2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
深夜、マンガ喫茶の個室で小説を書く。
書くといっても大まかな案を考えて、それを矛盾しないように時系列表にしていき他には人物、地理、呼称など整理していく作業だ。
すでに一つの作品を完成させ新人賞に応募してある。
前の題材の中で思いついたものや、やれなかった手法をメモしたものを眺めて新しい作品を作っている最中だ。
素人の手探りで何となく書いていた小説でも形にするためには構成やルールなど自分なりのシステムを考えていく必要があることがわかった。
最初はなんとなく売れそうな形だけの小説を書いていたが途中でヤメた。つまらなく続かないからだ。
今は自分の見たいもの好きなものを書くことにした。
今回応募した話は田舎に進出してきたチェーン展開する悪徳パチンコ店のせいで潰れかける古いパチンコ店を救おうと、パチンコ生活者たちがそのスキルを駆使して協力して悪徳チェーン店を撤退させるというものだ。
見どころはパチンコ生活者ならではの視点から現実的に可能な経営妨害の手法だ。
店が設ける出玉共有の制限などの多くのハウスルールは実際にはかなりアバウトでノリ打ちグループのように複数人が結託すれば、かなりのことが不正ギリギリのところでできてしまう。
そういったパチンコ独特の環境を利用して大企業であるチェーン展開する大型パチンコ店に地元のおバカな若者たちが挑んでいくコメディー作品だ。
そして、明日に発売される号には一次選考の通過者が発表される。
たぶん受賞などしないだろう。
特段に面白いと思える要素はなく、物語的な急展開やどんでん返しなども入っておらずエンターテイメント性に欠けるからだ。
始めはエンターテイメント性を高めようと色々な要素を入れ込む予定だった。個性的で魅力的な登場人物、面白おかしい表現、ジェットコースターのような展開…、そのどれも今の自分には小手先の技に思えてしまうからヤメた。
別にそれでいいと思った。だが受賞とはいかなくても文章の基礎が出来ていれば通るといわれている一次選考くらいは通って欲しいものだ。
小説を書きだしたのも今のこんな生活を送る不安からで要はお金になるかどうかの話だった。
今はパチンコも順調で当面の心配は減った。ならば趣味として本格的に小説を書いてみようと思うようなったわけだ。
一息ついてぬるくなった紅茶を新しいものにしようとドリンクバーにむかう。
深夜とはいえ結構なお客がいるのを感じる。
ドリンクバーでから見える雑誌を読むための大きなソファーにはスーツ姿のお客が見えた。雑誌を手に口を開けソファーで埋もれるように眠っている。疲れているのだろう。
年の頃は30台後半くらいだろうか。いや自分と同じ30くらい、もしかしたら自分より少し若いかもしれない。どちらにしても疲れが顔に出るような歳なのだろう。
自分も働いていればあんな風になっていたかもしれない。
逃げている――、いつか母親にそう言われたのを思い出す。
そうかもしれない。あそこで疲れで寝ているスーツ姿の方が正解なのだ。
熱い紅茶を手に個室へ戻り作業を続けた。
シートの上でぼんやりと目が覚める。
テーブルの上に置いてある携帯を眺めていると、ほどなく振動を始めた。それをゆっくり手にとってアラームであることを確認してから止める。
そろそろ母からの連絡があるはずだ。毎月たった一度のことだが、いつの頃からか始まってそれがずっと続いている。
一度も出たことはないがいつも数コールさせてから切っている。生きていることくらいは伝わるだろう。最近はそのわずかなコールが重くなった気がしてならない。
漫画喫茶を早めに出ていつものパチンコ店へとむかった。
しばらく歩くと駐車場が見えてくる。目的の店とは別の店でここはスロット専門店だ。朝も早くからかなりの数の車が停まっている。遠目には長い列が見えた。
今日はイベントだ。それもただのイベンではなくパチンコ雑誌に所属する有名攻略ライターが来店して店を盛り上げるという最近になって流行り出したイベント形態だ。
雑誌にイベント日が告知され公約として機種や設定への約束事が発表されている。雑誌に店名が載るだけあって信頼できるイベントとして評判らしい。
早めにマンガ喫茶を出たのはこのイベントの様子を見るためだ。
今日は参加しなくても、どの程度の人数が並んでいるのかを把握しておくことは重要な情報になる。
通り過ぎるついでに並ぶ客たちの姿を観察していく。先頭グループから中盤辺りまでの客の様子を見る限りノリ打ちグループかそれに近いことをする客ばかりだろうと予想できた。あの中にどれだけのピンの生活者がいるのか考えながら店を後にする。
開店時間ちょうどくらいに目的の店に到着した。
こちらの人影はまばらだ。特にスロットをやりそうな若い客はほとんどいない。あのスロ専のイベントに流れたのだろう。
申し訳程度の列の最後尾について開店まで携帯をいじって待っていると、ほどなく店員が現れて入店が始まった。
のんびりと店内へ入るとスロットコーナーへとむかう。ライバルはいないので選び放題だ。
調べておいたエウレカ、ルパンの宵越し台を打ち、次いでリンカケ、エヴァとこなした辺りで急に客が増えてきた。
増えた客は若い層ばかりでさっきのスロ専のイベントであぶれた客たちが流れて来たのだろう。
強イベントといっても台自体の良し悪しは2、3時間くらいで判断がついてしまう。取れなかった客たちは店に見切りをつけて他店へ移動し始めるのがセオリーとなっている。
とりあえずめぼしい宵越し台は全てこなした。これ以上はここにいても効率が悪いだろうとスロットコーナーを出た。
玉コーナーへと足をむけると、ここにもさっきのスロ専から流れてきたであろう客たち見かけられた。
並んで打っている若い客たちはノリ打ちグループだろう。打っている様子から本気で取り組んでいるようには見えない。時間つぶしの意味合いが強いのだろう。
朝の高設定狙いに失敗したノリ打ちグループがこうした行動をするのはよくあることだ。
ノリ打ちという効率的な手段をしている一方で狙いに失敗した後や余った人数の時間の潰し方などで雑に打ち散らかすようなこともする。こういうレベルの低いグループは消えては現れるを繰り返している。今雑に打っているグループも近い内に消えるだろう。
玉のコーナーを歩いて潜確の可能性がある台を見て回る。
一応は釘の様子も見ていくがMAXやミドルはよほど開いていなければやる気にはならない。
ふと1人の客に目が止まった。
風貌にも覚えがある。少し前までよく見かけたノリ打ちグループの1人だ。この辺りではレベルの高い部類だったと記憶している。
最近は見かけなくなったということは解散したか個人活動へと移ったのかもしれない。
低いレベルのグループが多くいる一方で高いレベルのノリ打ちグループも少数ながら存在する。
こちらも長く見かけることはない。続かないというより、より良い環境を求めて他の地域へ移動したりすることも多いからだ。
それだけではなくグループを離れ1人で動くようになるのを多く見てきた。
もともと成功するようなノリ打ちグループは個人の意識が高く、それがノリ打ちという手段を取って結果を残して自信がつけば個人で行動したくなるのは自然な流れなのだろう。
それにいくら意識や技量が高くても赤の他人と行動すれば考えの違いが出てくる。
特にスロットの高設定狙いは単純な機械性能の高い機種を狙えばいいというだけでは上手くいかない。実際に取れる可能性と取れた時の恩恵のバランスを考えだすと、かなり個人差が出てくる。
グループ内で明確なリーダーがいるか、みな同じ考えなら問題ないが大抵の場合は意見が別れることになる。1人でもやっていける自信があれば、それを煩わしく感じるはずだ。
だから目標が明確な時だけグループとして集まり普段は1人という風になっていく。彼もその口だろう。勝ちが彼を1人にさせるのだ。
1/99のコーナーに回って目をつけている台をチェックしていく。別に昨日と変わった様子はない。
とりあえず打つ台は目の前にありはするが気が向かない。ここ毎日、同じ台を打っているので食傷気味だ。
台を取ろうかどうか悩んでいると小さな違和感に気づく。
揺れている。小さいが地震だ。
揺れはすぐに収まったが店内には打つのを中断した客たちがウロウロしている。
スロットの方とは違って玉の方は瞬時に中断するのが難しい仕組みだ。揺れているのに大当たり中で離れるわけにはいかないという場面は避けたいだろう。
だが数分もしない内に店内は何事もなかったように戻っていく。
もしかしたらさっきの地震で中途半端に台をヤメた客がいるのではないかと淡い可能性が出たので、もう一周りしてみることにした。
店内をのんびり見回していくがそんな都合のいい台は見当たらない。そもそも期待などしていないので自然と客の様子に目がむく。
まだ昼を少し過ぎたくらいだが店内にはそれなりの客がいる。平日だというのによく集まったものだ。
年金暮らしであろう老人客たち、フリーター風の若い客、暇そうな主婦、スーツ姿の会社員風の男は時間調整中の外回り営業マンというところだろうか。
多くの客は持て余した暇や空いた時間を埋めるためにパチンコを利用している。パチンコ屋は遊ぶ場所であるが逃げ場としても機能している。
この手の客に共通するのは積極的に遊びにきているのではないというところだ。実際に楽しそうには見えない。みな表情少なく台と向き合っている。
そんな人たちが規則的に並んでいる光景はパチンコを知らない人からすれば異様にうつるかもしれない。
パチンコは変わった遊びだ。
大勢でいるのに1人で遊び、それで得られる感情をほとんど共有しない。それで当たり前に成り立っている傍目にはおかしな遊びだ。
店に大勢の人がいても、誰かと連れ立ってきても、誰かと隣り合っていても、結局は1人で遊ぶ。しかも、そんな特徴が年々強く表に出てきているような気さえする。
そう考えるとずいぶんと不毛な遊び場だが日常の中で寂しさを感じずに1人になりたいと思った時にこれほど都合がいい場所もないだろう。そういう側面が密かに支持されて文句をこぼしつつ何だかんだといって多くの客が足を運ぶのかもしれない。
率先して打つ台もなく、なんとなくやる気も出ない。外の空気を吸いたくなったのでとりあえず店を出ることにした。
外の冷たい空気の中を歩き出す。
とりあえず近隣の店に向かうが、どこも似たような状況だろう。
道の先に書店が見えてくると今日が応募した新人賞の一次選考発表の載る号が発売される日だったことを思い出した。漫画喫茶に戻れば見ることはできるが、ここでも確認できる。
中に入り目当ての雑誌を探すとすぐに見つかる。
立ち読みですまそうかと思ったがヤメた。雑誌を手に店を出る。
落ち着ける場所を探して近くの公園へと入った。
ここは昔よく立ち寄った公園だ。年々と遊具が少なくなり今は遊具の撤去跡とベンチだけのただの広場といった感じの寂しい公園。昔はここでパチンコ店の開店待ちまでの時間を潰したり昼休憩にきたものだ。
周りを見渡しても誰もいない。
ベンチに腰掛けて一息つき、これからどう動くか思案する。
さっきの店はスロ専から流れてきた客たちがいるので時間をそれなりにあけてから戻らないとやる台はないだろう。
近くの他の店に様子を見て回るか、あるいは攻略ライターとやらが来ている来店イベントをやっているスロ専に戻ってどの程度公約が守られているか確かめにくのもいいかもしれない。
だが行っても賑わっているのがわかるだけで特に情報は得られなさそうだ。
あわよくば高設定を取れるという可能性もほとんどないだろう。そう考えると無駄足でしかない。
それでもどうにか何かの足しにならないか、効率的に動けないかを考え始めた――が途中でヤメた。
やることもないのだから行くなら行けばいいし、他を考えるならもっと根本から考えなくてはいけないことがある。平日昼間の公園でぼけっとしているようなやつが今さら効率だとか考えているのがそもそもおかしいのだ。
なんだかふと我に返ったような気がして力が抜ける。
振り返れば20歳で入った会社に嫌気が差して当時好調だったスロットの方がマシだとこの道に逃げ込んだ。
そして、とっくにブームが去ったのに、環境は右肩下がりで悪くしかなっていないのに、いつまでも離れられずに今もしがみついている。
そんな生活が10年――、もう今年で30だ。
買ってきた雑誌をひざの上で広げる。
ペラペラとめくって一次選考通過者発表のページを探すとすぐに見つかった。
少し勿体つけて自分の名前を探そうと思ったが視界の端でそれらしいものを見つけてしまった。諦めて確認すると確かに自分の名前だ。
小さく白い息が漏れる。
一次選考通過というスタートライン程度のものだが、あっけなく望んだ結果が手に入った。まるで予期せぬリーチで確変が当たったみたいな感じだ。
再び息を吐いて、どこを見るともなく視線を上げる。
しばらくぼーっとしてからポケットの携帯を取り出して着信履歴を呼び出した。画面に表示される履歴はほとんど母からのものだ。
それを眺めてから静かに発信ボタンに触れた。
少しの間のあとゆっくりとコール音が鳴り始める。
2011年2月 ――――――
社会ふ適合 完
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(現在地:社会ふ適合/30G目:孤独な遊戯)