どこにでもいるごく普通のゲーム好きな少年は内面そのままに成長していく。学校を卒業する頃になると亡くなった父親の上司の勧めによって警察官の道へ進むのだった――。
長編小説 / 仮想追従~連載中~
1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/10/28
ソラは運転免許センターの裏手にある整備場に1人でいた。
難解な日本語で埋め尽くされたマニュアルを片手に、この奇妙な『足のついた車』とにらめっこを続けていく。
見た目は小型一般車両に分厚い装甲板を貼り付け、車体天井部分にユニットを取り付け無理やり6本の足となる折りたたみ式のアームを生やした不格好なシルエット。アームの先端は内部にブレーキ機構があるローラー状になっていて接地すれば車体を支えることも、移動時の補助輪としても機能するようだ。
多脚装甲車両――、近未来の乗り物がソラの目の前にある。
だが、幾多のロボットゲームを嗜んできたソラの目に映っているのは理想とは遠い試作機の姿だった。ロケット弾どころか小銃に対しても機能するのか怪しく頼りない装甲、複数の足を持っているがこれを使って高速に旋回したり移動したりするような機敏な動作は望めない、ただただ武骨な作りの鉄塊。
試しに多脚モードへの移行スイッチを押してみる。
警告音と共に『稼働中です。離れてください』というアナウンスが流れ、全ての足が展開し車体を持ち上げるまでに2分以上かかった。もちろん戻すにも同じくらいの時間が必要になる。
そもそも本当に使われるかわからない代物らしい。警察というお堅い組織の中で進む事柄について末端のソラは何も知らない。たぶん、他の下っ端お巡りさんもみな同じだろう。
この簡易マニュアル作りもせめて車両整備の人に頼めばいいものを、なぜ自分がという不毛な問いが時おり出てきては消えていく。他にも普段は横柄な上司の山﨑が、急に「危ないことはないよな?」なんて気味の悪いことを聞いてきたりと警察という組織は謎につつまれている。
それに乗ってみると操縦にも難があることに気づく。
前面の防御を考えて実窓は細く小さく、メインは電子モニター式になっているが、これが非常に見えにくい。さらにその電子モニター機器が操縦席の上部前面の張り出すので、覗き込む姿勢と、もともとの操縦席の狭さが相まって長時間の滞在は全く考慮されていない構造だ。
特に操縦席は狭いを通り越して、単純に元から小さい――、人が乗るようにそもそも設計されていないとソラは思った。一応の身長制限のあるお巡りさんで適正な人員がいるのだろうかと自問する。
マニュアルを開いても細かな運用方法は書かれていない。これが現場で使われるには多くの課題がありそうだとソラは眺める。
ポケットの中の携帯が鳴った。
「どう?進んでる?」
電話口の小野日杏子が進捗状況を聞いてくる。
「はい、それなりですけど進んでます」
「そう、よかった。それでね、明日なんだけど大丈夫?明日、急に見学会になっちゃったんだけど」
「見学会?」
「そう、見学会。大丈夫?」
「大丈夫とはいえないですけど・・・、何を用意すればいいですか?」
「今から行くから待ってて」
そういって電話は切れた。
見学会と聞かされたソラは今度はイッキからのメールに気が付く。
『やばい終わったらすぐこい!やばいアプデバグ』
なにかのトラブルを示す内容。アップデートとバグというワードからしてイッキの望んだ方向性とは違ったようだ。単純に自キャラの弱体化を大げさにいっているだけかもしれないなとソラは思う。
仕事が終わったらアルカディアに行こうと決めて、マニュアルと不出来な試作機の間に立った。
アルカディアに着いたソラの目には、いつもと違う光景が広がる。
格ゲーコーナーにそれなりの人がいた。このアルカディアはプレイヤーが命とプライドをかけてしのぎを削り競い合う他ゲーセンとは異なり、あまり熱を入れていないライトユーザーがワイワイと遊ぶ場末の社交場なのだ。
たまに他ゲーセンから流れてくるプレイヤーもいるが、ほとんどがコンボ練習やキャラ対策のコソ錬しにくるくらいで連勝を積み上げる強豪がくるようなところではない・・・、そのはずだった。
「おせーよ。あれみろ」
イッキに促されるまま滅拳の筐体をみると、連勝数と鳥さんマークとを輝かせたプレイヤーが居座っている。この鳥さんマークの意味はよくわかっていない。噂だが一定行動を続けると出やすい、らしい。
細身のジーパンに革ジャン姿で足を組み、長髪を後ろで縛ったヘアスタイル、レバー操作は静かだが、ボタン押下は激しめ、後ろ姿からして勝利だけを飲み込む狼であることをソラは見抜いた。
「みてろよ。すぐやるから」
新たなチャレンジャーを得た狼プレイヤーは迷わずボクサーキャラを選択する。対戦が始まると、すぐに横移動を繰り返す異様な立ち回りを続けた。
滅拳は横移動が強いゲームであるが、それは近距離の攻防や遠・中距離での相手との軸合わせのためのものであり、意味のない横移動は判定の強い技の被弾リスクを高める、というのがセオリーだった。
狼プレイヤーは横移動を繰り返す。チャレンジャー側もわかっているのだろう。この行動に対してダッシュ&バックダッシュを繰り返し、間合いと機会をうかがっていて状況が膠着している。
ふいに狼プレイヤーがダッシュから派生の速い下段を放つ。チャレンジャーはこれを喰らいわずかにHPバーが減少する。そして、また両者距離をとり膠着状態へ。
試合は動かないがタイムアップまでの数字は刻々と減っていく。
残り13を切った時点で、体力で負けているチャレンジャー側が攻めに転じた。タイムアップとなれば差体力差での勝敗になるからだ。被弾覚悟で前に出て狼プレイヤーを追い立てる。
だが、これを待っていた狼プレイヤーは横移動からの派生攻撃を繰り出して迎撃。チャレンジャーはこの反撃を喰らうと、やられモーションを取る。ソラはその異変に気付いた。
「ほら、おかしいだろ」
イッキの言う通り、通常は一瞬で終わるはずのやられモーションが継続し、チャレンジャーのキャラは被弾した直後の状態で固まっている。プレイヤーはガチャガチャとレバーとボタンを反応させようと試みているが動かない。
やられモーションをとったまま動かないチャレンジャーを一方的に攻撃し、タイムアップ寸前になるとコンボ始動技で相手を浮かせて、ちょんちょんと小突いてタイムアップとなった。
チャレンジャーは台を叩いて離席する。何度目かになるのだろう。周りの様子も、またかよという感じだ。そして、次こそは、と新たなチャレンジャーが挑んでいく。
「な、おかしいだろ」
「確かにバグっぽいね。アプデあったあとから?」
「わかんねー。でも前からあったら大問題だろ。さすがにアプデ後からじゃね。むかつくわー」
イッキはまくしたてるようにいう。自分も散々やられたようだ。
「やあ、ソラ君も来てたんだ」
奥からのっしのっしと出てきた店主のサカイさんが声をかけてくる。
「サカイさーん、あいつ出禁にしてよー」
イッキは頼み込むようにいう。
「えー、無理だよー。だって勝ってるだけでしょ、彼は・・・」
「違うって、バグなんだって!」
必死に説明するイッキだが、サカイさんは困ったなという顔をしている。
「でも、あの調子じゃケンカになりそうだよ」
ソラは現在進行形で繰り広げられる同じパターンの勝敗と、チャレンジャー側の溜まっていくフラストレーションをみて。そうサカイさんに伝える。
「えー、ケンカは困るよー。なんとかしてくれない?お客さんもいっぱい来てインカムもいいし。あ、2人ともお巡りさんになったんだから簡単でしょ?お願いね。頼んだよ」
そう一方的に話してサカイさんは奥に引っ込んでしまった。
「はー、頼むってどうすんだよ」
イッキはぼやく。そんなやり取りをしていると、ついに怖れていた事態に発展した。
いま負けたチャレンジャーが、つかつかと対面の狼プレイヤーの元へとむかう。そのわずかな移動をプレイヤーたち全員が注目して見守っている。
「あ?なんだよ」
チャレンジャー本体を直接前にしても狼プレイヤーは動じない。
手の出るケンカになっても構わないというゲーセンにおけるプライドが現実化する場面だ。慌ててイッキが仲裁に入る。なんだかんだいって止めに入るイッキを眺めなら、ソラは一応待機しておく。
チャレンジャーはイッキの仲裁により落ち着いて戻っていったが、今度は狼プレイヤーとイッキが何やら口論を始めたようだった。
「やりすぎなんだよ。つまんねーと思わねーの?」
「あ?よえーのがわりーんだろ」
「バグだろ?あれって」
「使うなって?それこそ舐めプだろ」
イッキと狼プレイヤーの嚙み合わない問答が続く。ソラもそばに来てみるが2人はヒートアップしていく。
「じゃあよ、”はっきり”させようぜ」
「あ?知らねーし」
「今度の土曜にクレ割引デーだから来いよな」
週末に行われるプレイクレジットの半額イベント。イッキは短期の勝敗数ではなく、互いが相手を『わからせる』まで延々と続ける勝負形式で提案している。
互いが、あるいは傍目にも明確に実力差が出るまで続けるデスマッチ。相手の心が折れるまで続けるこの上ない格付け勝負だ。負ければ一生、『お前は俺より下』とランク付けされる格ゲープレイヤーのプライドの全てがかかったものになるだろう。
普段であれば、その場の運や勝負の綾で片づけられる要素は排除される。単純に試行回数を重ねる勝負であり、仮にその時点で負け越していても納得するまで続行できるのだ。あくまで納得の上にたつ勝負。ゆえに言い訳ができない。
そして、これの真に恐るべき点は安易に拒否できないところだ。
普段から強さを誇示しているプレイヤーであれば、それは『逃げた』と判断される。受けざるを得ないもので、それを拒否するなら少なくとも同じゲーセンにはいられない。イッキはそこまで考えている――、とは思えないが。
「なんでだよ。知らねーし・・・」
はっきりと断らない狼プレイヤーの態度を了承として強引な形で約束を取り付けるイッキ。そんな熱量に根負けしたのか狼プレイヤーは去っていった。
「いいの?ぱっと見た感じだけど、あの戦法強くない?」
例のバグ技によるプレッシャーの中で待ちに徹して、どこかで小技による削りダメージを与え、体力リードからのタイムアップ戦術を狙いつつ、前に出る相手をバグ技で仕留める。狼プレイヤーの立ち回りは理に叶っていた。
「おれはプロゲーマーを目指してんだぜ。あんなやつに負けるかよ」
イッキは自信満々だ。ソラがその根拠尋ねる前に次の言葉を聞くことになる。
「攻略は任せた!頼んだぜ」
翌日、朝から見学会の準備に忙しく動くソラ。
「もー、なんで今日なのよ」
先ほどから口を開けば文句ばかりの杏子は、運ばれきたカラーコーンや資材を並べていく。事前に手配しておいたようだが補充人員はなし。完全に素人2人でやり繰りしなければならなかった。
「段差だけあればいいですよ。他はやりますから」
「ほんとー?じゃあ、あたし段差だけ作っちゃうわ」
小型ユニック車を使ってブロックを並べて疑似的な階段を作る。慣れない手つきでユニックを操作する杏子は、疲れたのか座ったまま雑に積み上げていく。
その間にソラはカラーコーンと段ボールと借りてきたベニヤ板で路地を模したものを作っていく。再現性はお世辞にも良いとはいえないが、なんとか簡易的にな試験場が組み上がっていった。
昼前には一応の完成をみた即席の見学会場。昼休憩を取りながら、ソラはお偉いさんにみせる催し物の工程を確認していく。
試作機の説明は省略、最初にエンジンをかけ、すぐにアーム起動からの多脚モードとその動きをみせ、通常車両では通れない程度の背の低い障害物と、よくある数段程度の小さい階段を乗り越える場面を見せる。
その次は通常走行の小回りの良さ、足を使ったその場での旋回をみせて、袋小路の路地から脱出を行ってボロが出る間に実技は終了。あとは操縦席などを見学させ、質問等を受ける時間を設けて見学会は終わりとなる予定だ。
おとなのお遊戯会と思えば、こんなものだろうとソラは考えた。
ネックの足の起動自体の遅さは、前もって起動しておいて折りたたみ収納の直前に電源を切ってプロセスを強制的に中断させておけば、次回起動時にアラートが鳴らずにスムーズに起動できる裏ワザをみつけたのでそれを使う手はずだ。
正規マニュアルの運用にはない方法だが、杏子も「動けばいいのよ」と了承をだしている。
「さて、来たみたいね」
杏子の言葉のあとほどなく、ぞろぞろと制服姿のおじさんが入ってくる。左胸には階級章が輝き、その偉さをアピールしてた。
みな気難しそうな顔つきで、「こんなものを街にほおるのか」とぼそぼそと何かを話している。集団は2つに分かれているようにみえる。ソラにはそれが何を意味するのかわからないが歓迎ムードとは違う空気、どんより重たいものを感じた。
杏子の簡単な挨拶から始まり、すぐに動き出す。
「じゃあ、箱中くん、お願い」
堅苦しい説明はすべて飛ばされソラはエンジンをかけると、すぐに裏ワザを実行した。正規の起動プロセスを無視した強制起動。やかましいアラートは鳴らず、アームが展開を始める。
そのスムーズな移行におじさんたちから「おー」と小さな声が漏れる。
そして、デモンストレーションの目玉。杏子が雑に積み上げたブロックの階段だ。 試作機は6本のアームを器用に動かし、ガション、ガションと金属音を響かせながら、ゆっくりと、しかし確実にその段差を乗り越えてみせた。
「おお…」
今度は、はっきりとした感嘆の声。タイヤだけでは不可能な動き、それを見せつけるには十分だった。 不機嫌そうに腕を組んでいたおじさんたちもムスッとした顔は崩さないが、その視線は車両に注がれている。
ソラはそのままカラーコーンとベニヤ板で作った即席の路地を、その見た目によらない小回りで駆け抜ける。袋小路で停止し、再び足を起動させ、その場で旋回し戻って見せる。
これにはあまり感嘆の声なかった。だが、卒なくこなしたという事実がマイナス点を避けたられただろう。
デモンストレーションはそれなりに成功。 その後は質問受付けと操縦席の見学となったが誰も興味を示さず、むしろ敬遠するようにお開きとなった。
会がお開きになると残るおじさんたち、帰るおじさんたちがはっきり分かれる。残ったおじさんたちは杏子と親しげに話している。杏子は愛想よく、「大変だったんですよー」と機嫌をとっていた。
一方で帰るおじさんたちは相変わらずムスッとしている。
ぞろぞろと足並み悪く、帰っていく組のおじさんたち。その一人の誰かが通り過ぎざま吐き捨てるようにつぶやく。
「・・・親父をだしにしやがって」
こうして、おとなのお遊戯会は幕を閉じた。
/| TO BE CONTINUED ―→
#2←前話・次話→近日中
(現在地:仮想追従/3話:おとなの企み)
