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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

25G目:死に玉ひとつ

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玉が大きく右にいってしまった。

慌ててハンドルを左に戻す。打ち出された玉がぱちんこ台の盤面右端を沿うほど強くなってしまうと、まずムダになるからだ。

大当たりからの電チューサポートを受けられる区間は通常時と比べて図柄の変動時間が短くなり消化時間が大幅に短縮されるので一般的に『時短』と略され呼ばれている。

この時短中は玉の打ち出しを通常時とは変えることが多いので、時短終わりで通常時に戻る際に誤ってムダな打ち出しをしてしまうことがよくあるのだ。

ぱちんこ台の盤面にはたくさんの釘の刺さっている。その配列の多くは中央付近にある『ヘソ』と呼ばれるスタートチャッカーから左右対称になっているのが普通だったが、最近ではそれとは違う左右非対称の『右打ち機』と呼ばれる台も増えてきた。

右打ち機とは大当たり時に右打ちして消化する台の総称だ。

ハンドルを右に大きく回して玉を強く飛ばし釘の少ない右盤面ルートを通って出玉を得るためのアタッカーを目指すので通常の台より高速に当たりを消化できるのが売りになる。

一方で大当たりが終わるたびにハンドルを左に戻さなくてはいけない仕様でもある。

今回のように大当たりが終わったのにハンドルを戻し忘れてしまい無駄玉を打ち続けてしまうのは、よくある光景になっていた。

気を取り直して次の大当たりを狙うためハンドルを小刻みに調整していく。

ハンドルの微調整を『ストローク調整』などといったりする。

要は打ち出す玉の強さの調整のことだ。難しく考えずともハンドルを右に回せば玉は飛ぶ。それでもよりヘソに入りやすい位置を探していくのだ。

ハンドルの調整はとてもアナログなままだ。ちょっとの変化で大きく飛んだり飛ばなかったりと極端になりがちで決まった位置を狙い続けるのはそれなりに難しい。だからハンドルに紙などをこっそり挟んで固定したりする。店のルールに反する違行為だがだいたいの常連客はやっている。

まずは適当な位置に落ち着けて、いったん席をたった。

昼を過ぎ少しずつ客の増えてきた店内の様子を見て歩く。一応は各台の釘調整を見ているつもりだ。

直接に釘を観察してもいいが、それよりは他の客が打っている様子を見た方が早い。

やり方は簡単だ。まずは今打たれている台の保留数をチェックしていき特に安定して保留数が多そうな台を覚えておく。それを何度か繰り返していけば良さ気な台が浮かび上がってくるわけだ。

ちょくちょくと休憩がてら見て歩き、その日が終わる頃には何台か気になる台を見つけられるだろう。

他にも打っている客の様子見たりもする。そもそも一定の知識と技量がある常連客の動向を追えば、それなりの精度で台の調整を把握できたりする。そういった客たちが長く打っていればそれなりの台となり、途中で移動したなら見込み薄となるわけだ。

もっともぱちんこでの調整などたかが知れてる範囲だ。

設定のあるスロットでは調整の上下差は必然的に大きくなるが設定がないぱちんこではほぼ同じような調整になり、あってもわずかな差で店側からすればほとんど一律ともいえる。

そんなわずかな差の中で少しでも良い台を探すのがぱちんこでの攻略になる。仮に良台を探せても、その恩恵も同じくわずかなものになる。調整の一律化が進む現状では店の用意する良調整にはあまり期待できないわけだ。

ざっと見回ってから席に戻った。

打ち出しを再開してひたすら飛び出す玉を眺める。

毎ゲーム作業をするスロットと違い、ぱちんこはハンドルを回して玉を飛ばすだけなのでかなり楽だ。しかし、することがないので暇になる。当たるまで退屈なものだ。それを緩和するために様々な演出が起こりはするが慣れてしまうとただの背景になってしまう。

そんな退屈に耐えながら夜まで打ち込んでいく。

マンガ喫茶に戻ったのは22時頃になった。

ナイトパックまで2時間ほどあるが、今はそれにこだわるほどお金に困ってはいない。

個室へとに入り、とりあえず靴下を脱いでシートにどっぷりつかる。テレビをつけてしばらく眺めたがつまらないのですぐにヤメた。

シートを倒してクルクルと回るプロペラがある天井を眺める。

目をつぶって寝ようと思ったが、それもできそうにない。時間を見るとまだ23時だ。

最近になってこんな日が増えた。それはそうだ。この生活をはじめて1年を過ぎ、いくら時間つぶしの娯楽が揃っていても飽きてくる。

メダル拾いをしていた頃は一日中歩き回っていたせいもあって早い時間でも横になれば眠れたことも多かった。

マンガや雑誌を取ってくるか? それとも映画、ゲームか? 時間をつぶせるものを頭に浮かべるが、どれも動いてまでしたいものではない。

目をつぶって、なんとか眠たくなるように仕向けてみた。

 

翌朝、開店30分前の店に到着する。

店先には20人程度の列が見えるが、こちらはスロットにむかう客の並びだ。

この店はぱちんことスロットでは朝一の入場口が別れてる。知らないと間違うかもしれないが、それはあまり起こらない。並ぶ客層が大きく違うからだ。

簡単にいえばスロットの列は若い客たち、ぱちんこの列は中高年以上がメインとその雰囲気が変わってくる。仮に並ぶ場所を間違ってもそれを感じて大概の客は気づくだろう。

ぱちんこの方の列に加わり開店を待つ。

別にぱちんこの方で並ぶ必要は感じないが開店まで時間つぶしにはなる。列に並ぶおじさんたちの話は面白いからだ。

昨日はダメだった、あの台はそろそろ来る、あの台はリーチがよくハズレる、などいい加減な話をさも真面目にしている。

他にも『特定の店員が後ろを通ると出る』『朝は玉が冷えているから温まる昼まであの台は本調子じゃない』『一昨日1000ハマリあったからあの台はまたハマる』など、独自の読みや攻略法を展開していたりする。

聞き耳をたてていると、思わず笑ってしまうような内容だったりするが当人たちはいたって真面目に考えているようだ。ぱちんこはスロットとは違ってオカルトが蔓延している。客の年齢層が高いことが主な原因なのだろう。

仕組みからいえばスロットよりぱちんこの方が単純だ。

スタートチャッカーで抽選を受けて当たるとアタッカーが開放され出玉が得られる。基本的にはこれだけの機能だが、おじさんたちはそれらが起こるタイミングをなどを執拗に予想して日夜アレコレと考えている。特に『どの演出で当たったか、ハズレたか』を気にして、そこから何かを読み解こうと必死になっているようだ。

スロットでもこういったものはあるが、どういうわけか仕組みが単純な機種ほどオカルトが幅を利かせている。逆に仕組みが複雑な機種になるほどオカルトが少ない感じだ。

そんなオカルト話を聞いているとに開店となりおじさんたちと共に店内へ流されていく。

昨日打った台を確保してからとりあえず見回りにむかう。

各台の様子を確認して開けられた台、つまり調整を良くされた台を探す。だが見つからない。全て昨日と同じように見える。まあ、いつものことだ。

貯玉を引き出してから席に戻り打ち出すことにする。

ぱちんこ打ちが台を決めて次にすることはストロークの調整だ。

かなり弱めに打つ『チョロ打ち』、釘と釘の隙間に放り込むように打つ『ブッコミ』、盤面中央の一番高いところを狙う『天打ち』など名称がついたりする。『右打ち』というのも元はこのストロークの一種だ。

ぱちんこ攻略の技術面の最も基礎的なものだが意外と重要視されていない感じだ。

最近の台はどこに打ち込もうが回らないし、このストロークが軽視されるのは仕方ないのだろう。

特に右打ち機になると盤面の右側半分は大当たり中専用となってしまう。通常時のストローク調整の幅が普通の左右対称機と比べて狭いという特徴が出てしまうので尚更だ。

それにストローク調整などというと仰々しく感じるが実際の効果はほんの少し効率的になるかもしれない、というものだ。

だから一般の客が気にするのは千円辺りの回転数になる。

いわゆる『ボーダー理論』を元にした攻略法だが、これもオカルトが入り混じった解釈がされているのが現状だ。とりあえず回れば勝てるという程度の認識の方が多いだろう。

だが千円辺りの回転数が良い台はそうそうない。

どの台も似たり寄ったりを通り越してほぼ同じ調整といえる。店側からすれば、そういう風に調整にしているはずだ。そんな中でほんのわずかにいい台、あるいはマシな台を探すのが今のぱちんこ攻略になるだろう。

地味だ。そう、とても地味だ。

だから朝並んでいるおじさんたちは何か特別なものを求めて、あんな意味のわからないオカルトを探すのだろう。

打ち出される玉を眺めながら一応はもっと良さ気なストロークを探す。といっても微調整を繰り返して様子を見ているだけだ。

そうこうしている内に当たりがきた。

ハンドルを右へ回してアタッカーが開放するまで間を置いてから打ち出す。アタッカーに入る玉数を数えて規定数の2個前になった時点で打ち出しを停止し、次の開放に合わせてまた打ち出していく。

全ラウンドが終わり打ち出しを停止する。

さっきから細かく打ち出しを止めているのはムダな打ち出しは極力抑えるためだ。効果は微々たるものしかないが、これも立派な攻略だ。

そして、ここからが電サポ状態になる。

電サポ状態とは要は電チューと呼ばれる部分がパカパカとサポート開放し始め打ち出せば簡単に回せる状態のことだ。電チューは大昔の電動チューリップと呼ばれた役物の略称らしい。

大当たりになると出玉を得られるだけではなく、連チャンを狙うための確変や時短状態になる。総じて電チューがパカパカと開放するので電サポ状態となるわけだ。

特に右打ち機の電サポ状態は快適に消化できるように設計されている。だから多くのお客はハンドルを右にしてただ眺めているだけだ。

しかし、ここでタイミングよく打ち出しを調整していくと無駄玉をかなり抑えることができる。

やり方は電チューが開くタイミングに合わせて数発を打っていくだけ。上手くいっていれば電チューに入った分の返し玉の分だけわずかに増えていく。

電チューが動き出し一定の間隔で打ち出しと停止を繰り返していく。

液晶画面ではせわしなく演出が起こっているが、それはほどほどにしてとにかく電チュー周りに注視していく。

最近では慣れてきたが、それでも熱い演出が起こったりするとチラチラと液晶に目がいってしまいミスにつながったりもすることもよくある。

当たりを引けず時短を抜けて電サポ状態が終わった。

連チャンこそしなかったものの下皿には少しの玉が残る。大当たりで得た玉ではなく、さっきの電サポ中の増えた分だ。

一般的には電サポ中であろうと玉は増えない。普通の調整なら少し減るという感じだが、ここを手ひどく削る店も多いのが現状だ。仮にきっちり止め打ち手順を実行しても現状維持がいいところだろう。

一方で右打ち機ので止め打ちの効果は高い。右打ちは強く玉を打ち出す上に右盤面の構成は左側よりシンプルで玉が電チューにすぐに到達するのでタイミングを計りやすい。しっかりと止め打ち手順を実行できれば玉が増えていく。

もちろん微々たる増加だ。だからほとんどの客はそんなことを気にせず、ただ玉を打ち出している。

一度の大当たりで得られる電サポ状態で増やせるのは、せいぜい50発から100発程度になるだろう。当たりで出る量と比べるとはるかに少ないものだ。面倒な手順とその労力に比べれば割に合わないと思うのも当然だろう。

だが電サポ中に玉が増えていくことは大きな要素だ。例えそれが少量でも1日通してみれば、それなりの量になる。

玉増えが一定以上に見込める台であれば、そもそも千円辺りの回転数は最低限でも勝てる台に変わる。そのくらい強力なものだ。特に右打ち機の中には簡単な手順で効果の高いものが多数出てきている。最近はそれを目当てに毎日を過ごしているくらいだ。

21時にはヤメにして漫画喫茶に戻った。

収支表をつけ終わるとすることがなくなる。テレビもつまらない。ゲームも飽きた。リモコンもコントローラも置いて高い天井にあるくるくると回り続けるプロペラを見つめる。

アパートでも借りようか――。なんとなく、そう思った。

最近は正直言って順調だ。メダル拾いをしていた頃は月12万円前後の収入だったが今は25万円前後になった。店の環境を考えるにしばらくはこれが続けられるだろう。

だが、いつまで続くはわからない。どこかで終りが来るはずだ。そうなればやり方を変える。その繰り返しだ。

代わりになるやり方があるのならば問題はない。だが、そんな保証はどこにもない。最悪はどうすることもできない状況になることもあるだろう。パチンコに頼る限りそれからは逃げられない。

何か別のものを考えたが何も浮かばず、ただぼんやりと夜を過ごした。

翌日も昨日と同じ台の前に座る。

設定やハマリ台を追う競争のあるスロと違い玉は特に競争がなく、それなりの台が悪く調整されるまで、ひたすら同じ台に座るようなことが多くなる。

まして今の右打ち中の玉増えに頼るような状況だとヘソを少々悪くされる程度では打てなくなるほどではない。結果的にかなり長い時期を同じ台でやりくりするようになってしまう。

別に攻略の観点からは問題にならないが単純に飽きてくる。

毎日同じ台に座って同じ演出を見て同じ手順で大当たりを消化していく。

それに止め打ちを注意される可能性があることを思うと、少し気持ち悪いものだ。

打ち出される玉を眺めていると急に回りが悪くなってきた。

多分ムラだろう。昨日と釘が変わったようには見えない。もともと千円辺りで20回に届くかどうか、というレベルの台であればこういうことも出てくるものだ。

しばらくすると保留が切れてデジタルが止まった。

動かない液晶画面とは対照的に玉は次々と打ち出され台に吸い込まれていく。

さすがにストロークを見直すべきか・・・玉の流れを目で追うが、その必要性は感じない。

それでも一応は玉の流れを眺める。

ぽつりぽつりとヘソに入り始め別にストロークを変えるまでもないように思えた。

そもそも最近のぱちんこ台の釘の配列自体がよくないことが多くなった気がする。

中央にある液晶画面は大きくなり打ち出された玉がヘソまで向かう距離が長くなった。返し玉も5個から3個という風に減ってきている。

ヘソまでの距離が長くなり返し玉も少なくなれば結果は荒れやすくなる。

中には電チューの開放抽選をするスルーと呼ばれる部分にむかった時点でヘソへの正規ルートを外れて死に玉になるような釘の配列の機種も増えた。

玉は上から下に落ちていく仕組み上、正規ルートに復帰する可能性はまずない。

唯一落ちた先にフロックと呼ばれるおまけ入賞口がありはするがほとんどの店で入念に閉められてほぼ入らないようになっている。もっと昔は完全に入らないようにバツに釘が交差していることもあった。

正規ルートを外した死に玉はそのまま無意味に消えていく。

一応は役物比率という玉の払い出しに関わる規定でフロック入賞口に一定数入らないといけないのだがそれらは守られていない。客もそんな気持ち程度の賞球など気もせずにいる。

玉は勢いよく打ち出されるもののその多くが死に玉となって消えていく。

正規ルートを辿り盤面中央に流れていく玉よりチャンスすら与えられず下へと落ちていく玉の方を眺め続けた。

2009年8月1日  +24000円
 2日   -4000円
3日  +340000円

#24←前話・次話→26G目:手ぶらのツケ

(現在地:社会ふ適合/25G目:死に玉ひとつ)

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