2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
下皿の死角に1枚、メダルシュートの影に2枚あった。
それを自然に手に取り移動する。
次に見つけたのはドル箱の中の1枚、その隣のイスの下にも1枚、台の横に小さく積み重ねられたメダル8枚も頂戴する。おおかた小役カウントをメダルでして、そのまま置き忘れたのだろう。
今は20時15分。もうすぐ閉店だ。
最後にもう一周りして今日は終わりにしようと歩き出す。
横目にメダルがないか探していく。床に落ちているものは拾っていいたら目立つのでスルーし自然に拾いやすいものだけを探す。
あった。空き台のベットボタンが点灯している。それは残留メダルありの合図だ。
台に近づき精算ボタンを押そうとしたところで手が止まった。
47枚――、ほぼ満タンのクレジットだ。
上のデータカウンタを見上げると1と表示されている。ボーナス終了後の1ゲーム回しの即ヤメでクレジットを落とし忘れたのだろう。
下皿のメダルをドル箱に移すことに気を取られ忘れる――、ついやってしまいがちなパチスロあるあるだ。
この台を打っていた客はもう店内にはいないだろう。ならば、このメダルを頂戴してもトラブルになったりはしないがある問題が残る。
その問題とは音だ。
特定の台になると清算ボタンを押しクレジットの払い出しをする際に大きな音が伴う。警報の類の爆音だ。
1枚、2枚ならば多少うるさくてもすぐにその場を離れられる。しかし、47枚ともなれば払い出しに数秒、それを回収するのにまた数秒とかかるので目立つだろう。
どうするか悩んでいると店内BGMが消えていっそう静かになってしまった。
「当店は、もう間もなく閉店いたします。本日は誠にありがとうございました。なお、ボーナスゲーム中、確率変動中のお客様につきましては――」
止まった音楽と入れ替わりマイクにて閉店を知らせる声が響く。
この47枚は諦めて店を出ることにした。
自動ドアを越えると、もあっとした空気にまとわりつかれる。店内がいかに冷房の恩恵を受けているかを実感するところだ。
さっきの47枚を取れなかったことを考えながら歩いて行く。
いつの頃から清算ボタンを押すとけたたましい払い出し音がなるようになった。ゴト対策で導入されたものらしい。クレマン君などと呼ばれるクレジットを増加させる機械を使った不正なメダル獲得を防ぐためのささやかな措置といったところだろう。
あのような状況下でも目立たぬような方法を考えていく。
すぐに閃いた。いったん席につき千円分のメダルを買って1、2ゲーム打って席を立ちトイレなどいって時間をつぶしてから戻ってから堂々と払い出せばいい、と。すぐに気づけばよかったと後悔する。
そんなことを考えていたら、いつものマンガ喫茶に到着していた。
携帯を見ると、まだ11時13分だ。
格安プランのナイトパックが始まる0時にはまだある。待つにしても微妙な時間だ。とりあえず近くのコンビニで立ち読みなどして時間を調節することにした。
0時少し前になりマンガ喫茶のカウンターへ行くと短い列ができていた。自分と同じくナイトパックを利用する客だ。
それに並び順番を待つ。そうしてようやく個室に辿りついた。
リクライニングシートにどっぶりと座って一息ついてから靴と靴下を脱いだ。
テレビを適当につけテーブルに今日の成果である拾ったメダルを広げる。乱雑に広がったメダルを1枚、1枚、同じデザインごとに振り分けていく。
スロットに使われるメダルは店ごとにデザインが違うのが普通だ。こうして同じデザインのメダルを10枚づつ重ねていけば何枚のメダルかも把握しやすい。
作業を続けると小さいメダルの塔が並んでいく。
リクライニングシートの上で目が覚めた。
ほどなく目覚まし代わりのアラームで携帯が震えだす。7時35分だ。あくび混じりにそれを止めて優雅に紅茶でも飲もうとドリンクバーへとむかう。
少しの時間を過ごし8時ちょうどには会計をすませて外へ出た。
なるべく陽に当たらぬように建物の影を追って歩いて行く。なるべく汗はかきたくない。
途中でコンビニによって時間調整とひと涼みしてから、いつもの店巡りを始める。
今日は少し特別な日だ。複数の店舗のメダルが200枚以上になったので交換していく。もちろん現金に。
普段はタオルや小物しか入れていない肩掛けバッグに今日はメダルが大量に入っているので重い。ジャラジャラと音が出ないようにぎっちりまとめているせいか重心に偏りを感じる。それを持って店へとむかっていた。
拾い集めたメダルを交換するには少し手順がいる。
まず店にいきその店のメダルをこっそりドル箱に入れて、そして会員カードに貯メダルし、それを景品カウンターにて交換する。
言うのは簡単だが難所が二箇所ある。
一つは拾ったメダルをドル箱に移すこと。もう一つはそれをジェットカウンターで流すことだ。
拾ったとはいえ同じ店舗のメダルで揃えているので見つかっても問題ないように思えるが、そもそもメダルを持ち帰るのも持ち込むのもルール違反だ。
よってこっそりやる。店員にも他のお客にも気付かれないように自然にだ。
具体的には、それなりにお客がいる状況で左右どちらかにお客がいる空き台を見つける。隣のお客は周りを気にしなさそうな感じがいい。
次にメダルを買う。これはカモフラージュのためだ。
そして、いったん席を立ち店員が警戒していないかを何となく感じとる。トイレにむかい中で持ち込んだメダルを取り出して片手に収まるだけ持って席へと戻る。
戻るなり上のデータカウンタをいじるふりなどして手に持ったメダルを下皿に混ぜる。これは下に落とした物を拾うふりでもいいしドル箱を手に取るのでもいい。そして履歴が気に入らないふりでもしてドル箱にメダルを移して移動し、そこでも似たような流れで持ち込んだメダルを混ぜていく。
そうして混ぜたメダルを何食わぬ顔でジェットカウンターまで持って行き堂々と店員に流してもらうというわけだ。
もっとたくさんの枚数になってから流した方が手間が少ないが、それは出来ない。目立つからだ。かといって少なすぎれば数日で交換することになり、それも違う意味で目立ってしまう。
一回の交換でそれなりの額になりつつ、このメダル混ぜが目立たない程度なのが200枚前後というわけだ。
メダルを流せれば成功だ。
仮に持ち込みが見つかったとしても同じ店舗のメダルなので注意程度ですむはずだ。拾っている最中からマークされていれば早い段階で注意されるであろうし完全にバレていても出禁になるだけだ。
そんなに警戒されているなら、こんな生活が半年以上も続いたりしないだろう。
とはいえ、それなりに緊張する。
監視カメラの存在やホール内にいる店員だけなく他の客の目が意外と気になるものだ。
交換を終えて現金にしてその店から離れるとちょっと安堵する。
そうして各店舗を回っていきメダル拾いをしつつ交換に達した店ではメダル拾いをせずに交換に徹していく。交換する前後の店でのメダル拾いは少し抑えて行動し、次の交換は少なくとも2週間は開けるようにもしている。
全て終わる頃には、すっかり夜になっていた。
最後の店での交換を済ませ店を出ようとする呼び止められる。心臓がきゅっとなった。
悪い想像が頭を駆け巡ったが振り返るとそこには見知った人物がいる。
「ひさぶりじゃねー」
そうヨシハルはいってくる。
「あー、ひさしぶり。来てたんだ」
ありきたりな返事を返す。ヨシハルと会うのは本当にひさしぶりだ。
「まだ勝ってんの?」
「いや、あんまり」
「だよなー。さっき赤ドンやったけどつまんねーけど3000枚でた」
さらっと自慢をはさむヨシハル。変わっていないようだ。
「飯食いいかねー? おごってやっからよ」
ヨシハルは大勝ちして上機嫌なようだ。ここは素直におごってもらうことにする。
「とりあえず乗れよ。どうせ帰り道だから、ここ通るし」
そうヨシハルはいう。自分が車を手放しこんな生活をしているとは思っていないだろう。こんな田舎で車を持たずにいるのは不便なだけだ。
ヨシハルに連れられファミレスへと入った。
食事をしながらヨシハルの自慢話を聞く。カズキやサトルもちょくちょくパチンコをやっているらしい。ユウジとダイスケは見かけてもいないそうだ。
そこから少し前の、あの頃の話で盛り上がり結局3時間も居座ってしまった。
その後にヨシハルに送ってもらい駐車場で別れた。閉店まで時間があったが店に入らず、そのまま歩き出す。
夜道を歩くとすれ違う人たちが酒気を帯びている。たぶん明日は休日なのだろう。
時間はまだ22時になったばかりだ。マンガ喫茶のナイトパックまであと2時間もある。この生活に特に不便はないがたびたび時間調節をすることになってしまう。
そんな時は安く時間をつぶせる場所を利用する。10分くらいならコンビニ、30分なら書店、1時間ならファミレス、そして2時間ならゲーセンという感じだ。
さっそく近くのゲーセンにむかった。
中に入ると、ついつい客の数を把握しようとしてしまう。ゲーセンの雰囲気がパチ屋によく似ているからだろう。
ゲーセンで時間をつぶすと言っても別にゲームはしない。ゲーム機を見渡せる場所にある休憩用のイスに座るだけだ。それだけではなくゲーム関係の雑誌がたくさん置いてある。それを読んでいれば十分に時間をつぶせるわけだ。
近くで遊んでいた若い客たちが騒ぎ始めた。
何かと思って見るとゲーム機の一台を取り囲んでいる。場所的にはゲーセン仕様になっているスロットの旧台が置いてあるところだ。おそらくはダブルチャレンジの高倍率を成功したとか、吉宗でダブル7揃いした、ミリオンゴッドでプレミアムゴッドを引いたとかの類だろう。
どれも今は店に置くことの出来ない4号機たちの象徴的な機能。あの頃に実際に店で引けたら飛び上がって喜んでもおかしくはないものだ。
射倖性が高い、社会的にそぐわない・・・、そんな理由から不適合だとされた4号機たちも、ここではゲーム機として動いている。
ある客は懐かしんで、ある客はただのゲーム機として遊んで、たまにこうした状況を起こす。起こる確率を漠然とでも知っていれば大騒ぎもするだろう。
4号機を前に大声を出す若い客たちを騒々しいと思いながらも、それがどこか懐かしく聞こえた。
2008年7月 +410枚
+189枚
(現在地:社会ふ適合/23G目:誰かの目)