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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

24G目:限界

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ページをペラペラとめくって次の雑誌へと手を伸ばす。

マンガ喫茶内にある雑誌コーナーの前でまだ読んでいないものを探していた。客がきちんと戻さずに重ねていくからどれが新刊かわからない。それに前に読んだ表紙を忘れてしまっているので、こうして内容を確認していく。

あった。まだ読んでいない新しいやつだ。それを持ってドリンクバーへとむかう。

ドリンクバーには列ができていた。みな温かい物を飲みたいのだろう。飲み物を供給するサーバーは冷たいものなら早いが温かいものになると少し時間がかかる。これも寒くなってきたからこその光景だろう。

ようやく紅茶を手に入れて個室へと戻った。

紅茶を飲みながら雑誌を読む。優雅な時間を過ごしたつもりだったが時間をみるとそうでもなかった。

雑誌を戻しに出てたついでに紅茶のおかわりをしにいく。

またドリンクバーの前に短い列ができている。午前2時を過ぎたのにけっこうな客がいるものだ。

並ぶのも面倒になりいったんその場から離れた。

時間つぶしも兼ねて映画コーナーを物色していくが、すでに見たものばかりになる。

後ろに気配を感じてその場を譲った。もう一度ドリンクバーへとむかうもまだ短い列ができている。諦めて並ぶことにした。

カップを手に再び列に加わる。

深夜のマンガ喫茶には色んな客が集まっている。列を後ろから眺めるとなんとなくパチ屋に並んだことを思い出す。並ぶ人数、その年齢層、連れとの関係、待っている時の仕草から、どんな行動をするかをなんとなく予想してしまう。

マンガ喫茶に集まる客層はパチンコで遊ぼうとする客たちに似ている気がする。

老人が少ないという点では大きく違うがここに来る客の目的というか状況がパチンコ店に来る客と似ている感じだ。

他にすることがなく、とりあえずの妥協案でこのマンガ喫茶を選んでいる客は多いだろう。

パチンコもそうだ。パチンコで遊びたくて足を運ぶというより使える時間、使える金額、その手間や面倒さを秤にかけた時に理想ではなくとりあえず選んでいる感じだ。

どちらも積極的な選択先ではないのだろう。

そんなマンガ喫茶を宿にするようになってもう少しで1年になる。

1年だ。ジュンコのアパートを飛び出したが持ち金も少なく、近いうちにジュンコに頭を下げるか実家に帰るかの選択が迫っていた。

結局はどちらも選べずに安く夜を過ごせるマンガ喫茶に居座り続けている。

そんな選択を少しでも先延ばしにするために始めたメダル拾いだったが、これが大きな誤算だった。

店を渡り歩いて少しのメダルを拾う。バカげた方法だと思った。その日のマンガ喫茶の代金にするのがせいぜいだと感じて、それが長く続くとも想像できなかった。

だから最初の数日で思いがけずメダルが集まり、それを上手く換金する方法を思いついてもそれを足がかりにどうにかスロットで勝つことを考えてばかりいた。

しかし、拾うメダルだけでマンガ喫茶代、食事代とまかなえその他の出費を差し引いても余りが出るようになった。

日にして200枚前後のメダルが拾えれば生活が成り立つ。それ以上に拾った分が余るというわけだ。

余ったお金は貯金にまわし、今やその額は40万を越えるまでになった。もうマンガ喫茶を宿する必要もないが今もこの生活を続けている。

理由は単純に楽だし変えるのも面倒だからだ。

マンガ喫茶を宿にしてかかる費用は月2万円とちょっと。風呂なら近くにスーパー銭湯があり服や靴なんかの私物は大型コインロッカーに置けば事足りる。一番大きなものは食費だが、これも月3万もあれば十分だ。

一方でアパートを借りれば家賃だけでなく光熱費もかかる。プロバイダ契約や電化製品を揃える費用など含めればけっこうな額になるだろう。

自分のものではない借り物である不自由さはあるがとにかく安い。生活する上での大きな支障はない。今はそれは一番重要なことだ。

ようやくドリンクバーの順番が巡ってきた。

少し急かされるように紅茶を入れ個室へと戻る。

シートに深く座って一息ついてから紅茶をすする。

することがなくなってしまった。眠くもない。充電をしている携帯に手を伸ばし時間を確認するが、まだ朝には程遠いようだ。

バックを取り出してメダルが入っているビニールを取り出す。することもないのでメダル選別を始めた。

音を立てないように静かにメダル広げて店ごとの同じデザインに整理していく。

最近になって拾うメダルの量が減った。

少し前までは1日で10店舗以上をまわっていたものが最近では5店舗ほどに減ったからだ。

店同士の距離、拾える枚数や交換の際に関係する貯メダルの有無などから今の数になった。効率的になったといえば聞こえはいいが単純に面倒になったともいえる。

それでも日に250枚前後は拾えている。

換金差などを考慮すると4千円くらいだ。当面の生活には困らない。しかし、いつまでも続くものではない。それはわかっている。

重ねたメダルをそのままにしてシートを倒して横になった。

色々考えはするもまとまらず、とりあず今はこれを続けてその先のことは後で考えようと、この日は目を閉じた。

 

朝になった。携帯が振動している。

携帯を手にとって少し待ってから黙らせた。

目覚ましのアラームではない。母からだ。月に1度くらい、こうしてかかってくる。確認なのだろう。

時間より早く起きてしまったがすることもないので支度して外へ出ることにした。

まだ7時半。あまり眠い気はしないがあくびはでる。店が開店するまで時間を調節をしなければならない。

牛丼屋で朝食、コンビニで立ち読み、この辺りが無難だが、今日は少し贅沢してファミレスを選んだ。

ファミレスで朝食を食べ、1時間ほどのんびりする。

もうすぐ9時だ。今から店にむかっても開店には間に合わないだろう。

会計を済ませ店へむかった。

歩いて10分ほどの一番近い店に到着し中へと入る。一応はスロットコーナーを見まわるがリセット恩恵がある機種は軒並み回されていて出来そうな台はない。

回したのはノリ打ちグループたちだ。

最近ではせせこましいリセット狙いを積極的にするようになってきている。それだけ環境が厳しいということなのだろう。開店前の列に加われば1台はできるだろうが、そこまでする価値はない。

そのノリ打ちグループたちも、リセットによる恩恵を狙っているというより、やる台がない中での暇つぶしといった感じだろう。

別に台が悪いという感じではない。それなりのスペックであるしゲーム性も悪くはない。

ただ客があまりつかない。客がつかないから店は高設定を入れない。高設定がないから客はつかない。こんな悪循環だ。

仮に店が高設定を入れたとしてもノリ打ちグループたちが根こそぎ持っていってしまうだろう。入れた高設定の恩恵を一般客が感じなければ結局のところ客はつかない。

4号機があった頃であれば設定不問の一撃性があった。そして、それが一般客に認知されていた。

一方の5号機は4号機より設定に忠実だ。高設定であれば順当に勝てるが低設定になるとその逆になる。

店に置いてある台のほとんどを低設定にしなければならない環境では昔以上に勝てる気がしなくなるのは当然だろう。

かつてであれば高設定という餌につられて朝から多くの客が集まった。だが今は餌の魅力より餌を追う労力の大きさばかりが目立ってやる気も起こらないという感じだ。

朝も早くから休憩所にたむろするノリ打ちグループたちがそれを物語っている。

ここにいてもムダだと思いスロットコーナーを後にした。

店も出ようかと思ったがまだ時間が早い。どこへいっても同じだろう。そこでぱちんこコーナーに足をむけてみた。

スロットコーナーとは違ってそれなりに客はいる。といっても毎日通っているような高齢の常連ばかりだ。

ノリ打ちグループも同じ常連といえるが玉の方の常連はもっと一般客よりだ。つまり別に勝っているわけではない。

それでも、そう負けていないからこそ常連になるはずだ。勝ってはいないにしろそんなに負けてもいないのだろう。

4号機から5号機へ移行したスロットとは違い玉の方は大きな変化はなかったようだ。

細かい変化はあったのだろうが情報に疎い高齢の常連たちが変わらずにいられるのだから、その程度の変化だったのだろう。

一応は釘を見てまわって歩くが自分でも何を探しているのかわからない。

玉の良台は釘がいい台だ。それはわかる。

だが少し良いぐらいでは勝てる気がしない。昔からそんなイメージがある。

玉にはボーダー理論という明確な攻略法がある。簡単にいえば千円辺りで何回転すればいどの程度勝てるという指標のようなものだ。

かつてはそのボーダー理論を元に何度かチャレンジしたことはある。

だが玉の方に良い思い出はない。

そんなことを思い出しながらうろうろしていたが、ある機種の島で足が止まった。

海洋生物の図柄が横スクロールするぱちんこ打ちなら誰もが知る超メジャー台の島。気になったのはその台の上に刺さったポップの方だ。

1/99と書いてある。たぶん抽選確率のことだろう。

普通の抽選確率は1/300前後で一番大きいものでも1/499なはずだ。

それに比べると、かなり小さい数字になる。

台の横に刺さっている解説表を取り出し眺めてみる。そこには当たりやすいなどと書かれ『遊べる』ということが強調されていた。どうやら当たりやすい分だけ出玉が少なくなることでゲーム的な帳尻が合うようだ。

知らぬ間にこのようなスペックの台もでていたらしい。

1/99なら当たる気がする。

1/300は当たる気がしないが、これなら当たる気がする。というか回せば当たるだろう。

さっそく打つことにした。

一応は隣台と釘を見比べて、一番まともそうな台に着席する。

打ち出して、すぐにリーチがかかった。抽選確率が小さいだけあって、リーチがかかりやすいのかもしれない。もちろんハズレだろうが、1/99となれば当たってもおかしくはない気もしてくる。

何度かリーチがかかり三千円を使い切る辺りでデータカウンタの表示は68となった。千円辺りで23回転になる。

意外と回るんだな、と思っているとリーチになった。

リーチ!という音声からほんの少し遅れて魚の群れが画面右から左へと流れていく。

魚群だ。この台の代表的演出。これで当たらなければ何で当たるんだという熱い演出だ。

ハンドルから手を離してリーチの行く末を見守る。

ギュイギュイギュイというなんともいえない音をたてる図柄は、あっさりと揃った。揃ったのはサメ図柄。数字でいえば4だ。

とりあえず当たったことが嬉しい。

6ラウンドという短いアタッカー開放を終えて下皿にはそれなりの玉が集まった。

大当たりが終わると図柄変動が始まり『電チュー』と呼ばれる玉が入ると返し玉が得られる箇所が開き始める。うまく打ち出しを調整すれば大当たりのしばらくの区間を玉を減らさずにこなしていける。どうやったら上手く止め打ちできるのか、その開放パターンを覚えようと電チューに注目していく。

リーチ!という音声が聞こえ、ちらっと液晶の方をみるとすでに図柄が揃っていた。どうやらノーマルリーチでそのまま当たったようだ。

台の横に備え付けてある解説表よるとこの台は全図柄で確変状態になるらしい。確変とは確率変動の略で要は大当たり確率が大きく上がり当たりやすくなる。しかし次回大当たり続く確変ではなく5回転限定の確変のようだ。解説表にはスペシャルタイム、略してSTと表記してある。

普通は偶数図柄での当たりを素直に喜べないものだが、これなら何で当たっても素直に喜べる。

偶数と奇数図柄で電チュー開放のサポートが受けられる長さが若干違うようだが回数限定とはいえ必ず確変になるなら、そう気になるものでもない。

変化のないと思っていた玉の方だったが自分が知らないだけだったようだ。

そのまま打ち続け気が付くと夕方になっていた。

昼過ぎには切り上げてメダル拾いにむかうつもりだったが調子よく当たるのでやめられなくなってしまった。

席の後ろにはドル箱が4つ重ねられている。

一箱辺り1800発はあるだろうか。それが4つなので7200発だ。この店は確か3.3円交換だったので24000円近くになる。使ったのが3千円なので、けっこうな勝ち額になった。

この台が良台で出たのならこのまま打ち続けてもいいかもしれない。だが少し当たり過ぎな気もする。だとしたら勝っている内にヤメたい。

そんな風に悩んでいると当たってしまい、それが終わって再び悩んでいるとまた当たるというのを繰り返していく。

結局のところ夜まで打ち続けてしまった。

21時半になりさすがにもうやめなくてはならない。少し名残惜しいが店員を呼び玉を流す。

その後でスロットコーナーを周り申し訳程度にメダルを拾って外へ出る。帰り道にスーパー銭湯によりさっぱりし牛丼屋によって遅い夕飯を取ってからマンガ喫茶に入った。

個室に入る前にパチンコ雑誌を数冊見繕っていく。スロットの方ではなく普段は読まないぱちんこの方、つまり玉の雑誌だ。

今日打った台の詳細な情報でもあればと思ったが望んだものは見つからなかった。

そもそもスロットと違って玉の方は機種ごとに大きな差はないのだ。

ボーダーさえわかれば問題はない。そのボーダーも変わったスッペクでなければ、たいがいは18前後になる印象だ。

今日打った台は1/300の台をベースにしたそのライト版といったところで雑誌に掲載されているボーダーも元の台とほぼ同じだった。正確にいうと若干悪いが千円辺りで1回転も変わるものではない。

今日触った感じではボーダーは3回転ほど上回っていた。あくまで体感だ。正確に計測したわけではない。

雑誌のボーダー表は回転数別の簡易収支が載っている。それによるとボーダープラス3回転弱の3.3円交換だと、おおよそ1万2千円前後らしい。

1万2千円――。聞けばよさそうだが実際は10時間程度の稼動が条件になるので時給にして千円ちょっとになる。

これは計算上のことだ。先に挙げた条件での平均の数字だ。現実にこの数字になるかはまた別の話になる。

スロット的な考えから言えば1日打ち切って1万円程度のプラスでは物足りない。良台を取れない時のロスも含まなければいけないし結果にはゆらぎがあるので、この程度では長い目で見てマイナスにはならなないくらいの感覚だ。短期的な収支では負けが続くのも仕方のないレベルだ。それは玉も同じだろう。

だからボーダーを上回るなら最低でも5回転以上は必要という昔からある玉の方の常識を生むのだ。

しかし、今日打った台は1/99だ。これらの常識の前提はと違う。

安定を求めてボーダー5回転以上を求めるのは大当たり確率が1/300以上という台で抽選結果のゆらぎが大きいからだ。逆いえば大当たり確率の分母が小さくなり結果のゆらぎが小さく収まるのであれば少しくらい下回っても問題なさそうな気がする。今日実際に打ってみた印象としては1万円程度のプラス幅でも十分にやっていけるように思えた。

まあ、結論を急ぐことはない。一番新しい雑誌を手に個室へと戻る。

シートにどっぷり浸かって雑誌を読む。

玉の方の雑誌は解析情報が少なく、どのリーチが熱いとか、このチャンスアップが強いなどの演出のことばかり書いてある。

玉の演出は表面上ものだ。当たりかハズレかは変動開始時にはすでに決まっている仕組みになっている。いくら熱い演出やチャンスアップが出ても結果は決まっているのだ。

攻略というより楽しむための情報。知っていれば多少はムダ玉を節約できる止め打ちの効率が上がるかもしれないが微々たるものだろう。

明日からはあの台を追ってみて、あとは感触次第で悪ければまたメダル拾いに戻ればいい。そんな緩い予定を組んでみる。

考えも一段落し携帯を確認するが思いのほか時間は経っていなかった。

やることもないのでとりあえずテレビをつけてみる。

チャンネルを変えていくも面白そうなものはない。結局はニュースに落ち着いた。

ニュースは外国の銀行が破綻した影響で株価が大幅下落、それが他国へと波及し大幅な景気減速だとかを繰り返している。最近はこの話題ばかりだ。

そもそもいつ景気がよかったんだと誰にともなく悪態をついた。

2008年11月7日 +21000円

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(現在地:社会ふ適合/24G目:限界)

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