2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
玉が飛び交い、液晶画面内では数字のついた図柄がグルグルと回っては止まるを繰り返している。
それをぼーと眺めながら時折コーヒーなどをすすってみる。
開店から2時間しか経っていないが退屈に襲われていた。
一応は保留数がオーバーしないように気をつけて3つ目になった時点で打ち出しを止める。2つの保留状態でもゲージ内に玉が多くあれば止めていく。
打ち出しを止めるといってもほんの少しの間だけだ。だから、この攻略を知っていてもやらない客がほとんどになる。
周りを見渡してもそれっぽいことをしている客はいない。というか若い客自体がいない。みなそれなりの年齢の客ばかりだ。
スロットとは違ってぱちんこには目押しのような手順がいらない。ただ遊ぶならぱちんこの方が簡単だろう。
頭上のデータカウンタを見ると331と表示されている。
前回の当たりから331回転しているというものだ。今打っている台の抽選確率は1/99だが当たらない時はこんな風になる。
抽選確率の分母を基準にして、何倍ハマった――なんて言い方をする。この場合は3倍ハマリというわけだ。
当たらないのは別にいい。一定の抽選をし続ける仕様ではこうしたハマリは日常的に起こるものだから。
だが、とても退屈だ。ただハズレを眺めるだけの時間が続くのは辛くなってくる。
流れを変えようと席をたつ。別に意味はない。ただの気休めのオカルトだ。
そのままスロットコーナーへむかい見て歩く。だが客も少なく気になるような台もない。そのまま通りすぎてトイレにむかった。
手を洗っていると、おじさんたちの会話が耳に入ってくる。
「調子どうよ」
「全然ダメだー、ダメだ。魚を3回も逃がしてるし、今日はもうダメだー」
魚とは海物語の魚群のことだろう。ハズレたではなく『逃した』という言い方も独特なものだ。
「そうけ。この店出ねえどな」
「この店はいつも出さねーんだ」
そう自然に店の文句を言い合うおじさんたち。パチンコ店ではよくある光景だ。
おじさんたちの多くは長いパチンコ歴に反して台の仕組みなど知らない。だから勝った負けたをすぐに店のせいにする。そもそも好きな日、好きな時間に着の身着のまま店に来て勝てる気がする方がどうかしている。
席に戻って打ち出しを再開していく。
だが相変わらず当たりは訪れずにリーチとハズレを繰り返して上のデータカウンタの数字は500を越えてしまった。
5倍ハマリ――、別に珍しくはないが起こってしまうとその日の勝利は大きく遠のいてしまう。
防ぐ手段はない。強いて言うならヤメて帰るという手段になるかもしれないが次の日以降にも打つならば一緒になってしまうので意味はない。
ぱちんこ打ちはこのハマりを極端に恐れるものだ。
だから台の好不調を読むようなオカルトが蔓延するのだろう。
かくいう自分も休憩を挟んで台を休ませるとか流れを変えるとかの差し障りない程度のオカルトをしていたりする。
そのかいも虚しくデータカウンタの数字は上がっていく。
700を越え800になり、とうとう900台に到達してしまった。
スロットであれば設定が低い可能性が上がりヤメる理由になったり、あるいは天井に到達し当たったりするものだが、ぱちんこにはそれがない。ただ当たらないという事実だけが積み重なっていく。
すでに使った金額は4万円を越えた。1万発以上の玉数を得ないと今日の勝ちはない。1/300以上の出玉力のあるミドルやMAXタイプなら巻き返すことも十分可能だが出玉の少ない1/99の甘デジと呼ばれる当たりも出玉も軽いタイプだと中々に厳しいものだ。
それに900もハマってしまうと半日近くを消費してしまう。この間はひたすらハズレを見続けることになり退屈だ。
「さすがにもう当たっペ」
隣に座ったおじさんに声をかけられた。一応は頷いて返事を返しておく。
「あー、でもアレだな。今日はもうダメっぽいな」
おじさんは上のデータカウンタを見てそう独自の読みを披露した。要約するとすぐに当たるだろうが、その後の展開も悪いままこの台は終日ダメだ、と言いたいのだろう。
パチンコ店、特にぱちんこコーナーにはこういったオカルトが蔓延している。
中には長年の経験から得た、または聞いたりしたパチンコ攻略法を聞いてもいないのに惜しげもなく教えてくれる層の客も一定数いるものだ。
多くは親切心からの助言であるので、とんでもないオカルト攻略だとしても対応に困ったりする。
「俺のもダメだな。ここで伸びねーようじゃ今日はもうねえわな。ヤメだー」
隣のおじさんはそう誰にともなく宣言して去っていった。
その後も夜まで打ったが特になにも起こらずに負けとなった。結局のところあのインチキおじさんの言う通りになってしまったわけだ。
閉店1時間前には店を出て漫画喫茶へと入った。
パソコンを起ち上げて今日の収支付けを始める。大負けした日は簡単だ。当たった回数が少ないのでメモした内容も少ないからだ。
さくっと収支表を片付け終わるとすることがなくなった。
シートに体を預けて、ぼーとしてみる。
最近になってこんなことが増えた気がする。やることがないとかえって考えてしまうものだ。
明日も同じ台をやることになりそうだな、最近は同じ台ばかりで飽きたな、そろそろスロでやれる手段はないか、そんな取り留めもないことが浮かんでくる。
浮かんでくるといっても、この生活を続ける上で必要なパチンコの立ち回りとそれに関連することばかりだ。
店も台もその環境も自分の力ではどうにもならない。だから常に目先の稼動のあてを確保することばかり考えるようになる。
そして、最後はいつも同じところにたどり着いてしまう。
――いつまでこの生活を続けるのか?
勝てそうな台、条件や環境を考えて行き着く先がこの問いだということはもう答えが出ているようなものだ。
ヤメて働けばいい。そう、それだけのことだ。
だが、今の今までそれを避けてきてすんなり上手くいくとは思えない。
無職になって7年が過ぎた。もう28になる。
普通に働いていれば何らかの役職が手に入る頃だろう。職種にもよるだろうが何らかの技能も得られているかもしれない。少なくとも履歴書の空白を埋められるはずだ。
そう比較すれば自分がいかに何も持たずにここまできてしまったかが実感できる。
スーツを着て履歴書を持って面接を受けて入社し、毎朝決まった時間に出社して帰る――、そんな普通のことがずいぶん遠くにあるような気がする。
思い出したように息を吐いて気持ちを切り替える。
そんなムダなことを考えるより、もっと現実的な算段をたてた方がいい。
基本はお金だ。それが叶いつつ自分ができる手段があればいいのだ。
そういう意味でパチンコは悪い手段ではない。
問題は、その環境が長く続かない危うさがあることだ。ある時に急に収入が途切れてしまうようなリスクがずっと付きまとう。
とはいえ、それがいつ来るかはわからない。もしかしたら来ないかもしれない。少なくとも数ヶ月以内でそうなる可能性は低そうだ。
今のままパチンコをしながら他の収入源を確保する――、それが一番現実的な手段に思えた。
とりあえずマウスを左右に振ってスクリーンセーバーを解く。ブラウザを開いておもむろに『副業 1人で』と打ち込む。
60万件以上ヒットした。だが上位から流して見てもこれといった情報はない。
データ入力などの内職や何かの養殖、モーニングコール代行とか色々なものがあるが自分の環境では出来そうにない。ゲームのリアル・マネー・トレードやプラモデル制作代行というのはちょっと興味を惹かれたが残念ながら知識も技術が足りなさそうだ。
結局のところ、ある程度の成果を求めるならば何らかの専門知識や技術がないと上手くいきそうにない。自分の持っている専門的なものといえばせいぜいパチンコの知識くらいだ。
検索に『パチンコ 副業』と入れてみた。
3万件ほどヒットしたが上位は胡散臭い攻略法販売ばかりだ。その中で『攻略ライター』という文字が目に止まった。
攻略ライターとはパチンコの攻略記事などを書く人のことだ。雑誌や有料攻略サイトなどに雇われるのだろう。必ずしも本格的な攻略ではなくてもいいようでネタ的な記事も含むようだ。
確かに普段読んでいるパチンコ雑誌や攻略サイトは解析値ばかりではなく新台の感想やシステム予想、基礎講座、対決企画から、もはやパチンコとは全く関係ない内容などの読み物で構成されている。
記事を書くライターというのは情報を求めるパチンコ打ちとしては意外と身近なものなのかもしれない。
検索ワードに『募集』と付け足してみると、それなりの数の募集が出ていた。かいつまんで見ていくが求人のようなものと契約して記事だけを送るようなもののどちらかになる感じだ。
後者の契約ライターでより絞ってみたが記事の採用条件から安定した仕事を貰うのは難しそうだ。収入という面では簡単にいきそうにない。
それにやるからには長く継続でき、例え雇用者が変わるなどしても、それまで培ったものが活かせるものがいい。
攻略ライターならパチンコをやりながら記事のネタもその時間も確保できて良さ気に思えたが継続性と収入のバランスが今一歩だ。
とはいえ何もしないよりはいいかもしれない。攻略ライターとして経験を積めれば雑誌を出している出版社などへの足がかりになるかもしれない。だが上手くいっても地元にその手の出版社はないので都内に生活の場を移す必要が出てきてしまう。
出来のいいとはいえない頭の中で賢明にシミュレートを繰り返してみるが、すっきりとした答えはでない。
並ぶ検索結果を眺めていると200万という数字が目に止まった。
よく見ると副賞200万円と書いてある。どうやらパチンコとは関係ない小説の応募要項のページのようだ。たぶん応募のキーワードに引っかかったのだろう。検索結果も上から30件以上になってくると精度が悪い。
200万というのはインパクトのある額だが小説で賞をとったと考えると少なく思えた。
しかし、これは副賞であって正賞ではない。正賞は記念品と書いてある。たぶん記念品は名目で実際の正賞というのは、その出版社と契約関係になるのだろう。
それは作家としての道が開かれたという意味であり200万以上の価値があるはずだ。
作家――、ぼんやり浮かんだ言葉をそのまま検索ボックスに入れてみる。それで現れた結果でめぼしいものを片っ端から読んでいくと賞の種類や作風による受賞の現状などおおよその状況はつかめた。
自分で書けそうなジャンル、時代劇や歴史小説のような物以外での受賞作を過去5年分くらい遡ってメモした。
メモしたタイトルを元にこの漫画喫茶に置かれていないか探しに個室を出た。基本は漫画ばかりだが週刊誌や月刊誌の類だけでなく少ないが小説コーナーもある。
小説コーナーの棚からメモにあるタイトルを数冊引き抜いて戻りパラパラと流すようにして読んでみた。
再び検索画面を開いて読んだタイトルと『評価』『批評』などと入力してみる。出てきた結果をざっと読んでいく。
――できる気がする。
受賞した作品を読んでみても、その評価や批評を参考にしても自分には到底出来ないというレベルの差を感じない。
要はアイディアだ。それさえクリアできれば後はどうにかなりそうだ。
ブラウザを閉じてメモ帳以外で文章作成ができるソフトが入っていないか探してみる。
すぐに文章作成ソフトとしてポピュラーな『ワード』が見つかった。
開くと読み込みが始まり、ほどなく真っ白なスペースが現れた。ここにアイディア書き出していくのが第一歩になるわけだ。
アイディアを練り、整え、作品を仕上げていく。完成させたら応募して結果を待つ。見事受賞と相成れば晴れて200万と立派な肩書きを得られるわけだ。
だが、なかなかアイディアがでない。
意外と難しいものだ。もう5分は経っただろうがまだ一文字も入力していない。
まだ真っ白な画面をとりあえず埋めようと書いたつもりになってランダムにキーを叩いてみた。
画面には意味不明の文字列が今は楽しそうに続いていく。
2009年11月11日 -44000円
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(現在地:社会ふ適合/26G目:手ぶらのツケ)