2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
あくびがでた。眠くはないのにあくびはでる。
8時10分。開店にはまだ早いがやることもないのでアパートを出た。
徒歩で一番近い店へとむかう。途中でコンビニでスロット雑誌を立ち読みして到着が開店ちょうどになるように時間をつぶす。
9時ちょうどに店に到着し、のんびりと中へと入った。
この店に朝から並ぶ物好きはあまりいない。それでも10人程度はいるがほとんどが沖スロと呼ばれるものにむかうスロ打ちの中でも変わり者の常連たちだろう。
5号機時代になって環境は大きく変わった。
それをよく現しているのが朝の並びだ。毎朝の恒例行事として店先に出来る列はその店の状況に比例する。長かれば良好、短ければその逆となる。10人程度の並びなどいないも同然かもしれない。
店員がバスケット片手に現れて温かい飲み物を並ぶ客に配って歩く。店も少なくなった朝の並びを苦慮しているのだろう。
入場し目当ての島にむかうが誰もいない。よりどりみどりだ。
とりあえずカド台に座り回し始める。
7ゲーム目にチェリーを引いた。メダルを落として隣へ移動する。
12ゲーム目でチェリーを引いてしまった。隣へ移動する。
3台目になった台ではチェリーより早くベルが揃った。
次ゲームからはステージが変わり毎ゲームのようにリプレイが揃いメダルが減らなくなる。RTに入ったわけだが通常時は配列上1/3でしか取れないチェリーがナビされ始める。他の子役もあるのでメダルは少しずつ増えていく。
通常のRTに加えてチェリーナビのアシストも入るのでARTと呼ばれている。
ARTに入って33ゲーム消化すると通常ステージに転落する。画面は通常ステージだが内部的にはチャンスゾーンになっている。略してCZと呼ばれるものだ。
この最中にベル成立するとARTに突入し、チェリー成立がするとCZが終了する。
要するにチェリーを引く前にベルを引け――というゲーム性になるわけだ。ベルの引きがよければARTが長く続き、ボーナスを引かずともメダルが出る仕様だ。
そうはいっても限界はある。ベルとチェリーの出現割合は体感的に半々くらいだ。自力ではせいぜい5連が関の山だろう。
だが、この台にはCZ中のに成立したチェリーの種類をナビしてくれる機能もある。これがあれば成立したチェリーを意図的に取りこぼすことができてベルが先に入賞するまでの延命できるるわけだ。
ナビの回数は複数ストックすることがあり自力では限界があるARTの大連チャンを可能にする。
そのナビはボーナス中に獲得できるがボーナス確率が悪くナビ獲得の抽選も優しくはないので獲得できても2、3個が多い。大量ナビストックはこの台における1つの夢みたいなものだ。
ART後のCZでチェリーを引いてしまいメダルを払いだして隣へ移動する。
移動した台でチェリーより先にベルが引けた。
ARTに突入し淡々と消化していく。特に何事もなくARTは終了し直後にチェリーを引いてしまった。タイミングが悪い。
5台目になった台ではベルが先に引け再びARTに突入した。
この店の通称『赤ドン』の島は朝一でベルさえ引ければにARTに突入するようになっている。別に不思議なことではない。全台リセットをかけているからだ。
ボーナス後と天井以外でCZに入るタイミングは設定変更だけだ。設定変更とリセットは同じような意味で使われるが設定変更が設定の上げ下げに使われるに対し、リセットは単純な設定の打ち替えに使われる感じだ。
全台リセットがかけられているとわかっていればCZだけを回すやり方ができる。
リセットがかかった台をひたすら移動を繰り返していく。
起点となるベルとチェリーは少し回せば引けるものだ。10ゲーム前後で決着がつくことがほとんどになる。
チェリーを引いたらヤメ、ベルを引いて突入したARTを消化して転落するまで続ける。かなりセコいやり方になるが効果は高い。
千円で2台程度こなせてベルさえ引ければART分の消化ゲーム数とメダルを手にできる。ボーナスを引けなければ手元にメダルは残らないがほとんど負けはない。
ボーナスが引けたなら、その分が丸々残るので勝てる時はそれなりに勝てたりする。
5台目で入ったARTが4連し100枚近いメダルが手元に残った。
移動しようにも残りの3台はすでに回されてしまっている。今日はもう終わりだ。帰る前にスロットコーナーの様子を見に行く。
朝並んでいた常連たちは沖スロコーナーに散っている。それ以外にはポツポツと客がいるだけだ。
5号機だけになった店からは客が消えた。
4号機がなくなったせいだ。特に開店から昼すぎくらいまでは絶望的に客がいない日も多くあった。
その影響が少なかったのは沖スロしか打たない客たちくらいだろう。沖スロは特別な機能などないノーマルタイプが主流だ。当たったら告知するだけなので5号機でもほぼ同じものを作れる。彼らの中には4号機と5号機の違いを意識しないで打っている者もいるかもしれない。
メダルを流すためジェットカウンターの前で店員を待つ。
目で店員を探すが見当たらない。呼び出しボタンを押して待つと店員は店の奥の方からのんびりと歩いてくる。
店員は気だるい感じでメダルを流し始めた。
この時間はこの店員が1人で受け持っているようだ。減った客に合わせて人員を調節しているのだろう。働く側にも影響があったわけだ。
流したメダルは134枚。千円使ったので84枚のプラスになった。金額にして1500円の勝ちになる。ご飯代くらいにはなったわけだ。
カードに貯メダルしさっさと店をでた。
時間を見るとまだ9時40分だ。他の店に行ったところでやる台はないだろう。どこかの店にリセット台が残っているかもしれないが1、2台やるために移動する気にはなれない。
寄り道せずにジュンコのアパートに戻った。
部屋に入るなりテーブルの上のゴミと洗い物と片付ける。それを終わらしてから風呂掃除にとりかかった。
ざっとスポンジで擦ってから入念に洗い流していく。洗剤残りがあるとジュンコがうるさいからだ。
最後に布団を干して本日の仕事は終了する。あとは自由時間だ。
自分のいたアパートは解約した。
貯金が心もとなくなってきたからだ。支出を抑えるために一番大きいものを切った。
それからジュンコのアパートに泊めてもらうことにしたが掃除などの雑用を約束させられた。家賃を取られるよりはずっとマシだ。車も車検切れを機に手放したが、そんなに不便はない。田舎でもたいていの店は揃っているしパチンコ屋も歩いていけない距離でもないので我慢して歩いている。
ここ数か月前、ずっとまともな稼ぎがない。
正確にはまともな稼働すらできていない状況だ。各店舗で4号機最後の大物機種である番長が消えた日を境に環境はさらに悪くなった。
それまで日常的に入っていた高設定が極端に減った。そうなれば客は離れる。客が離れれば余計に設定が入らなくなる。そんな悪循環に陥っている感じだ。
最近では、のリセットの恩恵があるものだけを漁ってはすぐに帰るを繰り返している。
今打っている赤ドンのリセットは1台辺りで約1000円程度にはなるらしい。だが1日でこなせる台数の平均はせいぜい4台程度と限界がある。負けもしないがそう勝てもしない感じなわけだ。
やることもなくとりあえずテレビをつける。チャンネルを回して面白うそうなものを探してみるが興味がわくようなものは見つからない。
適当な番組で止めて、そのまま横になったままスロット雑誌を広げる。
ページには細かな数値が並ぶ。最近ではその数字の桁が大きいのが目立った。
5号機になってからボーナスと子役重複当選という抽選契機が増え、その数値が多く載った。4号機時代のモード移行表から詳細な子役確率表へとシフトした感じだ。
全ての子役確率が載った抽選表でページが埋め尽くされているようなことも珍しくない。
最近打っているART機にいたってはボーナス中のART抽選契機も詳細に載っている。しかも、ボーナスの3つある演出をタイプ毎になるのでその量は膨大だ。
これだけ見ると5号機のゲーム性は4号機と比べて遜色がないといえるかもしれない。
ただ、あの頃のような一撃何千枚という感覚はない。ダラダラと長く細かく出続けるゲーム性に変わってしまった。
横になって雑誌を読んでいたら5時を過ぎた。そろそろジュンコが帰ってる時間だ。
何もしていないのを少しでも誤魔化すためにとりあえず片付けなどし始める。
ほどなくして買い物袋を持ったジュンコが帰ってきた。ジュンコはそのまま夕飯の支度に取り掛かり自分は余った食材を冷蔵庫にしまう係として働いた。
「最近スロット行ってないんじゃん」
夕飯を食べ終わる頃にジュンコが言ってきた。
「んー、いってはいるんだけど……」
「また勝てなくなったの?」
「んー、そんなとこ」
そう短く答えるとジュンコはそれ以上は聞いてこなかった。
実際は勝ててはいる。だが満足いくような額には届かない。もっと多くの額を目指そうにも、そういう環境ではないのが現状だ。リスクを負っても上手くいった時の見返りがある環境なら問題ないが今はリスクにあった見返りがなく、ただリスクばかりが目立つようになってた。
翌日、開店直後の店に入った。
昨日と同じように全リセであろう赤ドンの島へとむかいカド台から漁っていく。
1台目、2台目とチェリーを引いて転落してしまう。3台目に至ってはART当選となるベルもCZ転落となるチェリーも出現せずに40ゲームも回した挙句にチェリーで終わりとなった。
3台で三千円も使ってしまった。
使う金額の低さが売りのリセット狙いでは嫌な展開だ。
リセット台は残り2台あるが他の客もいるので次が最後になるだろう。
4台目、なんとかベルを引きART突入となった。
しかし、今日の使い額は4千円になり手元にある30枚と今からARTで増える量を考えると4連はさせないと赤字だ。
ボーナスを引ければ、一気にプラスにすることもできるが、この台たちはほぼ間違いなく低設定だ。そう期待できるものではない。
打ち進めていくとART終了直後にすぐにベルを引くという展開が続いて気が付くと7連目に突入していた。
ストックナビ無しからの自力での7連とは中々のものだ。手元のメダルも実感できるほど増え今日の負けはなくなった。
いったんARTに入ってしまえばメダルが徐々に増えつつ消化できるので実質的に当たりといえなくもない。
ボーナス中はナビ獲得の抽選をしているので、時に大量ナビ獲得からの長い連チャンになることもある。それを告知する演出もタイプの異なる三種類が用意され面白いと思える仕組みだ。
しかし、CZナビの手順が仕組みの理解と目押しが出来ること前提になっていてミスをしてしまう客をよく見かける。
ナビのストックが複数あれば次回に持ち越されるがボーナスを引くなどして再びCZ状態にならないといけないので知らずにヤメてしまう客も多くいた。
店側はこのナビのストックが朝一に確認できると据え置きが確定してしまうことを嫌ってなのか常に全台リセットしている店が多くあった。この店にがまさにそうだ。
再びARTは終了し8連目をかけた勝負になるがあえなくチェリー出現で終わりとなった。結局のところボーナスを引けずやや勝ちに収まったわけだ。さっさとクレジットを落とし店を出た。
コンビニで立ち読みなどしてからジュンコのアパートに戻る。
時間を見るとまだ12時前だ。何もすることもないのでとりあえずテレビをつけた。
それを眺めながら今日は何をしようかと考える。だが、いいもの何も浮かばない。浮かぶのはこの先はどうするかというあまり考えたくないものばかりだ。
遠い将来なんて考える気もならないが当面のことは考えるべきかもしれない。
ここ数ヶ月は生活できるほど稼げていない。ジュンコのおかげで出費は少ないが、それでも金は減っていく。もう貯金はなく今財布に入っている現金だけになってしまった。
いつまでもこうして腐っていても状況は変わらない。
パチ屋の環境は悪いが良くなったところもある。あれだけいた同業やノリ打ちグループがいなくなったことだ。
本気でやれば昔ほどの稼ぎはなくとも十分な額を得られるかもしれない。
ただ今の財布にある金額だけでは足りない。一度の失敗で終わってしまうからだ。
何度かの失敗に耐えられるだけの余力が必要だ。最低でも5万・・・、いや10万円は欲しい。
ジュンコに借りることが頭に浮かぶ。
だがスロットを本気でやるという感覚が受け入れてもらえるわけがない。何か上手い言い訳がないか、ぼんやりと考えた。
5時を過ぎるとジュンコが帰ってきた。
夕飯をすませてから話を切り出すタイミングを見計らう。
「ねえ、お金大丈夫なの?」
ジュンコの方から話を切り出してきた。
「あー、まだ何とか」
答えた後に失敗したと思う。もうない、と答えればよかったと後悔する。
「もう働いたら?」
そうジュンコは言いさらに続ける。
「働く気ないの? 十分遊んだんでしょ」
遊んだ――という言葉が妙にまとわりついた。
「じゃあ派遣にもで登録してくるよ・・・」
「そんな嫌々なら別にいいよ。あたしは余裕あるし」
気を使ったのか優しげにジュンコはいう。
「お金ないんでしょ? だったら……」
「もういいよ」
ジュンコの話を遮った。
「邪魔みたいだし、もう出てくよ。今までありがとう」
ジュンコは黙っている。表情は見ないからわからない。
着替えと少ない荷物をまとめてアパートを出た。行くあてもないがとりあえず歩く。
どういうわけのなのかアパートを出るハメになった。歩くたびに後悔が滲んでくる。
気づくといつもの店へ来ていた。夜の暗さに逆らうように明かりがそこかしこから漏れている。
吸い込まれるように中に入った。
無料のコインロッカーに荷物を入れて休憩所の椅子に座る。そこで今の状況を改めて考えるが絶望的だ。財布を確認すると1万円札が2枚、それと小銭が少ししかない。
明日以降に赤ドンのリセット狙いをしても勝てる額はたかが知れている。
今日はマンガ喫茶に泊まるとしてもいずれはそれも出来なくなる。そうなれば実家に帰る他になくなるだろう。それは母に会うということだ。
考えるとため息がでる。それだけでなく今度は今日の寝床に払う千円すら惜しく思えてくる。
考えるのはヤメにしてスロットコーナーを見に行くことにした。
夕方を過ぎて午後8時前後の店内にはそこそこの客がいる。だが1日のピークである時間帯でこの程度だ。
履歴を見て回るが案の定ろくな台がない。
高設定らしき台は見当たらずほとんど回っていない台もある。その中に高設定が埋もれているかもしれないが稼動が少ない中での判断は難しい。
明日以降のヒントにでもなればと歩くが収穫はなかった。
まだ可能性があるとすればほとんど回っていない台になるが、それをやるには資金的に厳しい。せめて10万円ぐらいの余裕が欲しいところだ。
ある空き台の前で足が止まった。
履歴が良かったからではなくクレジットに16と表示されていたからだ。下皿にメダルはなく物も置かれていない。たぶん忘れたのだろう。
16枚――、金額にすれば300円近いものだ。それが放置してある。
精算ボタンを押して払いだし手にとった。あることを思いついたからだ。
メダルを持って台を見て回る。今度は放置メダルを見つけるためだ。
下皿の死角やメダル貸出シュートの裏などに注意すると意外と見つかる。クレジットの端数残りも合わせるとそれなりの枚数がすぐに集まった。
この店は5.6枚交換なので56枚集めれば千円になる。
たった千円だが、これがあればマンガ喫茶で過ごす料金分を賄える。実質タダで泊まれるということだ。
ひとしきり拾ってから何食わぬ顔でドル箱に入れ店員の元へとむかう。
会員カードを差し出しメダルを流した。ジェットカウンターの表示は67枚となりカード内に残っていた端数を合わせると78枚になった。
景品カウンターで交換すると中景品1個に小景品1個となる。1200円だ。
その後は時間を潰して深夜12時から始まるマンガ喫茶のナイトパックで入れるように調整する。
与えられた個室に入り屋根のある事の安心を感じながらとりあえずリセット狙をして、その後は・・・後で考えようと目をつぶった。
2007年12月10日 +2000円
11日 +1200円
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(現在地:社会ふ適合/21G目:失われたゲーム性)