2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
もう朝だ。パチンコ屋からのメールで気づいた。
開いて見る気は起きない。どうせ意味のない煽り文句しか書かれていないからだ。
8時30分までには店に着かなくては入場整理券の配布に間に合わない。重い体を引きずるようにしてアパートを出た。
車を飛ばして店にむかう。
店が見えてくると長い列が見えてくる。まだ店員の姿はない。なんとか間にあったようだ。
車を止め列の最後に加わる。前に並ぶ連中は見たことある顔ばかりだ。ざっと120人はいるだろうか。
店員が現れ整理券が配られ始める。
この整理券は入場順を決める抽選を受けるための券だ。少し前までは並んだ順に入場順を決める抽選を受けていたが、並ぶ客数が増えると『並んだのに人数制限で抽選を打ち切られた!』『早く並んだ一部の客が不正をしている!』等の私怨入り混じったトラブルが増えていき結果として事前に整理券が配られるようになった。
この地域には多くのパチンコ店があったが、その多くはかつての勢いをなくし客に見限られた過疎店と成り果て、その一方でまだまともな営業をしている――と思われている店には客が集中するようになっている。
整理券を受け取った客たちは列から離れ駐車場に散っていく。
抽選まではまだ5分程度あり、だいたいは車止めの縁石に座って携帯をいじったり雑談するか車に戻って時間をつぶす。
ノリ打ちグループたちは、それぞれ距離を置いて散っている。
一時期よりは人数がずいぶん減った。ノリ打ちグループ同士の競争が続いて自然淘汰が起こったのだ。
人数が10人以上あったグループは消えて4人前後の小さなグループばかりになった。この位の規模の方が動きやすいのだろう。人数が多くなれば有利だが、その分だけ出費が大きくなるだけでなく対人トラブルや持ち逃げなどの金銭トラブルが増えて勝ちを多く取らなければグループを維持できなくなる。
まだこの地域にも10人以上の有名なノリ打ちグループもいるが、暴走族を母体とする先輩後輩の関係から対価がご飯だけで後輩を使い倒している不良グループがいるくらいだ。
特に最近の店環境は加速的に悪くなってきている。そんな中でやっていける人数は限られていき幅を利かせていたノリ打ちグループたちも悪くなる環境の中でその利点であった人数が裏目に出ている感じだ。
抽選が始まり整理券と引き換えにボックスに入った入場番号券をひく。
力を入れてもダメ、脱力してもダメ、そう期待しているのを悟られないようにすっと手を入れて引き抜く。
108――、今日もダメだった。
この番号では、主力の島と有力台は絶望的だ。だが、ノリ打ちグループが減った今なら空き台も出るかもしれない。
番号順に再整列し入場を待つ。入場が始まるものの1人を入れる間隔が20秒近く長くなったおかげで走りだす客は少なくなった。代わりに入場番号が遅いと実際に入場できるのは開店して10分程度遅れるのも珍しくなくなった。
ようやく店内に入り台を探す。めぼしい台は抑えられているものの空き台がチラホラ見つかる。
昔ほど設定の入りが読めないということがあるのだろう。少し前まではハイスペック機以外の同一機種で構成される各島には必ず1台は高設定が入っていた。だが、その前提が崩れて高設定のない島がたびたび現れるようになってきている。
この煽りをモロに喰らったのがノリ打ちグループたちだ。必ずある1台をあぶり出すために島全体を抑えるような人海戦術が通用しなくなった。
店側のノリ打ち対策かもしれないが単純に出したくないという理由の方が大きいのかもしれない。
設定の入らない日が現れるようになったことで島占拠という光景は減り、入場順が遅くても台自体に座れることも増えた。だからといって高設定にありつく可能性が上がった気はしない。それでも選択すら出来なかった以前よりはマシだろう。
適当に1台を確保して時間つぶしをかねた様子見にいく。
判別の精度が高い一部の常連客とレベルの高いノリ打ちグループが取った台をメモしていく。
彼らが捨てた台であれば可能性はかなり低くなる。台番をメモしておけば、あとでムダな台選択をしなくてすむのだ。
可能なら他のノリ打ちグループ毎にどの台に座ったかのメモしていった方がいよいのだがやっていない。一度捨てた台が高設定だったり低設定をほぼ終日打ち切ったりするようなことをするのであてにならないからだ。
再プレイ機は相変わらず混雑している。だが前のような揉め事はない。あの素行の悪いノリ打ちグループたちは軒並み出入り禁止になったようだ。もっとも、あのような輩は島占拠などをメインにする力技に頼っていたので今の店環境ではやっていけずに、どのみちいなくなっただろう。
ノリ打ちグループにも力量の差がはっきりと出ていて今の店の環境からすると弱いノリ打ちグループは消えていきそうだ。
スロットコーナーを一周すると、ほとんど客のいない場所がある。番長の島だ。
今残っている4号機の中で一番の大物機種といえる台――、32台もあり同一機種では最大の設置台数になる。それが朝一では客に相手にされずに閑散としている。客がつき始めるのは夕方近くになってからだ。
4号機が消えるXデーが迫っている。
そんな中で4号機と5号機の台選択の優先順位に逆転が起きた。勝ちにくる客が4号機より5号機を優先する――、Xデーがすぐそこにあり続々と4号機が撤去される中では当然の反応なのかもしれない。
席に戻って両隣台の様子をみる。
横目で見る限り、これといった良さそうな挙動はない。開店して間もないので参考にするにはまだまだかかりそうだ。様子見から打ち始めるに切り替えた。
2時間ほど経つとおぼろげながらに状況が掴めてくる。
結論からいうと、どの台もパッとしない。この島には高設定がない可能性が高くなってしまった。
再び席をたって他の島の様子をみにいくことにする。
朝にメモした台番と打っている客が同一か調べていく。スロットコーナーを一周して朝取った台を打ち続けている客たちはほとんどいなかった。
この店の主要な常連たちの予想がことごとくハズレたようだ。普段とは違う法則性で設定を配置しているのかもしれない。
だとすると、どこかに全6の島があるなどの偏りがあると考えた。
もう一度スロットコーナーをまわってみるが、それらしい島は見当たらなかった。やり手の常連たちもそのように考えたのか通路で立ち見していたり話し込んだりしている。その様子を見る限りまだどの島か決めあぐねている感じだ。
彼らが見つけられない時点で全6島自体があるのか怪しくなてきった。
時間を確認すると11時23分。朝の第一候補狙いからある程度の稼働がある状況からの消去法的な高設定探しとなる時間帯だ。
朝一の台選びとは異なり状況がある程度はわかってからの台選びになるので、じっくりと見極めれば高設定台の場所くらいは予想がつく。
これから高設定を見極める労力と実際に今から高設定台に座れる可能性を思うと釣り合いが取れていない気がする。無理をしても仕方ない。まだ早いが今日は帰ることにした。
景品カウンター前を通って出口にむかう途中で店員が看板を設置しているのに気づいた。店休の案内か新台の広告などかと思ったが――、違った。
――さよなら番長! メモリアルイベント緊急開催!!――
イベントの告知のようだ。
大げさな感謝の言葉が並べられ惜しまれる文言が並ぶ。番長が撤去される前に機種指定イベントをやるようだ。
明日から一週間に渡って開催されるようで具体的な内容は『全台据え置き、指定末尾あり、6の6台並び、1/3で456、全台456』などと書かれ、それが日ごと変わり重複する場合もあると公約とされている。
公約の内容は、見魅力的にみえるが、そうでもない。客に予想させることで結果的に稼働を誘導するものだ。
店の狙いはわかりきっている。回収だ。急遽開催と書かれて入るが周到に準備されたイベントだろう。最後の最後にブッコ抜く算段なのだ。
普段ならスルーするイベントの類だ。
しかし、考えようによっては使えるかもしれない。ここ最近は稼働がない番長もイベントが始まれば動くだろう。そうなれば宵越し天井狙いや当日のゾーン狙いをする機会も増えるはずだ。
そのままアパートに戻り長い昼寝をとってからデータ取りをするために閉店間際の店にむかった。
翌日、いつもより早めに店に着く。
駐車場に止められた車の数と店先に並ぶ客たちの数が今日のイベントの成功を物語っていた。
『さよなら番長』と銘打たれたイベントは想像以上に客に響いたようだ。イベント初日ということもあってか並ぶ客たちにいつにない熱気を感じる。
だが抽選が受けるもあいにくの89番。
悪い番号になるが今日は別にいい。イベント初日は勝手がわからないからだ。店の本気度を見極めるために今日は様子見に徹してもいいのだ。
重要なのは明日以降になる。
今日の公約内容が、どの時点で発表されるかもまだはっきりしない。営業途中での発表か、閉店後か、翌日の朝、あるいは発表なしということもあるだろう。
店内に入り番長の島へむかうと、そこは客で溢れていた。
すでに打ち出しを始めている客もいて前兆ステージとなる特訓モードに続々と突入し始めている。
この時点で全台リセットの可能性が高いことが伺える。
昨日のデータ取りした時にはすぐに前兆が入りやすいゾーン近くの台はほとんどなかったからだ。朝一の特訓モード頻発はすなわち設定変更ということになるだろう。
とりあえず前日から放置というやる気のないイベントではなさそうだ。
特訓モードに入った大まかなゲーム数と台番をメモしてく。何を契機にして入ったかは正確にわからないが参考にはなるだろう。
打っている客たちの中にはノリ打ちグループもそれなりに混じっている。あまり興味を示さないかと思っていたが、そうではなかったようだ。あるグループなどはほとんど総出で台を確保しているくらいだ。
この様子ならば昼過ぎくらいには全体的な設定の入り方がわかるかもしれない。
番長の設定推測が難しい部類に入るとしても長く設置され解析なども出揃った中で、かつこんなイベントに乗っかてくる客なのだ、それなりに判別はできるはずだ。
この日はゾーン間近を数台、通常B狙いなどをしながら島全体の様子を観察し続けた。
夕方以降には仕事帰りの客も加わり一層の賑わいをみせる。
空き台を待つ立ち見の客が島を囲むその光景は番長が導入されたあの頃を思い出させる。全体的な客の様子を見る限り設定は使われているようだ。
危惧していたイベントの本気度もそれなりにわかった。当日実行された公約の発表時間も提示されたので明日以降は積極的に行動できるだろう。
客が増え過ぎ移動できなくなった時点で初日は終わりにして店を出た。
液晶上で突風が吹いた――、ハズレ目。
続いて左リールが消灯する――、ハズレ目。
ゲーム数を数え始める。前兆演出の始まりだ。そこから16ゲーム目に連続演出に発展、敗北後のベットで特訓モードに突入した。
この時点で前兆がフェイクではなく本物であると確信する。つまり当たったわけだ。実際にボーナスが揃うにはあと少しかかり、その経緯を楽しむところだが今回はうんざりしていた。
1268――、見上げたデータカウンタの数字はこの機種の最大天井目前を示している。いちいち前兆ゲーム数をカウントするまでもなくボーナスは目前だったわけだ。
それでもカウントしてしまうしまうのは一種の職業病。ゲーム数解除と純ハズレを見抜くため5ゲームのプレ前兆分があったかどうかを見極めるためのカウントが癖になっていた。
今日は『さよなら番長イベント』の2日目になる。
朝から運よく高設定台を取れ、ひたすら打ち進めて11時間が経った。
危ういながらにも順調に出玉を伸ばし平積みのドル箱2つ、約1500枚のメダルが頭上にあった。
しかし、たった一度の大ハマリでそれが壊滅。閉店まで残り2時間のところで負けに転じた。
11時間かけてき築いてきたものがあっさりとなくなる。理不尽を感じる場面だ。
だが、まだチャンスある。
もう数ゲーム後に当たるボーナスとそこからの連チャン次第ではまだ見込みはある。
時間的にもこのボーナスが最後のチャンスになるだろう。残り2時間で連チャン抜けの状態から追うのはリスクが高すぎる。最悪の場合、また最大天井をくらって時間切れの大負けというのが頭に浮かぶ。それだけは絶対に避けたい。
ようやく連続演出を経由しボーナス確定となった。
問題はここからだ。願いを込めてリールを止める。だが揃ったのは黒い方――、レギュラーボーナスと呼ばれるいらない方のボーナス。
1200ゲーム以上という現金にして4万円以上使って120枚の払い出しだけ、さすが4号機といったところだ。
何事もなく120枚ほど払い出され、ゲーム数はまた1から進んでいく。
90ゲームを越えてすぐに左リールが消灯した。出目はハズレ。前兆だ。
これが最後のチャンスになる。
どうか本物であってくれ――、そんな思いを裏切るかのようにカウントを始めて11ゲーム目に連続演出に発展した。
フェイク濃厚……、つまりハズレだ。
ちょうど先ほどのバケで得たメダルがなくなってしまった。液晶は連続演出の敗北画面で終わっている。だが前兆演出はまだ終わってはいない。ベットボタンを押せば特訓モードに突入するだろう。
メダルを買い足してまで、このフェイク前兆に付き合うのはムダだと思いつつ千円札をコインサンドに入れる。
そして当然のように最後の連続演出に敗北、ベットで再特訓モードという奇跡を願うも画面は通常に戻った。下皿に残った数枚の余りメダルをもって席をたった。
台が空くとすぐに客が現れて確保された。連チャンゾーン抜け直後だというのに・・・、すごいものだ。
多くの客がいることで台の価値が上がる。ガラガラの島で空き台が出ても誰もやらないが多くの客で賑わう島で空き台がでればすぐに誰かが台を取るだろう。
かつての4号機のブームもこれをただ繰り返して起こっただけなのかもしれない。裏を返せば客が減り台が動かなくなれば、それはさらに客を台から遠ざける悪循環になっていく。
今日も番長の島は終日に渡って盛況。つられて他の島の稼働も良好だ。イベントは大成功といえるだろう。
明日はイベント3日目になる。
公約も今のところ守られているが明日以降は気をつけるべきだろう。このイベントの目的は撤去予定の番長での最後の回収のはずだ。
予想外に客がついている点を思えば、すぐに悪くするようなマネをしないと思いたい。普通に考えればイベント中盤から徐々に悪くし後半は完全に回収に走るという感じだろう。
最終日に近づくにつれイベントの質は下がり発表内容のガセは当然として最悪はストック消しもあるかもしれない。
そんな事を確認しながら混雑する店内をあとにした。
翌日、翌々日ともに朝から高設定台に辿りつけた。
どちらも前日高設定の据え置き確認からの終日稼働だ。収支の方もなんとかプラスになった。
今日はイベント5日目になる。
イベントも後半になったが集まる客は減るどころか増えてきている始末だ。朝の並びも200人以上はいただろう。抽選運に見放されたせいで今日は台に座ることすらできなかった。
空き台がでないか待っているが、とても空きそうにない。
せめて空き台が出た時に今日の高設定台がどこにあるか注目して歩く。
朝一の当選ゲーム数、ボーナス比率、連チャン履歴、ゾーン以外でのボーナス当選状況から前日のボーナス回数、客の風貌や打ち方など見てわかる情報を集めていく。
特にノリ打ちグループや常連と思われる客が打っている台はあとで空き台になって座らないように台番をメモする。
全部で32台ある番長の島だが4台ほどは動いていない。
空き台になっているわけではなく故障のため電源が落とされているだけだ。
この番長も店に入ってずいぶん経つ。
長い間の稼働のせいで液晶には傷がつきレバーもボタンもだいぶ傷んでいる。時間による劣化といえるが常識的に使われればかなりの耐久性を誇るので大負けした客の憎悪を受け止めてきたのが主な原因になるだろう。
なんとか稼働している台の中にもレバーが今にも取れそうだったりボタンが戻りにくいものが多くある。その他にもメダル投入口の反応が悪かったりスピーカーが壊れていたり液晶の一部が焼き付いていたりと無傷な方が少ないはずだ。
これらの不具合があっても修理されることはない。このイベントを最後に撤去されるからだ。
これだけの台数の4号機が消えれば店の主力は5号機にならざるを得ないだろう。
全ての4号機が消えるXデーはまだ少し先だが、このイベントが終わり番長がなくなった時が実質的なXデーといえるかもしれない。
午後6時を過ぎ、仕事帰りの客が加わって店内はごった返している。
少し遠いゾーン狙いや、5号機を打って時間を潰したが、もう限界だろう。今日は帰ることにするとしても、明日以降もこのイベントに参加するかを考える。
イベントは残り2日ある。予想通りならここからはかなり厳しくなるはずだ。
効率とリスクを考えれば参加しない方が無難だろう。
しかし、これを逃せば4号機を打てる機会はもう巡ってこない。これが最後のチャンス・・・そう思うと急に惜しい気持ちが浮かぶ。
不意に店内が静かになった。
BGMが止まったからだ。機械音だけでもかなりの騒音だが、そう感じる。
アナウンスが入り『本日はご来店ありがとうございます』という定型文を女性店員が読み上げ始める。
―― 本日は誠に勝手ながら午後7時をもちまして閉店となります ――
店内にどよめきが走った気がした。
急な閉店時間の変更のアナウンスだ。聞き間違いではない。何度も繰り返しアナウンスされている。
閉店時間が変更されるなど、大晦日と正月くらいでしか経験がない。
客の混乱をよそにアナウンスは続く。
―― なお、明日から3日間のお休みを頂き ――
―― 後日リニューアルオープンを予定しております ――
―― 皆様のご来店を心よりお待ちしています ――
今度は突然の店休案内だ。
客たちからは怒号とも悲鳴ともとれる声が上がる。
やられた――、そうどこからか聞こえた。
残り2日あったと思われたイベントは最初からなかったのだ。
確かに店は一週間開催としか告知していない。7日間と指定したわけではないのだ。
状況が理解できず右往左往する者、説明を求めて店員に詰め寄る者、店内はひどく混乱している。
5時過ぎにきた客からすれば使うだけ使わされて出始まった頃に急に閉店でヤメさせられるという最悪の状況だ。
少しでも売上げを確保したいからなのか。
額面通り実行した場合の最終日の客の入りを危惧したのか。
それとも経営上の別の理由があるのかは結局のところわからない。
かくして4号機最後の大物機種を使った『さよなら番長イベント』は幕を閉じ、4号機の終焉――Xデーが唐突に訪れた。
2007年6月17日 -24000円
18日 +14000円
19日 +34000円
20日 -18000円
#19←前話・次話→21G目:失われたゲーム性
(現在地:社会ふ適合/20G目:Xデー)