々と打ち進めながら遠くで鳴るはずのハズレの音を探した。
2007年3月14日 -24000円
(現在地:社会ふ適合/19G目:ハズレの音)