2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
開店し、ゆっくりと打ちながら自分以外の台の挙動に注意する。
左右の台は横目にみて、それ以外は音で判断していく。今日は高確などの細かい挙動にではなく当たったかどうかに注意するだけなので楽だ。
それも朝一の高確確認だけの間で、それが終われば席を立って他の台が当たるのを待つ。
しばらくすると当たる台が現れ始める。
それを少し遠目から観察するわけだが、そのボーナス当選に注目するのではなく、その終了後に注目する。当たった台の中には終了後に自動でクレジットのメダルが払い出され操作が効かなくなる台が現れるはずだ。
放置してある自分の台の右隣が当たった。
この台がそうでなければ様子見をやめて自分を打ち進めようと決めて席につく。打つふりをして隣のボーナスが終了するのを待つ。静かに観察していると、もう終わりとなる最後の払い出しの直後に台が消灯しカタカタとメダルが払いだされ始めた。
はい、終わり――。今日の高設定狙いは失敗した。
今日はクレオフすると設定5・6が確定するイベント、そのクレオフ台が隣台に出てしまった。こうなると自分の台の可能性がかなり低くなる。
クレオフとはクレジットオフの略のことで投入されているメダルを精算ボタンで払い出すことを指すが、店側が事前に設定することでボーナス後強制的にメダルを払い出すクレオフ状態にできるのだ。今日はそれを利用したイベントというわけだ。
開店してたった20分、2千円の負けですんだ。悪くはない。だらだらと引っ張られるより、さっさと見切れる方がいいに決まってる。
早く終われば他に出来る事がある。昨日の夜に取ったデータの中で、たしか連チャン中に閉店を迎えた台があったはずだ。
さっそくむかうものの残念ながらすでに取られていた。次は――、中途半端に40ゲーム回っているの台にむかう。こちらは取れたが70ゲーム回して音沙汰なし。移動する。
次は前日60ゲームの台でこちらも当たらず終了。その次は前日500ハマリ台だったが、誰かが120ほど回してくれたようだ。この台はリセットしてもゲーム数がクリアされないので今は620ハマリの台になる。
これが案外ハマって200ゲーム程まわして、ようやく当たり、バケ、ビッグの2連で終了。もうやる台がなくなってしまった。もうしばらく経たないと出来る台はないだろう。
今日はクレオフというわかりやすいイベントだ。クレオフした客はまずヤメないだろう。設定推測の必要がない簡単なイベントは正直やらないでほしい。
通路を歩いていると吉宗のゾーン手前でヤメた客がいた。一応は取ったが別に無理してやるような台ではない。だが、やらないのももったいないので貯メダルを下ろしに再プレー機へむかった。
その途中で声をかけられた。振り向くとダイスケがいる。
「来てたんだ?」
ダイスケは同じ地元の同級生だ。一緒だったのは中学までだが、この店が出来てからよく見かけるようになった。
「今来た。何やってんの?」
「あー、吉宗をちょっとだけやるつもり」
「吉宗かー。俺はやっぱ北斗かなー。こないだ4000枚出したし」
何の根拠にもならないことをいっているダイスケだが北斗にはいい思い出だあるようだ。
「今日クレオフのイベントだから、まだ当たってない台やってみたら?」
「なにそれ? おいしーの?」
ダイスケのいう『おいしー』とは『楽に勝てる』というようなニュアンスだ。この言い方は好きじゃない。
「適当にやるよりはマシだと思うよ」
そういって再プレー機にカードを挿し暗証番号を入力した。
「何それ! 何で出したの?」
ダイスケが突然大声で騒ぎ出す。何かと思ったが、たぶん貯メダルの残高が多いのに驚いたのだろう。表示は23142枚となっている。おおよそ41万円分のメダルだ。
「何でって・・・・・・、1台じゃないし。色々でだよ」
半月ほど交換していなかったので結構貯まっていた。普段なら1万枚程度の時に10万円分を交換するのだが、今回は閉店まで打ち込むことが多くタイミングを逃していた。
「そんなに勝ってんの!?」
「んー、月40万ちょいくらいかな……」
喰らいつくような言い方のダイスケに気圧されながらそう返す。
「教えて! おれもやるから」
激しく詰め寄ってくるダイスケ。
「いや雑誌に書いてある通りだよ」
「いや、見てもわかんないから。飯おごるからお願い!」
そう懇願するダイスケだが、まるでわかっていない者に説明するのは大変だ。実際に何か凄いことを知っているわけではなく雑誌に書かれている小さな数字をたくさん覚えて、それを元に行動しているだけだ。
「とりあえず、何打てばいい?」
そうダイスケはいうが、そんなものがあったら帰ろうとしていない。
「だからー、今日はクレオフ探せばいいんだよ」
とりあえずそう言っておく。もう時間が経ち今から探すのは効率的ではない。だが、それをダイスケにそれを説明するのは面倒だ。
「わかった! 探してくる」
ダイスケはそういって足早に店の奥に消えていった。
吉宗のゾーンをあっさりスルーし、わずかなメダル流す。時間はまだ午前11時。少し早いが今日はこれで終わりにすることにした。店を変えてもいいが今日は新装休みが多く効率的ではないのも理由だ。
今日は1万2千円の負け、こういう日もよくある。1日の勝率も6割より少しあるくらい毎日勝っているわけではない。今日のように高設定を取れなければ早々に終わりにする日も多くあった。
帰るついでに景品カンターによる。備え付けのカード読み取り機にカードを差し込み、暗証番号を入力する。
小さな画面には貯メダル数が現れた。
「全て交換でよろしいですか?」
女性店員が聞いてくる。
「いや、大景品20枚で」
貯メダルを一定は残す必要があるので景品数を指定する。
そう伝えると女性店員はピースするようにして確認をとってから手元の機械を操作し、脇にある長細い機械から出てくる特殊景品を10個ずつ束にして輪ゴムをかけて手渡してくる。
それを持って外の景品交換所にむかい引き出しにいれた。
引き出しが引っ込むと中でガタガタと機械で景品数を数える音が聞こえてくる。引き出しが戻ると、そこには1万円札の束があった。その場で素早く枚数を確認しポケットに突っ込む。
周囲を警戒しながら車に乗り込み素早く鍵をかけてから財布にしまった。
コンビニで弁当を買ってからアパートに戻る。
それを食べながら収支表をつけ、ついでに今月の行われる各店のイベントを確認する。それを自分なりに優先順位付けしていき明日以降の店選びをイメージしていく。
電話がなった。そのまま出ると、あのやかましい騒音が聞こえる。パチンコ店の店内からかけているのだろう。
「クレオフした!」
ダイスケが大声で叫ぶ。
「ああ、よかったね」
「どうすればいい?」
「とりあえず外出てくんない? 聞こえない」
そういってダイスケを外に出てもらった。
「どうすればいい? クレオフしたけど」
外に出たようだが店先の入り口辺りなのだろう、いくぶん小さくなったがまだ騒音が聞こえる。
「どうって……、やればいいだけでしょ」
「いや、なんか高確とかで設定わかんでしょ?」
「ボーナス後の高確ってこと?」
「高確ってどうやって見分けんの?」
ダイスケは当たり前のようにいう。そんなことも知らないで今までよく打っていたのかとある意味で感心する。
「ランプの矛盾以外は第3停止振り向きとか、あとはステージ移行とかで予測するしかないよ」
「ステージってラオウとか?」
「そうだけど完全にリンクしてるわけじゃないから他の演出もみないと」
「他って?」
そう続けるダイスケだが、それがかなりの量であることすら知らない時点で話にならない。
「そもそもクレオフなんだから、やるしかないでしょ。時間がもったいないよ」
全てに答えていたらきりがなさそうだ。時間を理由に説明を避けた。
「わかったやってみる!」
勇ましい返事の後に電話は切れる。どうやら本当にクレオフ台を見つけたようだ。これで順当に勝ってくれればいいが、もし負けてしまったら自分のせいにされそうだ。
収支つけとイベント把握も終わり、することがなくなった。
散らかり放題の部屋を見て片付けなければと思ったが、こういうのは勝った時でないとやる気がおきない。
なんとなくテレビをつけてみるが昼間の番組はつまらない。特に芸能ワイドショー、一体誰が興味を持って見るのだろう。テレビを消し他にやることもないので布団ぐらいは干そう窓を開けた。
午後3時。布団を取り込んでから再び店にむかう。
店内に入り、とりあえず出来る台がないか見まわってからダイスケの様子を見に行く。
「これ6だ」
目を見開いて話すダイスケ。
「クレオフは5か6だから5の方が濃いんじゃないの?」
実際にこのイベントでは設定6ではなく、それより劣る設定5の方が多い。だからこそ朝一の台取りに失敗した時点でそれ以上は探したりしないわけだ。
「なんで? こんなに調子いいのに?」
ダイスケは驚いているようだが、それはあまり参考にならない。それに履歴を見る限り、初当たりが良好というより設定差のない連チャンの方が優秀なようだ。これで6などと言い切れるわけがないが詳しく知らない者に説明するのは面倒だ。
「まあ出てるし、いいんじゃない。がんばって」
これ以上、余計なことを聞かれる前にその場を離れることにした。
再びホールを一周して出来る台がないか探す。あるコーナーに差し掛かった時に一際大きいシルエットを見つけた。サトルだ。
「これクレオフしたの?」
そう話しかけた。
「これロボットでたのに連チャンしなかった」
質問に質問で答えてくれるサトル。無表情だが、こういう時はたいてい怒っている。
「ああ、ビッグ中のキャラでしょ。別に確定じゃないよ」
機種の中にはボーナス中などの演出で次回の連チャンを示唆するものがある。玉のぱちんこの方でもそうだが半端な知識しかないとその手の演出にかえって不信感を抱くものだ。
「こないだも同じだった。怪しい」
サトルは店の不正を疑っているようだ。
「いやー、ないと思うけど……」
実際に不正はないとは言い切れない。だが、ほとんどはただの言いがかりだ。負けた理由を店や台のせいにして心理的なバランスを取ろうとしているのだろう。ダイスケもそうだが単純な運の出来事に何がしかの理由をつけがちだ。
自分に都合の悪いことは全て店のせい。一方で大連チャンからの大勝ちなどは自分の実力と解釈して次も率先して打ちにいく。実に良いお客さんだ。
だが、こうしたお客たちのおかげで店が儲かり設定も入る。
不正を疑いながらも打ち続けるサトルは放っておいて、やれそうな台だけ確認してから景品カウンターへむかう。今日は2度目になる。
「大景品20枚で」
そう伝えて特殊景品を受け取る。周囲の気配に気をつけながら交換を済ませ車に戻った。
今日の交換で合わせて20万円になった。財布はパンパンだ。交換を分けたのは理由がある。一度に20万も30万も交換すると目立つからだ。別に勝ちすぎて店にマークされるとかではなくて単純に目立ちたくないからだ。午前と午後でカウンターの店員が変わっているのを利用して、わざわざこんな事をしているのだ。
パンパンになった財布を持ってむかったのは銀行。ATMの列に並び、順番を待つ。
記帳された履歴には10万、20万円単位で入金されていく。残高は380万とんで端数。去年の今頃には60万円しかなかった貯金がこの1年で320万円も増えた。今年の11月の時点で580万円も勝っている。来月20万円以上勝てば月収50万というラインに届く。
別に目標にしたわけではないが、なんとなくきりがいいと思って、いつの頃からか意識していた。毎月の額はバラつきはあるが20万を下回った月などない。何事もなければたぶん届くだろう。
帰ろうかと車に乗り込んだところで電話がかかってきた。母からだった。
「仕事終わったか?」
母の第一声。まだ仕事をヤメたことを知らない。言っていないからだ。
「ああ、まだもう少し。なにか用?」
すでにヤメているとは言わず、まだ働いている体で答える。
「色々書類きてるから、たまには帰ってきなさい」
「ああ、わかった。終わったら行くよ」
そう返事して、ひさびさに実家に帰る事になった。
久しぶりに帰った実家だが特に何も変わった様子はない。
住所変更をしていないので色々と書類が来ていると聞かされたが、それは口実で本当は顔を見たいのだろう。
「はい、これ高校の時の同窓会の通知来てるよ」
重要な書類だと聞かされたのに出てきたの同窓会の案内だった。
「あと、こないだ熊田くんって子から電話があったよ」
「熊田なんて知らない。同級生にもいないよ」
よくある電話勧誘だろう。
「お前、職場の人とはうまくやってんのか?」
母は心配そうにいう。だが無用の心配だ。職場の人なんてもういない。
「フツーにやってるよ」
「ダメだよ。あんたは口が過ぎんだから」
「別に何もないよ」
母の心配はいつものことだが、それが煩わしい。
「ちゃんと生活してんのか?」
「してるよ、生きてるでしょ」
「違う。世の中の事をちゃんと見てんのかってことだよ。今の総理大臣いってみろ」
そう強気に母はいう。
「小泉に変わったんでしょ」
「そうだ。そう言う常識の事だよ」
「じゃあ、内閣って何?」
「何って……」
「お母さんが言う常識って名前とかだけで、中身はよく知らないじゃん」
自分を疑わない母に事実を突きつけてみる。
「あんたは屁理屈だけは達者なんだから」
「はいはい、都合の悪い意見は全部ヘリクツですよ」
子供の頃からそうだった。一方的に押し付けるだけで反論は許さない話し方だ。ヘリクツも言いたくなる。
「あんた仕事だけは辞めないでよ。お母さん、それは絶対許さないからね」
「はいはい、ヤメないよ」
「仕事やってれば間違いないんだから」
きっぱりと言い切る母。どこからその自信が湧いてくるのか不思議だ。自分こそちゃんと世の中を見れているか気にならないのだろうか。母こそ、もう時代が変わっていることを理解できてはいない。母の育った良いと思えた時代はとうに終わっているのだ。
時計を見ると10時になる。閉店のデータ取りにむかう時間だ。母にもう帰ると伝えた。
「帰んのかい? 泊っていけばいいのに」
「いや、明日も仕事あるから」
そう嘘をついた。
「仕事がんばるんだよ」
母の言葉を背に受けながら車に乗り込んだ。
午前10時23分に店に到着し、データ取りを始める。
まだ客が打っている台は後回しにしてゲーム数をメモっていく。閉店まであと5分近くあるが、この時間から打ち出す客はそうはいない。
閉店を迎える店内はホタルノヒカリが流れ、遊技を終えた客たちがメダルを流そうと列を作っている。
一通りデータを取り終えて、あとはまだ遊技中だった台の確認していく。
あと数分で閉店だというのにまだ打っている客の台は要注意だ。
この手の客は何を考えているのか時間ギリギリまで打ったりする。店員に止められるまで打ち続けるので閉店によって変な所でゲームが中断してしまうことがよくある。例えば子役揃いや連続演出中などに、だ。
そうなって閉店を迎えてしまうと、それを閉店後に店員が消化して対応しなくてはならなくなる。そうなれば前日にメモした最終ゲームとはズレが生じてしまう。
数ゲーム程度なら問題ないが、その時にリセットをかけて対応することもあるので単純にハマリ台だからと飛びつくと危ないこともあるからだ。
ホタルノヒカリが止まると店員のアナウンスが入り閉店を迎える。最後まで打ち続けていた客の台の状況をメモして外へでた。
翌日、データを取った店へとむかう。
前日に取った最終ゲームと状況から優先順位をつけて淡々と打っていく。
めぼしい台を打ち終えた頃には昼になった。
あとは当日のゲーム数と足して出来そうな台を探しにいくのだが、今のところ1台もない。もう少し時間が必要だろう。
他の店に移動することも考えたが面倒だ。どうにか出来る台がないか探してみる。
前日のメモを頼りに店内のウロウロして、とある1台で足を止めた。
今日のゲーム数は0。まだ1ゲームも回っていない北斗だ。この台は前日、高確の可能性が高いステージでヤメられている。
別に率先してやるような台ではないが暇つぶしとしては使えるだろう。高確でなければすぐにヤメるだけ、そう思って席につく。
貯メダルを使って回し始めたわずか1ゲーム目、予告音から中リール中段に赤7が止まり、さっと左リールにチェリーを狙うとピタッと吸い付くように中段に停止する。
中段チェリー・・・・・・、状態を問わず25%以上でボーナスに当選する本機を象徴する激アツ役だ。それをわずか1ゲームで引き当てた。まして今この台は高確に期待できるステージ、高確中なら当選率は100%――、心拍数がくっと上がる。
しかし、無情にもゲーム数は32を超える。
北斗の前兆は最大で32ゲーム。それを超えたということは中段チェリーを引いた1ゲーム目が高確ではなかったことになる。
つまり、このステージはガセ確定。とんだぬか喜びだ。
すぐにヤメようかと思ったがステージが転落しない。あの中段チェリーで高確に上がった薄い可能性もある。だが状態を示唆する停止系演出アクションは冴えず経験的に高確とは思えない。
それでも高確を期待させるステージは続く。
すでに低確へ落ちている演出を白々しく思いながらもレバーを叩いた。
2003年11月21日 -12000円
22日 +19000円
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(現在地:社会ふ適合/12G目:空白の1日)