2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
目の前のグラフの軌跡は見事な右肩下がりだ。
大型のタッチパネル式モニターから各台のスランプグラフを呼び出しては履歴を確認していく。
スランプグラフは台の大当り枚数と吸い込んだ枚数を線グラフにして表示してくれる便利なものだ。出したメダルがあれば上方向に、逆にハマれば下方向に表示されていき、その台がどんな風に当たりとハマリを繰り返したのかが視覚的にわかる。
最近では台に備え付けのデータカウンタでもスランプグラフを表示できる高機能なタイプもあるようだが、こんな客の少ないさびれた店にあるわけもない。
この1台しかない虎の子の大型データ表示機は客が自由に使えるように店の中央に置かれている。これを操作することで台ごとのスランプグラフを呼び出せ、当日のデータだけでなく、前日、前々日のものまで見ることができるのだ。
台番を入力すればいつでも確認することができるわけだが、これの有効な活用法は特にない。
ない――、といえば極端だが実際にそうだ。
普通ならこの履歴から高設定かどうか推測したり店の高設定を入れるクセなどを把握するのに使う。しかし、この店に高設定はほとんど使われず、そういう意味でもまともな活用法はない。
そんな大型データ表示機を見ているのは違う当てがあるからだ。
調べてきた台番を入力してスランプグラフを呼び出す。そのグラフの一番最後、その終わりに注目する。
そんな風にしながら、ある履歴を探していく。
探すのはグラフの最後が大きく下にむかっている履歴。それは単純にハマったまま終わったことを示している。そして、今見ているグラフは前日のもの。
つまり、これを見れば前日ヤメられた最終ゲーム数がわかるのだ。
グラフの目盛りは500枚単位で、それを目安にしてあとは千円辺りで回せるゲーム数で割り出せばいい。グラフの終わりがマイナス800枚程度なら金額にして1万6千円なので、ゲーム数は480前後になるだろう。正確ではないが、おおよそには予測できる。
普通のやり方であれば閉店の間近の店に足を運んで最終ゲーム数のメモを取る。だが、その店の最終ゲーム数しかわからない。だが、これがある店なら前日の下見なくそれがわかる。
これを利用すれば前日の下見した店と、しなかった店の両方で宵越しハイエナが可能になるわけだ。
別に画期的な攻略法というわけではない。こうでもしないとやる台が確保できないというせせこましいやり方になる。
イベントだけでなく平日のハマリ台狙い、あげく宵越しハイエナ狙いにもノリ打ちグループが来るようになっていた。狙いが甘いので全く台が取れないということはないが、こなせる台数が減ってきているのは事実だ。そんな中で、どうにか台を確保するために考えた苦肉の策に過ぎない。
背後に気配を感じた。
少し振り返ると人がいる。若い客だ。たぶん、この大型データ表示機を使うために待っているのだろう。
見ていたグラフを消し、その場を離れた。
翌朝、前日のデータ取った店へとむかう。
駐車場に入った時点で列がみえた。昨日もみた顔ぶれだ。
列に加わり携帯のメモを確認する。出来そうな台、前日の連チャン残りの台は8台ほどあるが取れるかどうか微妙なところだろう。
特に前に並んでいる4人組はノリ打ちをする奴らだ。たぶん、この4人は間違いなく、その台のどれかを取るはずだ。
そうなれば実質的に残る台は4台になる。しかし、1台は取れたとしても2台目に移動するのは難しいだろう。こちらは1人だが、むこうは4人だ。こういう時に人数の力と1人の限界を思い知らされる。それに競争相手はこの4人だけではなく、他の客にたまたま台を取られる可能性もある。どちらにしろ1台やるのが精一杯になるはずだ。
店員が現れ朝の入場説明を始める。誰も聞いていないが、それが終わると入場となった。
入店し、目当ての台を目指す。
先行する客たちが通るであろうルートを避け、はなから一番奥の台へとむかった。台が見えてくると先客はいない。下皿に物がないこと確認し着席した。
メダルを2千円分買って下皿にメダルを満たして席をたった。あの8台の中で取られないかった台を把握するためだ。素早く確認し席へ戻る。
開店を知らせるBGMに変わると同時に打ち出した。
この台は前日2ゲームで終了している。連チャンゾーンの128ゲームまでとにかく打ち進める。当たった場合は仕方ないが、当たらなかった場合にはすぐに移動するからだ。
あのノリ打ち4人より早く、そう焦りの中レバーを叩いていく。
90ゲームを超えた辺りから演出が騒がしくなった。前兆だ。そのまま進んでいき112ゲームには連続演出がハズレた。
素早く席を立って一番近いまだ取られていなかった台へむかう。
途中、あの連中の1人が席をたつ。むこうも終わったのだ。目当ての台まで位置的に自分の方が遠い。諦めてもう1台の方へむかうことにした。
違う台にむかったが、すでに取られていた。取ったのは、あのノリ打ち4人組ではない。普通の客。
これで打つ台がなくなってしまった。他に前日のハマリ台もなく、あってもまだ打てるレベルではない。他の客が回して頃合いになるまで時間がかかるだろう。
この店に見切りをつけて外へ出る。
時間をみると9時18分。まだ開店してすぐの時間だ。
あのボッタ店で宵越し台を探してもいいが、この早い時間という状況から急きょイベントの行われている近隣の店にいくことにした。
車を飛ばしてイベント店へむかう。
通常であれば朝の並びに参加しないと、まともな台は取れない。前日から下見し狙い台を決めるレベルの高い客たちが一定数いる上に、今はノリ打ちをするグループが常に複数いるからだ。
それでもチャンスはある。積極的に打たずに、まずは様子をみて可能性のある場合だけ取り組むようにすればリスクも抑えられる。
店に入り、見てまわる。
ぱっと見まわした様子では、すでにそれらしい場所は取られているようだ。別にこの店の癖などがわかるわけではないが列に座る客たちに偏りを感じる。おそらくは何か傾向的なものがあるのだろう。
それを見抜こうと観察をしてみるが何かはっきりとしたことはわからない。それぞれの座っている台の特徴をみるに前日が不発台かつ近隣に前日高設定らしき台がある場所という感じだ。
そういう事なら、その条件にあう台、またはその付近をやればいいわけだ。
だが正直いって怖い。彼らの技量はけっして高くはないからだ。店の癖を読んで狙いを絞っているようだが閉店時には朝とは違う台に座っていることも多い。
癖読みが高精度で当たってるのなら、そもそも朝の台取りの時点で取れている。わざわざ同じグループ数人で同じ列の1台を狙うのは読めているとはいえない。あくまで人数が多いからこそ取れている側面の方が強く、人海戦術で結果的に取れているにすぎない。
それに最近の店をまわっていて感じるのは、彼らノリ打ちグループが幅を利かせているようで実際にはそう上手くいっていないということだ。
まあ、ノリ打ちグループ同士の競争があるので当然だ。
一方で朝の台取りは癖読みができ、それぞれのグループが店内に分散して台を取る。おそらくは、ある程度のわかった上で店側も設定を入れているのだろう。
ノリ打ちグループとはいえお客には違いない。上手く泳がせて稼働を取ろうという思惑は想像がつく。それだけでなく朝の並びの長い列は良い宣伝になるからだ。
確認できるノリ打ちグループの数は6つ。2人や3人の少数のノリ打ちも合わせればもっと多いはずだ。
この手のイベントはもうダメかもしれない――。こんな状況の中で探す効率の悪さにヘキヘキして店をでた。
夜のデータ取りを終えて、いつものファミレスにむかう。
「最近さー、きつくねー」
ヨシハルがぼやく。最近の口癖だ。
「こないだなんか全6の島、おれ以外同じノリの奴らでさー。すげー騒いでて超うぜー」
「あー、こないだのか。確か3台くらい負けたでしょ」
「そうそう、それでガセだとか騒いでよー。マジうるせー。んならヤメりゃいいのによー」
険しい顔で続けるヨシハル。
「あいつら、にわかだから判別できねーんだろ」
そうカズキはいう。
実際にノリ打ちグループに属する打ち手の多くは設定を推し量るのに使う様々な判別要素をきちんと実行していない。そもそも目押しも満足に出来ない奴もグループ内にいたりするので出来ないというのが正しいだろう。
この地域では閉店の近づく時間になると設定の発表を行う店がほとんどだ。最後に答え合わせがあることに頼って、とりあえず出たら続行し大きな判別要素がかなり悪かったらヤメるような雑なやり方だ。
中には高いレベルのノリ打ちグループもあるが、たいていは3人程度までだろう。大所帯になれば必然的にレベルは下がっていく。
「そういやユウジがこないだ、台を貰ったとかいってそいつらと飲みにいったらしいよ」
「マジで―? よくあんな奴らとよくいくよなー」
カズキが呆れていう。
ノリ打ちグループとはいわば商売敵だ。別に本当に敵だと思わなくても仲良くすれば台取りに遠慮が出たりするだろう。一定の距離を置くのが暗黙にあった。
「そろそろ潮時だよなー」
ヨシハルはつぶやく。
「まあ、キツイからね」
特にここ最近は台取りが厳しくなっていた。競争相手となるノリ打ちグループが増えていきているせいだけでなく、一般客たちにも情報が浸透しハマリやゾーン間近などのハイエナ台も取れることが少なくなってきていた。
「よし! おれ働くわー」
ヨシハルが突如宣言した。
「なに? ヤメんの?」
カズキが聞き返す。
「実はさー、前々から親に言われてたんだよ。おれらもう25だろ。そろそろ働かねーとやべーって」
ヨシハルは深刻そうにいうが、メニューを取り出してデザートのページを見ている。
働く――、ひさしぶりに聞いた気がする。今は、その言葉に現実味が感じられない。
翌日も並んでノリ打ち4人組と競争し、たった1台打って店をでた。
イベントで賑わう店を素通りし閑古鳥が鳴くボッタ店を巡りにいく。
最近の店は二極化している。イベントをする店としない店だ。正確には期待できるイベントする店と形だけのイベントをする店に、だ。
今から行く店は設定が入っていない。つまりは後者のボッタ店。だが大型データ表示機がある。
店に入り、とりあえずまだ当たっていないカウントが0、0の台をメモしていく。それを使って大型データ表示器で前日のグラフを呼び出していく。
メモを終え店の中央にある大型データ表示機にむかうと先客がいた。昨日もいた若い客だ。
その後ろに立って空くのを待つ。
どんな使い方をしているのか見るつもりでいたが、こちらに気づいたのか早々に去っていった。画面はそのままだ。
残ったグラフは見事な右肩下がりをしている。たぶん、さっきの客は高設定の特徴を持つ右肩上がりのグラフを探していたのだろう。そんなものはこの店にはないのに。
台番を入力したが画面が変わらない。タッチパネル式だとたまに反応が悪い。何度も押して無理やり反応させる。台番を入力し連番ならばスライドさせていく。そうして右肩下がりのグラフばかりを眺めた。
2005年9月21日 +8000円
22日 -28000円
#13←前話・次話→15G目:破滅への前兆
(現在地:社会ふ適合/14G目:右肩下がりの子供たち)