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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

13G目:プロとアマとノリ打ちと

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昼過ぎになってからパチンコ屋にむかう。寝坊したからだ。

車から見える風景の中には『新年』を含んだ様々な物が目に映る。無職になって2度目の正月が過ぎた。

店に到着し、駐車場の様子を見るにそれなりの客がいるようだ。正月中はさぞ混雑したであろうが11日目にもなるとそれも落ち着いていく。

基本的に連休中のパチ屋は回収営業。その中でも正月は年間内でもっとも厳しい時期になるだろう。

それを避けるために去年のクリスマスから今日までのおよそ半月は全て休みにあてた。盛大な回収営業下で台の調整が悪いだけならハイエナに徹すればいいが実際は多すぎる客で台移動ができず効率が悪い。

今日も朝から行く予定だったが長い休みのせいで生活リズムがめちゃくちゃになり起きられなかった。せっかくの前日の下見も半分はムダになっただろう。

自分は休んだがカズキたちは正月中も関係なく通っていたようだ。

店に入り出来る台を探す。この時間だと前日の連チャン残りではなく前日の微ハマリ台と当日のまだ当たっていない台を探した方がいいだろう。

携帯のメモと当日のゲーム数を比べながら歩いて行く。

――あった。当日は341ゲームだが、ビッグとバケを示す履歴は0、0だ。この台は前日322ゲームだから、足せば563となる。まあまあだ。

しかし、台を取ろうと動いたそのすんでのところで取られてしまった。

相手は同じくそれで生計を立てる若者だ。こちらの勇み足に気付きばつが悪そうに会釈する。こちらもどうぞと身を引いた。

また同じように台を探して歩く。

平日のこの時間だといったん帰るか店を変えるかした方が効率的だが、この正月明けの時期はどういうわけか昼間でも客がいる。それを当てにして残って待つことにする。

しばらくして声をかけられた。

「さっきはすいませんでした。これ……」

すまなそうな物言いでにコーヒーを手渡してくる。さっき台を取った若者だ。

「ああ、気にしてないよ。あの台どうだった?」

そういってコーヒーを受け取り、軽く世間話のような近隣の店たちの状況など話してすぐに別れた。

そもそも台は早い者勝ちだ。取られたということはないが台取りが僅差になると揉める原因となる。

台取りは直接に勝ち負けに関わるものなので神経質になるものだ。特に相手の態度が悪いと手の出るケンカに発展するだろう。実際に駐車場でそれらしい状況を見かけたこともある。まして、ここは田舎だ。時代錯誤の不良が幅を利かせることもあるので台取りは注意が必要になる。

この若者もそれがわかっているから、こういう配慮をするのだ。

打ち方をみるに勝ち越しているようだ。そんな感じがする。あの台もこの店が据え置きにしていることを知っていて取ったのだろう。ただ前日の細かなゲーム数まではわかっていない感じだ。ある程度の予測でやっているのかもしれない。

ここ最近になって台取りに苦戦することが多くなった。あきらかに狙って台を取る客たちがいるからだ。

それだけ今のスロットは勝てる――。

それなりのやり方をすれば、それなりの結果がついてくる。特段に難しいことをしなくても地道に台を選んで打っていけばいいだけだ。

そして、一度その実感が持てればあとは楽しい遊びとなり、だからこそ本気になって、その苦労をいとわなくなっていく。むしろ真面目な性格の方が勝ちやすいといえるかもしれない。たぶん、あの若者もそんな感じで勝ててしまい、それをあてにしてパチ屋に通っているのだろう。

前日のデータを頼りに台を見つけては打ってヤメてを繰り返していく。

結局は閉店間際まで同じ店に居座って最後はデータ取りしてから、いつものファミレスにむかった。

カズキたちはすでにきていたようだが最近では同じ店に通うことが少なくなり、ここで会うことの方が多くなった。

「最近プロ多くねー?」

ユウジがデカイ声でいう。ユウジのいうプロとは高設定狙いやハイエナをする客のことだ。

「いや、プロじゃなくてセミプロだろ」

そうカズキが訂正する。実際にはプロなどいない。誰も認定しないからだ。

「確かに最近増えた気がする。島を回ってると何度も目があって気まずい」

「もうプロとか素人とかって曖昧じゃねー?」

ヨシハルがそう投げかけた。

「そうだね。天井即ヤメ台ばっかだし。ゾーン抜け台も多い」

「最近はおっさんもきっちり128ヤメだもんなー」

ユウジが思い出すようにつぶやく。

確かにここ最近そのような光景をよく目にした。一般客たちも連チャンやゾーンといった機種の仕様を覚え、効率の悪い打ち方をするのを嫌うような感じだ。単純に経験的にそうしないと『出ない』と思うのだろう。一方でイベントは毎日のように行われ高設定狙いはしやすくなった。だから、まずイベントにおもむいて高設定を狙い、取れなかったフォローでハイエナするというやり方が今は王道的な立ち回りになる。

自分の場合は、それを逆手にとって勝ちを目指す客が多く集まるイベントを避けて、その翌日の高設定据え置き狙いや低設定のイベントのない店の宵越しハイエナを主軸にやり繰りしていた。

「そういやストック機なくなるらしいな」

カズキが唐突にいう。

「なにそれ?」

ヨシハルが聞き返す。

「雑誌に書いてあった」

さらりとカズキはいう。

「アラジンとかサラ金とかが撤去されたみたいにってこと?」

かつて一部の機種が店から撤去されたことがあった。行き過ぎた射幸性が問題視された結果らしい。その時は自主規制だったせいなのか、この地域ではかなりのあいだ店に置いてあったのを覚えている。

「いや、ストック機だけじゃなく4号機全部らしい」

カズキははっきりといった。

「全部って無理じゃね? 相当な台数でしょ」

そうヨシハルが返す。確かにそれは無理そうに思えた。カズキの話が本当なら今店に置いてある全てのスロット台がなくなるということになる。日本全国で一体どれだけあるかわからない台数が、だ。

「まだ、だいぶ先らしいし、別に大丈夫だろ」

そうカズキは付け加える。試しに全国の店から全てのスロット台がなくなるイメージをしてみるたが、とても出来そうになかった。

 

翌日も昨日と同じようにパチ屋へむかう。

今日は寝坊することなく開店と同時に店に入れた。

客はほんの数人しかいない。今日は近くの店がイベントだ。しかもイベント内容は片方が列に高設定と全6コーナーあり、もう片方が北斗が1/2で4・5・6という強いイベントになる。

ほとんどの客はそちらを選んだのだろう。だから、こんなに客がいないのだ。カズキたちもそのイベントにいったはずで、そんな中で自分だけがイベントもない店に来ている。

確かにイベントは魅力的だ。しかし、魅力的であればるほど客が増え競争が激しくなる。それは並びに費やす労力を増やし実際に高設定に座れる可能性を下げていく。

一方でイベントのない店の朝一の競争に穴が空くことになる。

そんな店で前日のデータ取りをしておけば翌日の朝一により多くの台を確保できる。下手にイベントの参加するよりずっと安定的だ。しかも朝の並びに費やす労力もない。

最近はこうしてイベントの裏で競争に穴が開くところを狙うことが多くなった。

まずは連チャン残りを狙うべく取ったのは前日2ゲームヤメの台だ。これをさっさと回して次に移動する。

次は前日32ゲーム、前日58ゲーム、前日36ゲームと打っていき1台は当たってくれた。

それを消化して、その次は前日のハマリ台狙いに着手する。

これからは前日のゲーム数が高い台から順に打っていく。こちらは連チャン残り狙いと違いリセットをされていなければ確実に当てることができる。

目星をつけた台の大部分を打ち終わる頃には12時になろうとしていた。

普通であればこんな風に台数をこなすことはできない。別に前日のデータを取って狙って台を取りにくるような客がいなくても、それなりの数の客がいれば適当に座られてしまう。

それが近隣店のイベントがあると朝一の客が減り、こうして自由に台を取ることができるわけだ。

朝は閑散としていた店内だが客が増えてきた。時間的にイベントで台取りに失敗した客たちが流れてきているのだろう。

最後に打てる台がないか確認して店をでた。そのまま帰ってもよかったがカズキたちが行っているイベント店の様子をみようとハンドルをきる。

店が見えてくると駐車場にはそこそこの車が見えた。

強いイベントにしては少ないが、それは時間がたったからだろう。イベント時には開店時が最も混雑し、それから3時間程度たつと諦めた客たちが店を出て行く。

この時間に残った客は高設定を取れたか、あるいは可能性がまだあってそれを追っているかになるだろう。まあ、そんなこと関係なく打つ客もそれなりにいたりする。

中に入ると予想通りといった感じで、それなりの客はいるが列ごとの客付きに偏りがある。

列の1人2人がドル箱をすでに持っていて他は空き台だ。こういう状況だと箱を使っている台が高設定となり他はすでに見切られたと推測できる。

しかし、最初にただ運良く出ている台があると高設定がたいして回されず埋もれてしまうこともある。だが出ている台がある以上はその可能性を追うのは効率的ではないだろう。

そうして一応は高設定の可能性がある台を探すも気に留める程度でカズキたちの姿を探す。

――いた。ヨシハルだ。

「みんなは?」

「あー、他いくって」

気だるそうにヨシハルはいう。台の履歴をみるに調子は悪そうだが何か高設定らしい挙動があったのだろう。この列には他に出ている台があるが、ヨシハルは気にしていない様子だ。たぶんヨシハルの台が高設定だろう。

「朝いなかったけど、どこいったの?」

「普通に河田にいって宵越し拾ってきた」

ヨシハルの質問にそう答えた。

「その方がいいかもなー。最近、効率わりーし」

そうヨシハルはいいながら、ある客の方に視線をむける。その先にはドル箱を3つ持って台を打つ若い客と、その隣で打たずに暇をつぶす客がいた。

よく見る光景だが少し事情がある。この2人は単に知り合いというだけではなく協力して打っている。2人で高設定を探し、それに使った金額と出した分を2人でわける――、そういう約束の協力。

俗に『ノリ打ち』と呼ばれるやり方だ。

このメリットは高設定の取得率を上げ、結果的にリスクの分散ができることにある。

この片方の客の3つのドル箱も隣の打っていない客が出した分を足したものだ。よく見ると台の履歴よりメダルを持っている客がチラホラいる。たぶん、さっきの客と同じくノリ打ちをしているのだろう。

このノリ打ちは、一昔前の設定6で平均20万円以上勝てるという機種がゴロゴロあった時代に流行したやり方だ。

その後も店同士がひしめき客のレベルも高い都内では普通にあったようだが、最近になってこんな田舎の店でもよく見かけるようになった。

今ではこういったイベントには必ずノリ打ちする客たちが現れて一層競争が厳しくなっている。

ノリ打ちはイベントなどで有効な手段だ。

特に並びや抽選によって決まるイベントでは人数が多いほど有利だ。逆をいえばノリ打ちしない1人の客は不利となる。

ノリ打ちする人数は2人以上なら可能で理屈的には人数が増えるほど効率が上がる。

例えば一列のどこかに必ず高設定がある場合、その列の台全てを同じグループで独占してしまえばいいわけだ。それは極端でも現実的には3人程度を各列に配置すればかなりの効果がでる。

店をまわっていると休憩所には多くの客が見えた。

たぶんノリ打ちグループの空きメンバーだろう。ノリ打ちをしているかどうかは表面上はわからない。だが、あきらかに協力して打っているのでおおよその検討はつく。こうして打たずに休憩所にずっと居座る若い客がいたらだいたいそうだ。

人数全員が高設定を取れることは少なく、だれかの取った高設定を順番に打ったり、その周りをたむろしたりする光景をよく見かける。あるいは他で出したメダルを一箇所に集めるので目立つことも多い。

最近になってイベントを避けるのは、このノリ打ちグループとの競争があるからだ。

特に大きな勝ちを狙える機種のイベント時は複数のノリ打ちグループが参加する。そんな中で競争に参加するのは効率が悪い。

実際に今日のイベントで高設定取れたのはヨシハルだけでカズキ、ユウジ、ダイスケは失敗し他に行っている。

取れたヨシハルも競争に勝つために妥協した機種を狙ったのだろう。退屈そうに打っているのはそのためだ。

他にも多くの客がいて競争相手になるがノリ打ちをする客たちの影響はそれよりずっと大きい。今後のイベントでは、このノリ打ちグループとどう渡り合うか何がしかの対策は必要になるはずだ。

何度か『自分たちもノリ打ちするか?』という話もでた。

だが、カズキはノリ打ち自体に否定的でヨシハルも乗り気ではなかった。

確かにノリ打ちは効率的だ。特に他の客との競争を強いられる状況では個別に立ち回るより格段に勝ちやすい。

一方で作業をそれぞれで分担することになり、その金額もわけることになる。それまで1人で受けてきた結果を全員でわける。1人1人に明確な勝ちや負けの実感はなくなっていき仕事のようになっていくだろう。そうしたことを嫌ってこんな生活をしているといえるのに――。

店を出ようと最後の一周へとむかう。

まだ昼過ぎの時点でドル箱を4つも並べ、一際目立つ台がある。打っている客がさっきと違う。たぶん同じグループの人間と交代したのだ。

その客の打ち方が気になった。ひどく雑だからだ。

ふんぞり返って強引にレバーを叩いてボタンを退屈そうに押していく。ただ消化するだけの打ち方だ。あれでは子役を相当に取りこぼすだろう。

ノリ打ちする客のレベルは別に高いわけではない。

むしろ低い場合が多いだろう。それをグループ内のレベルの高い誰かが指示役となってまとめ、その他はそれに従っているような感じだ。

こんな雑な打ち方をするのも、ただ指示されてやっているからだろう。

自分1人で結果を背負わないから、こういう腐った会社員みたいな打ち方をするのだ。

通常時の子役の取りこぼしだけでなく設定の判別自体の精度も悪いはずだ。それに大きく勝っているように見えるが人数で割れば、そう大したものにはならない。数にものを言わせて高設定を取っておいて、大した成果は出さない。正直いって迷惑な集団だ。だが、どうにかできる問題ではない。それに付き合っていくしかないだろう。

休憩所で笑うノリ打ちグループを横目に店を出た。

2004年1月12日 +24000円

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(現在地:社会ふ適合/13G目:プロとアマとノリ打ちと)

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