2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
朝、マンガ喫茶の個室で飛び起きた。
寝過ごしてしまったからだ。今は8時6分になる。別にパチンコ屋の開店には間に合う。間に合わないかもしれないのは0時から8時までとなっているナイトパックの利用時間の方だ。越えた分は延滞料金になってしまう。
急いで支度して会計カウンターにむかった。
会計を始める頃には8時15分近くになってしまったが店員はいつも通りの料金を請求してくれた。
外に出た途端に寒さに晒される。
歩き出すとすぐに温かい飲みのもが欲しくなった。自販機の前を通った時に買いたい衝動にかられたが我慢する。少し早く起きればコーヒーか紅茶でも好きなだけ飲めたのだ。寝坊した自分への罰ということにして我慢した。
のんびり歩くこと数十分、開店15分前には店に着いたが車はまばらにしか見えない。入り口に並ぶ客はまだ1人もいないようだ。
さすがに開店間近になるとポツポツと並びだし始めるが、それでも10人程度の短い列になる。最近はいつもこうだ。
開店すると中へ入って目当てのコーナーへむかう。
昔であれば他の客に取られてしまう焦りから多少の早足になったものだが今はそんなこともなくなり、ゆっくり進んでいく。
なんなく目当ての台を取り着席する。
台に携帯を置いて貯メダルを降ろしに再プレイ機へむかう。この店で朝一から再プレイ機を利用するのは自分くらいだろう。
降ろした貯メダルを使って台を少し打っては移動していく。
こんなことをしているのはリセットによる恩恵を拾っていくためだ。
少し前までやっていた全リセ機種だった赤ドンはなくなってしまった。朝一でリセット漁られた後は全く稼動がなかった。高設定が一切使われる気配がないのだから当たり前だろう。他の店では看板機種として人気のある機種であるのに、もったないことだ。
その赤ドンほどではないがリセットや特定周期によりCZ状態になる機種もそれなりに入っている。
ただワンコーナーでまとまってというわけではなく3台や1台機種が並ぶバラエティーコーナーにあるという感じだ。
一通りリセットを漁った後に少ないが増えたメダル流し店を出た。
外に出て次なる店へとむかう。
朝よりかいくらか寒さは和らいだようだが風が吹き付けるとやっぱり寒い。首をすぼめて歩いた。
次の店が見えてくる。車の数から察するにさっきの店の軽く倍はいるだろう。
中へ入り出来そうな台がないか様子を見て回る。
さっきの店とは違い、リセット恩恵がある機種はことごとく回されている。
勝てるからというよりはノリ打ちグループ内のあぶれたメンバーが暇つぶしに回した感じだ。止まっている停止出目が変わった形ばかり。きっと取りこぼしなど気にせず雑に打っているのだろう。小さい恩恵しかないリセット台をで子役を取りこぼしてしまうような打ち方ではやるだけムダだ。
この店は地域の中で高設定を使うまともな店だ。
それを目当てにノリ打ちグループたちが集まってはいるが上手く店側の踊らされているようにも見える。
そんな店にわざわざ来たのは単純に客がいるからだ。
客がいれば自然と生まれるものもある。所有者がいなくなったメダルたちだ。台の横や下皿、クレジットに残されたメダルを目ざとく見つけてはそれをさりげなく拾っていく。
スロットコーナーを一周し終わる頃には20枚ほどになった。
これをポケットに押し込み、バタバタと慌ただしく行き来するノリ打ちグループを横目にさっさと店をでる。
次の店にむかって歩く。次の店は少し遠い。近くに店はあるが、まだ早い時間帯で客が少ないので遠くの店からまわって時間を調節しようというわけだ。
あけましておめでとう――。のんびり歩く景色には新年を祝う飾りや文言が見られた。
無職どころか、今はマンガ喫茶で夜を越す難民のような自分の境遇を考えると一つもおめでたくない。
あの日、ジュンコのアパートを衝動的に飛び出してからずっとマンガ喫茶で寝泊まりしている。
なぜ飛び出してしまったのか自分でもよくわからない。その時の所持金は約2万円。近いうちにジュンコに謝るか実家に帰るかの選択が待っていた。
虎の子の2万円をパチンコで増やせればそれを回避できる。そう考えたもののわずかな金額では運に任せた一発勝負しかできない。ならばと機会を伺うも都合よく今のパチ屋には目に見えて勝てるような良台は現れなかった。
ところが今の生活が一月以上続いている。
何が起こったのか簡潔に説明すると確実に勝てそうな台がないか探して歩く途中でその日の宿代くらいは工面しようと捨てられたメダルを拾っていた。それが意外と集まるもので気がつくと宿代どころか、それなりの額に達することがわかったので今はそれを頼りに生活しているというわけだ。
メダルを拾って生活する――、バカみたいな方法だが実際にできている。その日の宿代だけでなくそれ以外の生活費をまかなえるだけでなく、しまいには少しの貯金すら出来る始末だ。
40分ほど歩くとようやく次の店が見えてきた。
ちょうど昼ぐらいになり駐車場も少し埋まってきている。
駐車場に入りかかると一台の大型ワゴン車が入ってきた。見覚えのある車だ。
その車は店の入口までいくと横付けし中からぞろぞろと若い連中が出てくる。そのまま店内へと入っていき彼らを運んできた車は走り去り駐車場を出て行った。
さっきの店にいたノリ打ちグループたちだ。前の店に見切りをつけて半分くらいのメンバーをまわしてきたのだろう。
中へ入ると、さっきのノリ打ちグループたちが各島へ散らばっている。
まだ1ゲームも回っていない台を片っ端から打っているようだ。おそらくはリセット恩恵や変更の挙動を調べているのだろうが打ち方がとてつもなく雑だ。あれではわかるものもわからない。
指示通りに打っているのだろうが、その仕組みを理解していないのだろう。
見ている限り、そうして打っていきたまたま調子の良かった台を続けていくやり方になる。その後で詳しいメンバーが続行かヤメの判断しているようだ。
そんな雑なやり方で本当に勝っているのか疑問だが、それぞれが金を出しているわけではないので気にしないのだろう。
リセット台を探すノリ打ちグループを横目にメダルを拾っていく。
コーナーを一周して拾いやすいものだけを集め8枚ほど拾って店を出た。
拾ったメダルはポケットに入れておく。30枚近いメダルが左右のポケットに入っているので歩くとジャラジャラとうるさい。
時刻は昼を過ぎ、これから徐々に客足も増えていく時間帯だ。これからが本番といったところだ。
一つの店で長居はしない。小さく拾っては移動を繰り返していく。途中でやれそうな台があれば打ったりもするが、ごく稀にだ。
そうして店を回っていき途中でコンビニやファミレスで休憩を入れつつ22時くらいには切り上げて夕飯を食べマンガ喫茶に戻るという感じになる。
次の店へが見えてくるが、その駐車場はガラガラだ。
これではあまり期待できそうもない。とりあえず中に入ったが予想通りの閑散とした店内だった。
この店はスロット専門店、俗にいうスロ専だ。
メダル拾いを考えた場合に玉との併設店よりスロット専門の店の方が有利に思えたが現実は逆になった。併設店のスロットコーナーもそう客がいるわけではないがスロ専の方はひどく客が飛んでいる。
ここに並ぶスロット台は全て5号機だ。
かつて熱狂を呼んだ4号機はすべて撤去され、この5号機に入れ替わった。4号機撤去の影響を一番受けたのはこのスロ専かもしれない。
4号機と5号機――、その何が変わったかを答えられる客はほとんどいないだろう。
リール制御の一本化、リールバックライト演出の禁止など細かい変更も多いが、その中でもボーナスの枚数上限と規定ゲーム数内の出率の制限は大量獲得と連チャンという4号機の特徴を不可能なものにする。
単純に客たちは、号機のことを『出ない』と口にした。
一方でその5号機はメーカーの試行錯誤の末に格段にゲーム性を向上させてきている。そもそも最終的な出玉性能自体は後期の4号機とほぼ同じだ。大量獲得や連チャンから得られた瞬発性がなくなっただけで、その本質は変わってはいない。
客たちがいう『出ない』はイメージによるところが大きいわけだ。
新しく作られた5号機たちは規制による影響が強かった4号機後半に出された台よりずっとよく出来ている。
しかし、そんなゲーム性の向上より客たちは一撃での何千枚、数分で下皿がいっぱいになったという昔の物差しで5号機を見ている。そんな客の心情がこの光景に現れているのだろう。
閑散とする店内を一周し1枚も拾うことなく店を出た。
そこからは隣接する店を渡り歩いていきメダルを拾っていく。最初の店に戻る頃には夕方になっていた。
ちょうど5時を過ぎて車の行き来も増し歩道には会社帰りとおぼしき帰宅者たちをチラホラと見かけるようになる。
みな寒いからか早足で通り過ぎて行く。そんな帰宅者たちに次々と追い越されながら次の店を目指した。
2008年1月8日 +341枚
(現在地:社会ふ適合/22G目:かつての栄光)