2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
8月も過ぎ、まだ冷房のきいた店内で5号機を打つ。
はじめて5号機を打った日から、ちょうど1年くらいたった。あの頃は4号機であふれるスロットコーナーの中でたった1機種だけという完全にアウェーな状態だったが、今ではスロットコーナーの約1/3が5号機に変わる。
単純に人気が出て4号機と交換なったわけではなく供給される4号機が少なくなっているからだ。あくまでも仕方なくという感じだろう。
「あれ、まだあっかな」
ダイスケが現れ、なにやら聞いてくる。
「どうだろう。あの右端が出てるけどコイン持ち悪そうだから違うっぽいし、まだ回ってないからなんともいえないね」
「わかった。やってみる」
何がわかったかはわからないがダイスケは意気揚々と台を打ち出した。
当初は5号機を『出ない』『勝てない』とこき下ろし、しまいには『絶対やらない』『やるくらいならヤメる』とまで言っていたのもどこ吹く風で今では率先して打っている。どこかで6000枚出して世界が変わったようだ。
それにともなってダイスケの質問が増えて困っている。
中でも多いのが、『スイカ15回も引いて1回も解除しねー』という類のものだ。
4号機であったレア役によるボーナス当選は規定ゲーム数当選とは別けて『解除』と呼ぶことが多かった。だが5号機でのレア役によるボーナス当選はレア役とのボーナスとの同時当選、つまり『重複』になる。
たいした違いではないかもしれないが、これを理解しないと『レア役を何回引いてボーナスにつながらなかったから低設定だ』という風な解釈になってしまう。
5号機のレア役でのボーナスは重複であるから、そのレア役を何回引いてもボーナス抽選をしていない。
だからレア役でのボーナス当選で設定推測をするなら、あくまで消化したゲーム数に対してレア役とボーナスの同時当選、いわゆる重複が何回あったかをみる必要がある。そうしないとレア役を抽選確率より引けていたり、引けていない場合にそれを参考にすると精度が低くなってしまうわけだ。
ダイスケのように感覚が4号機のままの客も多い。その他にもリール制御の一本化や子役の優先順位の変化など5号機になって変わった部分に正確に対応できているのは少数なのかもしれない。
そもそもこうした仕組みの話を知らなくても基本的な打ち方さえわかれば勝ててしまう。だからこそノリ打ちなどという集団を生むのだ。知っている者からすれば、それが言動や打ち方に出るので気になることが度々あった。
「ねえ、400ハマったんだけど。もうないかな?」
またダイスケが聞いてきた。例の困った質問だ。
「んー、それだけじゃわかんないよ。ベルは?」
「えーと、1/7くらい」
そう自信ありげに答えるダイスケ。かなりアバウトな数字だ。
「つーか、それじゃなくて、こっちやれば」
自分が打っている島に誘ってみる。一通り判別され、それっぽい台が出ずに稼働が止まってしまった島より、まだ回っていない島で探した方がいい時もあるからだ。
経験的に半端に回っていると判断に迷う時も多い。それまでに回した前任者が捨てた台である時点で可能性は下がるだろう。
「えー、だって出ないじゃん、それ」
嫌そうにいうダイスケだが台の性能はほとんど同じはずだ。しぶしぶ元の席へと戻っていった。
すっかり5号機に馴染んだようにみえるダイスケだが実際は自分が出る気がするかどうかが大事なようだ。
これだけ5号機が入ってきていても、いまだに毛嫌いして触ろうとしない客も多い。まだまだ主役は4号機ということなのだろう。
一方で5号機の方も着実にゲーム性を上げてきている。
単調だと思われたリール制御の一本化もメーカーの工夫によって4号機と比べても遜色ないレベルまできた。
子役によるボーナス重複により子役成立から連続演出という流れも自然になり、一度には狙いきれない複数のボーナス図柄があれば早々にハズレであることがわからず楽しめるようになった。それでも途中で気づいてしまうことが多いが前よりずっとましだろう。
それにRTをゲーム性に使った台が増えてきた。ボーナスからRT、そしてRT中のボーナスからまたRTというループが可能になり出玉感の不足も補えつつあった。増える速度は遅いのが難点だが個人的には伸るか反るかの連チャンよりずっと楽しめる。
そんな中で、ある画期的なタイプの機種が登場する。
ずばりAT機だ。
そう、あの4号機当初に革命をもたらし、その後の大ブームの基礎を作ったAT機だ。ATとはアシスト・タイムの略で常時高確率で成立しているが配列上すべてを取ることのできない子役をナビゲートする一定区間のアシスト機能のこと。
登場から爆発的に増え、その後はストック機に取って代わられ消えていったものだが5号機になって復活したというわけだ。
驚くべきことのようだが、そうでもない。
4号機で消えていったのも禁止されたわけでなく射幸性の問題で上限に規制が入ったのとストック機の方が流行ったからであって、仕組み自体はストック機に応用されていたりした。5号機も初期段階より規制が緩くなったのか、ここにたどり着くのはある種の必然なのかもしれない。
とはいえ、まったくの同じではない。昔のように入れば瞬く間にメダルが増えるという代物ではなく、その性能は抑えられている。いや抑えられ過ぎていてメダルが増えるどころか――、減っていくのだ。
みながイメージするATは当然のようにメダルが増えるものだ。しかし、5号機になって復活したATはそれ単体ではメダルは減っていく仕様になった。
対応する子役の払い出し枚数が少ないことが原因だが、枚数を多くしてしまうと時間辺りのメダル増加速度の規制に引っかかってしまうようだ。おそらくはボーナスという一契機で何百枚かの増加がある時点で増えるATとの共存は無理があるのだろう。
だから、この新しいATはあくまで通常時のコイン持ちを上げる役割となる。ようはメダル増やす主力ではなくメダルを減らしにくくするという補助的なものだ。
雑誌でデカデカと『AT復活』と銘打たれたものの期待ハズレを通り越して騙されたと騒ぐ客も多かった。
メダルの減るAT――、そう、ある意味で予想の斜め上をいく形で復活したのだ。
当然のように人気は出ず客同士の競争はまるでない。
そんな減るATの台に活路見出して最近はこればかり打っている。
一般客たちにも常連たちにも不評だがATが増えるという概念を捨てれば、なんてことはな。むしろコイン持ちが高いことで受けられる恩恵に気付かされるくらいだ。
台のモチーフも国民的な知名度を誇るスナイパーが登場する漫画でスロットとしての出来もいい方だ。
ただ打っていて苦痛に感じることがある。
――光と音だ。
目玉機能になるATは音声とリール枠周りにあるナビゲートランプの点滅で示してくる。それが数時間、場合によっては半日を越えるほど続くこともある。店内の照明具合や台の音量調整によっては、それが更にひどくなることもあるだろう。
ATに入ること自体は喜ばしいことだが長時間におよぶのは目にも耳にも悪い。
特にボーナスが引けずに延々とうるさいATを消化し続け、少しづつ現金を使っていくのは拷問に近いものがある。たまにAT中でもヤメたくなるくらいだ。それもボーナス契機以外でATに入りやすく続きやすい高設定ならではの悩みかもしれない。
「よっ! 調子いいじゃん」
ユウジが軽いノリで現れた。
「別によくねーよ」
高設定である確信はあるが、あえて不機嫌にいった。昨日も一昨日も終日打ち切っているのに今日の短い時間の調子など気にしても疲れるだけだ。むしろ無責任な言葉には腹が立つ。
「えっ? もう決まったんじゃねーの?」
「バケ中にハズレ引いて、それで伸びてるだけで他はあんまりよくないし」
もっともらしい嘘をいってユウジに伝える。
「そーなんだ。じゃ、これからだな。がんばって」
そういってユウジは去っていった。どうせ例のノリ打ちグループにでも報告にいくのだろう。
案の定5分もしない内にドル箱を持った2人の若い客が現れた。
両隣台の下皿にメダルを投げ入れてどこかにいってしまった。すぐに打ち出す気はなさそうだ。
例のノリ打ちグループ。ユウジが、この島でまだ高設定が確定していないとでもいったのだろう。今動いている自分の台の調子が悪くなり高設定の可能性が下がれば打ち出す算段だ。
嫌がらせのように両隣を取ったのは、自分が常連であることを知っていて、ある程度は目算があって台を取っているとわかっているからだろう。そんな台が違うのであれば消去法でその隣の可能性が高くなる。台だけ確保し打たずに待って様子をうかがえばリスクなく高設定を取れる賢い方法というわけだ。
いったんATから抜けて通常時に転落したところで席をたつ。
トイレで手を洗ってから外にでた。
まだ残る暑さと湿気を感じるが、それでも店内よりは空気がいい。大きく息を吸い込んだ。
車に戻り持ってきた目薬をさす。疲れた目にしみる。首や肩をまわして軽いストレッチをしてから店内に戻った。
すぐに席に戻らずに遠回りしてく。
歩きながら各島の様子やそれっぽい台を打っている客を観察していく。カズキの姿は見えない。今日も来ていないようだ。
客が全くいない島に差し掛かった時に足を止めた。
携帯を取り出してメモ帳を開く。台の筐体番号をメモするためだ。だいたい左下隅の方に小さく書かれているのでお客がいない時でないと確認しづらい。
「何してんの?」
ダイスケが現れて聞いてくる。
「あー、この筐体番号をメモってんの」
「筐体番号? 何それ?」
不思議そうに聞き返してくるダイスケ。
「最近台の配置が結構変わるじゃん。だからせっかくデータ取っても移動した先だとわかんないから」
「へー、そんなことまでしてんだ。あとで教えて」
当たり前のように要求してくるダイスケ。図々しい奴だ。
そもそもダイスケは店選びにしても台の情報にしても、その判断にしても他人に頼ってやってきた。
わからなかったり悩んだしたら聞けばいい――、ずっとそんな調子だったからダイスケは今の大変さが実感できないのだろう。
困ったことに最近のダイスケはひっきりなしに聞きに来る。ヨシハルはヤメてしまい、カズキも最近はあまり来ない、そうなると必然的に自分に聞きに来るしかないのだ。
余裕があった頃ならともかく、この4号機と5号機が入り交じる特殊であろう時期にそんな余裕はない。
席に戻るとメダルだけ置いてあった両隣に客が座っている。どうやら打ち始めたようだ。
3人並んで打ち出すことになり島が一気に活気付いた。
こうなれば見栄えもよくなり、まだ動いていない台に客が座るかもしれない。一人だけ打っているよりは色んな意味で良いはずだ。
両隣のノリ打ちグループの輩は、おおかた様子を見るつもりだった台が稼働しなくなり待てずに打ち出すことにしたという所だろう。残念ながらムダな稼働だ。せいぜい店の売上げに貢献してもらおう。チラチラとこちらの様子を見ているのが気になるが、それを感じさせる時点でたいしたレベルじゃない。
「俺の空の高設定取った!」
でかい声と共にダイスケが現れた。
「よかったね」
どうでもいいが、そう祝辞を述べておいた。
「どうすればいい?」
ダイスケはいう。お決まりの困った質問だ。
「普通に打てばいいだけでしょ」
高設定を取ったといったのだから何も考える必要もないはずだ。たぶん履歴がいい台が空いた程度なのだろう。つまり設定推測の要点などを教えろ、という感じだ。ため息がでる。
「あー、リプ3からのそれなりに当たればいいんじゃない」
「他は?」
「色々あるけど段階的にしかないから難しいよ」
言いたいことはたくさんあるが、それを説明していたらきりがない。例え教えても半分も覚えられないだろう。
「天井はいくつだっけ?」
ガッカリな質問だ。こんな基本的なことを知らないのかと思うとうなだれてしまいそうだ。
「ベル天だからはっきりわかんないよ」
「ベル天って、なんだっけ?」
さも当たり前のように聞き返すダイスケ。疲れる。
「ベル回数で天井ってこと。160回じゃなかった?」
「じゃあ、1000くらい?」
「1300ぐらいでしょ……」
すぐに自分の都合のいい予想をするのもダイスケの癖だ。性分なのだろう。
「そんでさ、わりーんだけど3万貸してくんない?」
まただ。返事する気もならない。財布から3万だして手渡した。
ダイスケは「すぐ返すよ」といって子供のように走り去った。
さっきまで5号機を打っていたはずだが、やはり4号機の方が出る気がするのだろう。まだ予想の域はでないがダイスケ打っていたのが高設定だろう。余計なことをいうと面倒になるので言わずにおいた。
別にダイスケに限った話ではなく5号機より4号機の方を優先する客の方が多い。
イメージからくる差なのだろうが実際に朝から先に埋まるのは4号機の方だ。
しかし、今の4号機は4.5あるいは4.7号機と呼ばれる後期型のものだ。様々な規制によって実質的なスペックダウンされている。機械割あるいは出率と呼ばれるものが特に高設定域で抑えられた。一方でメダル増加の一撃性は維持されている。
スペックは下がったが前と同じように出る――、矛盾するようなものになるが、なんのことはない安定感を犠牲にして無理やり可能にしているだけだ。
だから、今の4号機は例え高設定をとっても結果が大きく運に左右されてしまう。
カズキのように高設定を終日打ち切って10万以上負けるのもそう珍しいことではなく5万程度の負けは日常茶飯事だ。
それでも4号機の方が優先されるのは良かったあの頃に味わった成功体験のせいなのかもしれない。
ダイスケが去って両隣のノリ打ちたちもそろそろ違うと気づいてヤメてくれてもいい頃だ。
だが、両隣のノリ打ち共はヤメる気配をみせない。
もう可能性が低いということはわかるはずなのに、両隣のノリ打ちたちはただ打っているだけだ。
隣で見ていると打ち方が雑極まりないのが気になった。
ボーナスが入っているのに揃えられないでもたついたり、何か起こる度に止まって考えたりしていちいち遅い。そもそも設定推測をしているはずなのに順押しフリー打ちだ。AT役を簡単に見極められる逆ハサミ打ちが常識のこの台でそれをしないのは判別後くらいだ。
一方で他の台のベルに相当するプラム役を必死にカウントしているようだが確率分母が大きめなので短時間では参考にはならない。肝心のAT役をカウントしないならムダな行為だ。ルール違反ギリギリの台のキープをしておくほど慎重かと思えば打ち方はその辺のおじさんと同じレベルというチグハグさ。
気にしても疲れるだけだと言い聞かせ余計なことを考えないように打ち込んでいく。
設定差の大きいハズレ目からのATに突入し、ボーナスをポンポンと引く。高設定の典型的な出方だ。こうなるとATは終わる気がしなくなる。
ボーナスが引けなくなってもATだけはずっと入り続け、ひたすら音と光のナビゲートに従う作業を繰り返していく。
ジャーン――!! パイプオルガン風の予告音がなる。
熱めの予告演出だが、その音がやけにうるさく響いて右目あたりが引きつった。
一瞬止まったが気を取り直して作業を続ける。
ここから音が鳴る度に次第に大きく聞こえるようになり光も眩しくなっていった。
しばらくすると音が鳴るたびに刺されるような痛みが頭の奥からする。それがどんどん酷くなっていく。
気分が悪い。深呼吸してそれに気づいた。
もう店内の雑音の全てが大きくぶつかってくるように感じる。特に甲高い声電子音が頭に突き刺さるようだ。
おかしい。急に体調が悪くなった。
とても打っていられない。席を立って逃げるように外へ出た。
外まで来ると店内の騒音がなくなり、いくぶんマシになったが脈打つように頭が痛む。
沈めようと息を整えるが急にせり上がってくるものを我慢する間もなく駐車場の片隅に吐き出した。
2006年9月2日 +14000円
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(現在地:社会ふ適合/17G目:頭痛)