2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。
長編小説 / 社会ふ適合
マンガ喫茶に戻るなり出たばかり雑誌を手に個室に閉じこもる。
シートに座ってページをめくっていく。この号には応募した小説賞の一次選考の発表があるページがあるはずだ。
昼間は変わらずパチンコ、夜にマンガ喫茶で小説を書き進めるような生活が続き、ついに一作品の完成にこぎつけた。それを応募して結果を首を長くして待っていたことろだった。
ぺらぺらとページをめくるが見つからない。
もう一度、最初から見ていくと意外と前の方にあった。
第何回と銘打たれたページには一次選考通過者として変わった名前の羅列が続いていく。応募に使われたペンネームたちだ。
自分のペンネームを探したが見つからない。
もう一度、今度は指でなぞって見落としがないように進めていく。だが見つからない。もう一度確認したが、やはりなかった。
――落選。
雑誌を放ってシートに埋もれた。個室の狭い空間から見える小さい天井に情けないため息が出た。
正直なところ一次選考くらいは余裕で通ると思っていた。だが雑誌には自分の名前は載っていない。
何がいけなかったのだろうかと考える。単純に話がおもしろくなかったという可能性が浮かんだが、そもそもどういう基準で選考されているのか気になった。
具体的な選考基準やその方法は書かれていなかった。これではどう改善すればいいのかの対策もたてにくい。そもそも他人の評価なんてあてになるものか怪しいものだ。
次に作品に取り掛かろうと思ったがやる気がでない。まだ早いが今日は横になった。
携帯の震える音で目が覚める。
テーブルの上で震える携帯は止まらない。アラームでもメールでもなはなく誰かがかけてきている。
どうせ母からだ。手にとって少し待ってから電話を切った。
支度をして、いつものパチンコ店にむかう。
店のそばまで来ると開店を待つ並びの列が見えてくる。それなりに長い列だ。40人はいるだろう。
店に到着して列に加わる。さっき見えた長い列ではなく別の入り口にある短い列の方に並ぶ。こちらはぱちんこの方の入場口だ。
この店は少し前まではスロットとぱちんこの入場列は同じ場所だった。それが、朝からスロットを打ちに来る客が増えたことで別々になったわけだ。
両方の客を合わせても50人程度の並びであれば別に一緒でも問題なさそうだがスロと玉の客層は大きく違う。
特に年配の客はうるさい若い客を嫌う傾向がある。列の中にスロットの客が増えてきたある時点で年配の客から苦情でもあったのだろう。
「どうけ? 今日は何やんだい?」
前に並ぶ白髪頭のおじさんが帽子のおじさんに話しかける声が耳に入った。
「あー、あれだ。今日は魚だ」
「昨日の新しいのはやんねーのけ?」
「ダメだ、ダメだ。ありゃ、今日は出さねーよ」
帽子のおじさんは大げさに手を振って白髪頭のおじさんにいう。
「そうけ。でも、昨日も出てねーど」
「それが夜くれーに3台も噴いたんだ」
帽子のおじさんは苦虫を噛み潰したような顔でいう。
「そうけ。あれだな、焦ってボタン押したんだっぺ」
白髪頭のおじさんはそう断言した。
おじさんたちの中には店が出玉を操作していると思っている節がある。出すか出さないかは店次第で、その方法をボタンを押すと例えているわけだ。いや実際にあると思っているのかもしれない。
普通ならパソコンとかの操作をイメージしそうなものだが、ボタンという例えが時代的なギャップを感じさせる。
他にもハマったら爆発するとか、あのリーチがハズレてから調子が悪いとか、熱い玉の出る台は調子がいい、などのよくあるオカルトが行き交っている。
一方で少し離れたスロットの列では高設定の平均的な挙動や具体的な数字が話し合われているはずだ。玉の方でオカルト話がさも当然と話されているのと比べるとずいぶんおかしな光景に思える。
「あれ、あのメガネの奴。あれが通ると調子悪くなんだよな」
白髪頭のおじさんは入場整理のために店外に出てきたメガネの店員を見て憎らしそういう。
年配の客たちの中には店員を店の手先だと考え敵対視することがある。それが発展すると自分台の出玉操作をしている、という疑惑になりやすい。特に男性スッタフ、それもアルバイトではなく格上になる白服の店員だとその標的になりやすいようだ。
それなりに力仕事のあるホールスタッフに女性を多く配置するのは単に華やかさだけではなく、この疑惑をそらす目的があるのではないかと思うことがある。
開店の時間になると客たちはぞろぞろと中へ流されていく。
中に入って足早にぱちんこコーナーの通路を歩く。左右に視線を送り普通とは違う台がないか注意を払う。
朝一での台の状態を示すセグランプ群は基本的に同じパターンで点灯している。探しているのは他と違うものだ。
今探しているのは内部確変を示している点灯パターンで、いわゆる朝一ランプというやつだ。
特定の機種では一見すると通常状態のようで内部的に確変状態になるものある。いわゆる隠れ確変というやつだが、そのまま閉店を迎えて朝になり電源が入ると点灯するようになっている。
この朝一ランプが点灯している台を取れれば、かなり有利な条件で打ち始められるわけだ。
朝一ランプがつく可能性のある機種コーナーを見て回ったが見つけられなかった。そう毎日あるようなものではないしあればラッキー程度のものになる。
一応は見逃しがないかもう一周してから1/99コーナーへと流れ、いつもの台へと落ち着いた。
釘を見る限り昨日と変わりなさそうだが念のため玉の動きを追ってスルーの通り具合や回転数などの数取りをしていく。
しばらく打ち出される玉を眺めていると視界の端に気になるものを見つける。
少し離れた席に座っているおじさん客がコソコソと挙動不審な動きをしていた。横目に見ていると小さなメモを取り出しては、それを隠すようにポケットに入れるを繰り返している。あきらかに怪しい客だ。
おそらく攻略法が書かれたメモを見ているのだろう。隠している様子から察するにどこかで買った有料攻略法の類かもしれない。
有料攻略法はパチンコ雑誌やネットでよく目にするものだ。
値段はピンきりだが、よく見かけるのは3万から7万という手頃と思わせる値段が多い。本来は15万円以上の商品がキャンペーン中とか先着限定という言葉でお得に表現されている。
気になる実際の効果に対しては特に話を聞いたことがない。堂々と安価で売られているのに使っている客をほとんど見かけないのだから、その程度のものなのだろう。
買った客が期待しているのは絶大な攻略効果なのだろうが、そんなものが安価で売られているわけはない。
実質的に詐欺のような代物だが、そもそもパチンコの攻略法などというものに明確な定義はない。
ほとんどの客が当たり前にしているような止め打ちや目押しも攻略法といえるし機械的な欠陥を突いたようなものも攻略法と呼ばれる。それだけでなく台に備わっている裏ボタンや隠し演出などのお遊び要素も含まれるはずだ。
コソコソとメモを見ながら打っているおじさんの様子を観察しているとリーチがかかると打ち出しをやめてデモ画面まで戻しているようだった。
よくある特定演出からのデモ画面戻しで大当たり確率大幅アップとかの類の攻略法なのだろう。自分がパチンコをやり始めた頃からある古典的なものだ。
昔はよく聞いた不正な基板が仕込まれた台での大当たりの解除手順、俗にいうセット打法のようなものと自然発生するようなオカルトが組み合わさって、このような詐欺まがいの有料攻略法が出まわるかもしれない。
ほどなくしておじさんの台が当たった。喜びを隠し切れない様子のおじさんは真剣に台を見つめている。
これでメモに書かれている攻略法は本当になったわけだ。
おじさんの攻略法が全くのデタラメでも、ここは当たり確率だけは高い1/99コーナーなので攻略法うんぬんの前にしばらく回せば当たることの方が多くなる。
おそらくだが、あのメモには手順だけでなく、それを実行する機種も指定されているのだろう。おじさんにしてみれば普通に当たったのか攻略法による当たりなのかわからなくなる。有料攻略法を売る側にとって当たりやすい機種を打たせることによって攻略法が嘘だったというクレーム回避になるはずだ。
最近の攻略法詐欺もよく考えられているんだな、とちょっと感心する。
調子よく当たるおじさんをよそに、いっこうに当たる気配がない自分の台をいったん休ませてスロットコーナーへと足をむけた。
少し時間がたったせいかスロットコーナーの客が少ない。
朝並んでいた客たちは設定狙いに見切りをつけ他の店舗に流れたのだろう。
何機種かはハイエナできる仕様だが、こうも客がいなくては意味がない。ちょくちょく見に来るつもりでいたがあと数時間はできる台はでなさそうに思えた。
それでも一応は全機種を見て回ろうと歩くが何の手応えもない。イベントコーナーと銘打たれた機種もガラガラ、これでは探す気も起こらない。
1つだけ履歴の良さそうな台を見つけた。素早く下皿に何も置いていないことを確認して確保しようとした伸びた手が寸前で止まった。
よく見るとリール下辺り、ベットボタンがあるすぐ横辺りに小さなボタンが複数ついた長方形の機器が置いてあるのに気づいた。
『カチカチ君』だ。
そのおかしな名称の小さな機器は数値を入れ込むことのできる簡単な電卓のようなものだ。スロットで高設定を探す場合には成立した子役の確率を参考にしたりする。それを補助する機器がこのカチカチ君になる。
成立した設定差のある子役の数をそれぞれ別にカウントしていき、それを合算した確率などをボタンひとつで表示してくれる便利なものだ。子役成立のたびに律儀にボタンを押す行為をカチカチと表現したらかなのか、こんなおかしな名称になのかもしれないだ。
コンビニや書店で雑誌の付録というかメインとして売っているので、スロットを打つ若い客はけっこうな確率で持っていたりする。
便利な機器だがそれほど大きなものではなく下皿以外の場所で台取り用品として使われると見逃すことも度々あった。
この台のカチカチ君も忘れ物かもしれないし、まだ台の占有権を示すものかどちらともいえない感じだ。台の履歴を見る限り良さ気ではあるが出玉はついてきていない典型的な出方になっている。
カチカチ君の持ち主もそれに嫌気が差してヤメたようにも見えなくもない。
店員を呼んで確認してもらえば話は早いがそれでも10分程度の時間はかかるだろう。そこまでして取るような台ではないと諦めて次にむかった。
打つことはない機種コーナーへと足を踏み入れて様子だけ見ていく。
ここはスロットの中では年配客の多い独特の場所だ。『子役カウンターの使用はご遠慮ください』と書かれた看板が目に入る。
子役カウンターとはカチカチ君だ。情報に疎い年配客からすれば怪しい機器を使う若者たちは不審に見えるのだろう。店によっては一部のコーナーだけでなく、スロットコーナー全体で使用を禁止しているところもある。
ざっと流し見てコーナーから出て再び玉の方へと歩き出す。自分の台がある1/99コーナーを通り過ぎ、MAXタイプと呼ばれるコーナーへと足を踏み入れる。
ポツポツとしか客のいない1/99コーナーと比べてMAXタイプのコーナーは盛況だ。
MAXタイプとは現行で決められている大当たり確率上限に近いぱちんこ台の総称だ。要は店の中で一番出る機種たちになる。
現在の確率上限は1/399となっているようだ。少し前までの1/499というレベルよりは抑えられたが、その実態はその頃と変わりないかそれ以上と言われている。
突然確変や潜伏確変、さらに異なるラウンド振り分けや電サポ回数の変動などによってその出玉起伏はより激しく設計されている。
そんな仕様上、表面上は確変状態が継続している潜伏確変などの状態になりやすい機種たちが多くあり仕組みをしらない客がまだ確変の可能性がある台をヤメていくことがよくある。
そんな台を求めて見にきているわけだが、そう簡単に見つかるものではない。
具体的には出玉なし当たりや払い出しの少ない当たり後のすぐにヤメられた台が潜伏確変の可能性のある台になる。データカウンタを操作して現在回転数の浅い台をチェックしていく。
そんな中で見覚えのある大男が列にいるのに気がついた。サトルだ。いつの間にか頭に白いものが混じっている。
サトルはいつもその時期の一番危ないというか旬な台を打っている。詳しいことなど知らないのにある意味で大したものだ。
声をかけようかと思ったがデータカウンタを見ると1000を越えている。どこから打っているいるかわからないが面白くない展開には違いない。そっとしておくことにした。
台を探しを続けていると気になる履歴を見つける。
現在68回転だが2連続で出玉なし当たりを引いている台だ。もうそれなりに回っているので確変の可能性は低い。
だが確変であればその恩恵は大きい。可能性が3割程度でも期待値的には十分にプラスになるだろう。台の上皿に携帯を置いて1/99コーナーにある自分の台へと戻った。
持っていた少量の出玉を精算してまだ確変の可能性の残る台へと移動した。
さっそく打ち始めるがいっこうに回らない。少し回りだしかと思えばまたデジタルが止まってしまう。ひどい調整だ。
とりあえず確変の可能性がかなり低くなる150回転までは回してみようかと思ったが、すぐにヤメたくなってきた。
とはいえ、わざわざ打っていた台をヤメテまで移動しておいてすぐにヤメたのでは意味がない。諦めて打ち進めていく。
のんびりとしか回らないデジタルを眺めながら。MAXタイプを打つ客たちは我慢強さを知る。こんなにもひどい調整の台を打って勝とうと思えるのだから大したものだ。
確かに当たればそんなものを帳消しにできる性能はある。しかし、それは客に電サポがつかない不利な確変状態を経由させ実際の出玉の伴う大当たり確率を悪くしているから可能な代物だ。
確率が明示されているのに客が感じる実質的な確率はそれを上回るのような台は多くある。
詐欺臭い感じもするが、ぱちんこの大当り確率はあくまでただ当たるというものであって、それが出玉のない当たりでも2000発の当たりでも同じとして捉えられているからだ。
しかし、そんな説明は店のどこにもない。
専門誌などを見ていないと知らないのが普通だ。おかげで潜伏確変狙いなどということができるのだから悪いことばかりでもないが・・・。
ようやく100回転を越えたが当たりそうな気配はない。演出で潜伏確変かどうかは判別できるタイプではないので印象に過ぎないが実際にそう思えてくる。
再びデジタルが止まってしまった。
わずか30回転ほどしか回していないのにひどく疲れる。確変の可能性が薄くなる150回転を目安に考えていたがこうも回らないのではヤメたくなってくる。
どこまで追うべきか考えていると、ぽんと肩を叩かれた。
振り返るとサトルがいる。久しぶりといおうとするより前にサトルは口を開く。
「もうこの店には来ねーから」
そう低い声で宣言するとサトルはそのまま去っていく。のっしのっしと歩くその後ろ姿が心なしか小さく見えた。
2010年7月24日 +12000円
#27←前話・次話→29G目:消えていくもの
(現在地:社会ふ適合/28G目:不信の種)