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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

27G目:平均のいま

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頭上のデータカウンタの数字がまた300を越えた。まだ16時前だというのにもう3回目になる。

1/99の出玉の少ない甘デジなのにこうなると厳しい。おじさんたちがオカルトに走る気持ちも今なら理解できる。

席をたってスロットコーナーを見回りに行くことにした。決して流れを変えるとかの効果を期待してのことではない。あくまで立ち回りの一環だ。

スロコーナーに入るとそれなりに活気がある。最近になってスロコーナーは客が増えた感じだ。

客が増えた理由は単純に面白い台が増えたからだろう。

ボーナスにとRTを利用した機種が増えて今はそれが主流になった。押し順のあるベルなどのメイン子役をアシストする機能もつくART機と呼ばれるものだ。

それ自体は昔からあったが今の機種はボーナスではなくARTが強いゲーム性になった。ボーナスはこのARTを引くための契機役の1つにすぎないという台が台頭しつつある。

5号機はでボーナスの連続が仕様的に出来なくなった。だがARTならば連チャンが可能だ。そして昔より1ゲーム辺りの純増枚数も増えてART単体でも十分にメダルが出るようになった。

制約が多く4号機の劣化版といわれた5号機スロットも密かに進化を続けていたわけだ。

主流になったART機、それに集まる多くの客たち――しかもこのタイプのスロットには天井が搭載されている。5号機になり無くなってしまった大ハマりへの救済機能が復活し、天井狙いが再びできる環境になっていた。

そう思って細かく見に来てはいるが、そうそうハマっている台はない。

そんなART機の台頭に追い付いていないものがある。回転数やボーナス回数などの履歴を表示するデータカウンタだ。

ARTをどう表示するか店舗ごとのバラつきだけでなく同じ店内でも統一されていないのが現状になっている。

単純にビッグ、バケのボーナスとARTをそれぞれ別にカウントすればいい話だが、スロットのデータカウンタは現在の回転数と総回転数、それと2種類のボーナスをカウントすることを長らく基本としてきた。

新たに出現したボーナスに匹敵する契機であるARTの表示場所の確保に迫られているわけだ。

データカウンタの性能や種類にもよるだろうが多くの店で見かけるものはビッグとバケの2つしか表示しないか3つ目以降はボタン操作しないと確認できないような感じだ。

更にARTをカウントはするがART中に進んだ回転数がカウントされず結果的に正確な総回転数がわからないもの、子役を連続で引くとARTとして認識さ誤カウントされてしまうもの、そもそもARTをカウントしないものと様々な状況が入り混じり混沌としている。

表示されている数字が正確性にかけるので履歴から設定推測する客からすれば厄介な現状だろう。

だが、それを逆手に取ることもできる。先ほど現在のゲーム数だけ見て通りすぎた島に戻り注意深く履歴を見て回った。

とりあえず前回ARTを引いている台の履歴を片っ端から確認していく。データカウンタを操作して前回に当選した正確なゲーム数を出す。それを現在のゲーム数と足していく。

今のART機の中には天井の発動条件が『ボーナス間~ハマリ』という仕様のものがある。この仕様だと途中でARTを何度引いたとしてもボーナスを引くまでクリアされない。

早い話がぱっと見のゲーム数が低くても実は天井に近いハマリ台の可能性がある。データカウンタの不備をついた隠れ天井狙いというやつだ。

確認していくと前回581でART当選の現在372という台を見つけた。足せば953だ。この台の天井はボーナス1400と深いが900越えならまあまあだろう。

下皿に携帯を置いて確保しようと思ったが手が止まった。よく見ると下皿に物が置かれている。どうやら先客がいたようだ。下皿と同じ黒っぽいキーケースだから気づかなった。

諦めて他の台を探していると今度はボーナス間731を見つけた。

微妙だ。天井までかなり遠い。とりあえず台をキープをしたものの打ち出すかどうか悩むところだ。

期待値的にはプラスになるだろうが勝率は低い。天井まで2万円以上かかり展開によってはそれがそのまま負け額となってしまうこともある。天井狙い1台で2万オーバーはかなり痛い。

やるかどうか悩んでいると横目にこちらを気にしている若い客の姿を見つける。台を手放せば打たれてしまうだろう。

昔と違い一般客のレベルも高くなってきている。普通に遊ぶにしても設定推測や天井を意識した打ち方を自然にしている感じだ。

取られてしまうのも癪なので打つことにした。まずは持っていた玉を流してからトイレに寄る。

「右角どうなの?」

用を足していると若い客の会話が耳に入った。

「もう蒼剣2回入ってるからそうじゃね」

もう片方の若い客はダルそうに答える。蒼剣という言葉から察するに同じ機種を打っている客のようだ。

「上乗せは? でかい?」

そう会話は続く。話を聞く限り、こっちの客はある程度は知識があるようだ。上乗せ契機とその大きい小さいで偶数設定か奇数設定かの判別が可能な特徴があるのを知っていた。

「全然してねーからわかんねー。でもボーナスはかなり引けてし、もう2000枚出てるから大丈夫でしょ」

質問を受けた方の客の方は、よくわかっていない様子だ。あてにならないボーナス確率や出玉を目安にしている。確かに設定差はあるが半日程度では参考にしかならない。

「何枚出たとかあてになんねーから、ちゃんとやれよ」

よく知っている風の方の客は苛ついた様子でいう。察するにノリ打ちしているのだろう。相方が出ているからと調子に乗るようでは苦労が目に見える。

トイレを出て確保していた台を打ちにむかう。

席につき上のデータカウンタを再度確認して打ち始めた。

打ち出して頭を過るのは最悪の事態だ。天井寸前の1390などで50枚しか出ないバケを引いたりしたら2万5千は負けてしまう。700から打った場合の理論値はプラス50枚から100枚程度だろう。2万円使って取りにいくのはリスクの方が大きい気がする。

だが、それ以上に大きいのは天井まで到達できなかった時の精神的なダメージの方だ。

この台の天井はボーナス間1400とかなり深いが到達できた場合は最高継続率のARTが確定と恩恵もそれに見合うものになっている。期待値はおよそ1200枚以上あるだろう。

しかし、1400ゲームより前にボーナスを引いてしまうとその恩恵は得られない。例えそれが1ゲーム前であろうと、だ。

だから1200を越えた辺りからそわそわし、1300を越えた頃になると息が荒くなり、最後の30ゲームになる頃には冷や汗をかきながらレバーを叩くことになる。

そんなことを考えながら打っていると順当に1000を越えてすでに1万1千円が消えている。予定では9千円で到達できるゲーム数だったがコイン持ちが悪く、余計に2千円ほど使っている感じだ。

千円辺りのコイン持ちは30あるとされているらしいが、そんなにあるようには思えない。メイン子役であるベルが押し順で揃う仕組みであることが体感的な荒さを生んでいるのかもしれない。

どうせなら早めに当たってしまえば苦労もないが、ほぼ間違いなく低設定の台ではそうもいかないようだ。

ところが1100も越えだすと急に当たりやすくなる――そんなはずはないのだが、そんな気がしてならない。

1200台に入り天井が現実味を帯びてきた矢先にレバーオンからのタイトルロゴ予告――、という本機最強の予告演出が現れた。

――終わった。もうダメだ。

確定の演出ではないが高確率でボーナスが当選しているだろう。慎重にリールを止めていくとスイカが揃った。たぶんスイカ重複だ。

次ゲームは左リール中段に青7が止まる。下段にチェリーがあるチェリーかボーナスという形だが状況的にほぼボーナスだ。狙うとそのまま青7が揃いビッグボーナスが始まった。

枚数もART抽選も絶望的なバケでなかったのはせめてもの救いだ。この台のバケの名称は『鬼ボーナス』という。揃えると勇ましく「鬼ボーナス!!」と叫びスロ打ちを絶望の底に突き落とす。天井狙いをするスロ打ちから忌み嫌われ怖れられるゴミみたいなボーナスだ。今回はこれじゃなかっただけマシといえるだろう。

失意のままビッグを消化し終えてベットボタンを押すと前兆ステージへと移行した。

ビッグ当選時にもARTの抽選をしている。だが20%と狭き門だ。どうせフェイクだと思って打ち進めていったがあっさりと当たってくれた。

天井はなくなってしまったがARTには入ったのでまだチャンスはある。

派手な演出を経由し押し順ナビが始まった。次々に現れる押し順に従うだけでメダルが少しずつ増えていく。

このARTは一度入ってしまえば設定不問で出る可能性がある。

5号機になって失われたと思われた爆発力はARTのロング継続や連チャンという形で補われたのだ。

時にレア子役を引くタイミング、乗せた上乗せの大きさなどが噛み合えば数時間出っぱなしでそのまま万枚に到達ということも不可能ではない。

そんな夢のある仕様だが、それは起伏が荒いから可能なわけだ。

大きな期待を胸にART消化していくが何も起こらない。

上乗せを抽選する肝心のレア子役をいっこうに引けず継続かどうかを判定するバトル演出にもあっさりと負けて画面は通常画面に戻った。

もう終わりだ。ヤメるしかない。一度ARTに入れば夢がある――と鼻息荒くしても現実はこんなものだ。

他にやれそうな台を探したが見つからず少量のメダルを流して玉コーナーへと戻った。

最初に打っていた台が空き台だったので着席し打ち出しを再開する。

だが玉が打ち出せない。ハンドルを回しても玉が飛んでいかず、ゲージ下部から不規則に顔を出しては戻ってしまう。どうやら内部で詰まってしまったようだ。

上のデータカウンタにある呼び出しボタンを押す。

ほどなく現れた店員に玉が打ち出せないことをハンドルを回す仕草で伝えた。

店員は頷き台から退くように促してくる。その指示に従って席を空けると店員はキーを差して台を開けた作業を始める。

その様子を眺めていたが、どうもぎこちないこと気づいた。

せっせと作業する店員の腕をよく見ると研修中と書かれた腕章があった。どうやら新人君のようだ。

台を開けたはいいが実のところよくわかっていないのではないかという疑惑が浮かんでくる。

新人君は何かの作業してはいるものの全く終わる気配がない。

ようやく自力での復旧を諦めたのかインカムを使って何やら助言を求め始めたようだ。

待たされて5分は経った。いまだに新人君は作業を続けている。待たせている客に一言あってもいいものだが、それが出来ない辺りがいかにも新人らしい。

見たところ20歳くらいだろうか、なんとなく大学生っぽい感じがする。

昔はパチンコ店の店員といえばパンチパーマの強面とか、ちょっと堅気じゃない感じの者ばかりのイメージだ。それが今ではホールを歩くのは普通に学校を出た若者たちになった。パチンコ業界はずいぶんとクリーンになったものだ。

中には、パチンコを全くやらないのにパチンコ店で働くような若者も多くなったと聞いたことがある。そこで作業に手間取っている新人君もその口なのかもしれない。

「申し訳ありません。もう少々お持ちください」

どこからか現れた違う店員にそう声をかけられた。こちらは白服だ。ちょっと偉い方の店員になる。

作業中の新人君と入れ替わると、あっという間に復旧させ台を力強く閉じた。

「申し訳ありません。大変お待たせしました」

これでもかと腰を低く対応する白服店員は席に戻るまでついてきて、打ち出しが出来ることを確認すると丁寧にお辞儀して去っていった。

打ち出しを再開してストロークを調整していると、さっきの白服店員がまた現れた。

「先程は大変失礼しました」

そういってお茶とコーヒー、おしぼりを手渡してきた。お詫びということなのだろう。受け取ると深々とお辞儀して足早に去っていった。

どうやらあの白服はこの店の店長だったようだ。胸のネームプレートを見て気づいた。30歳・・・いや25より少し上くらいただろうか若い店長なのは間違いない。

あの歳で店長になれるというのだから大したものだ。

確かにパチンコ店は他と比べて時給はいいし昇給、出世も早い方だろう。ただ働くならパチンコ店も案外良いもののような気がしてくる。ただ世間的に見て体裁のいいものではないからこその現状なのだろう。

打ち出しを再開できたのはいいが、いっこうに当たらない。

今日は朝からハマってばかりでスロットの方も中途半端にボーナスを引いて天井までいかず珍しくビッグからARTに入るも上乗せも継続もせず即終了と散々だ。

すでに使った額は5万近くになる。大負けだ。別にマイナスになるような台は打っていないが、よくこうなる。

だがパチンコで勝つためにはこうした日々のマイナスにふてくされずに数をこなしていく必要がある。鉄の心を持って気にしないことが重要なのだ。でないと目先の勝利を引き寄せようとあらぬオカルトに走ってしまう。

とはいえ調子が悪い時には何か手を変えたいものだ。

席を立って再びスロコーナーに向かう。

見て回ってみるが、やる台は見当たらない。さっき訪れた時からそう時間が経っていないので仕方ない。

それでも隠れたハマリ台がないか歩いているとデータカウンタと携帯を交互に見るのを繰り返している若い客がいた。

おそらくはデータカウンタで見れるボーナス回数と総回転数から合算確率などを出しているのだろう。それを目安に高設定の可能性のある台を探しているはずだ。

各種確率を割り出して、それを各設定の数値と比較する――スロットにおける基本的な立ち回り術だ。

だが最近ではほとんど使わなくなった。使えないからだ。

特に最近の機種のボーナス確率はあてにならない。そんな印象だ。

必死に履歴から読み解こうとする若い客を見ながら昔は自分もこうだったと思い出す。

スロットで高設定を狙う場合は狙っている設定の数値に近い台を探すことになるが現実には確率を上回るくらいの台を求めることになる。そうでもしないと低設定ばかりの中で埋もれた高設定を履歴だけで見つけるのは難しいからだ。

そこに明確な数字が出ているのにあてにならないというのは、もどかしいを通り越してインチキ臭い気もするが、そういう側面があるのは間違いない。

スロット打ちはやたら確率とか割数、勝率とかの数値を気にする。そして、どこかでその『平均』を意識している。

だが実際にホールを歩いて履歴を見ても平均通りの数値などほとんどない。

この平均という考えはかなり曲者だ。

なんとなく平均と聞けばそこを中心に数値がバラけているイメージだが、そうではないこともある。上と下に数値が大きく離れて点在するような場合の平均は、その間を取るように位置になるだろう。

こんな平均を現場で探しても見つからない。あくまで計算の中にしかない幻の数値だからだ。

最近のスロットがまさにこれだ。起伏が荒くなり結果が大きくバラつくようになった。そんな台の平均はあてにならないのは当然だろう。

さっきの若い客はいまだにデータカウンタに残された過去の数値と格闘している。その姿はどこにもあるはずのない平均を探しているように見えた。

2010年5月11日 -24000円

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