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2002年頃、不景気の中で起こった空前のパチスロブーム。そんなご時世に学校を卒業し新社会人となった若者は、もっぱら仕事帰りのパチスロに勤しんでいた――。

長編小説 / 社会ふ適合

1話目 | 設定 | MAP | 公開-2025/3/17

4G目:勤労は汗のにおい

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自動ドアが開いたままでその意味をなしていない。

開いたドアの先は真っ黒だ。その周りには熱く湿った空気が漂っている。

店を出ると暗がりに順番待ちが出来ていた。閉店を迎えた客たちだ。その先には小さな窓と引き出しが付いた簡素な小屋が待っている。

ここは景品交換所――、パチンコの勝ちが現金に変わる場所で、その店とは関係のない業者が構える交換所というのがその立ち位置だ。人によっては換金できるから換金所という場合も多い。

閉店を迎えた午後10時45分過ぎになると交換所の前には列ができる。ギリギリまで打っていた客たちが一斉に集まるからだ。交換に使われる引き出しが2つしかないので、いつも混雑する。閉店時間は地域によって微妙に違うが、この光景はどこも同じだろう。

その列から聞こえてくる話題は決まっている。

いくら勝ったか負けたか、どんな風に出たのか出なかったのか後は不景気だなんだという話だ。

列に並ぶ者はみな店で交換した景品を持っている。

この地域ではプラスチックカードの中に“金”が入った『特殊景品』と呼ばれる物だ。中に入っている金の大きさで買い取り額が違う。この辺では大中小の三種類で、大きい順に5000円、1000円、200円となる。地域によっては特に小景品が100円だったり500円だったりと幅がある。

一番小さい景品が500円の場合、それ以下が強制的にジュース、お菓子、タバコなどの物品になってしまう。

だから、お菓子など食べなさそうな強面のおっさんが似つかわしくない可愛いキャラクター菓子を持って並んだりしているわけだ。

列の最後尾に加わって順番を待つ。本当に動いているかどうか怪しい2台の監視カメラに見守られ列を見越した店名入りの業務用大型扇風機に煽られる。もう夏だ。

「いくら勝った?」

交換所から車に戻る途中でカズキが質問してきた。

「5千くらい」

「おれ6万」

誇らしげにカズキは語る。

「珍しいなそんなに勝つなんて何やったの?」

「リノ」

カズキはさっぱりという。

「リノだけ? 出過ぎでしょ」

リノとは『スーパーリノ』という台のことだ。これもストック機だ。

「最近、調子よくて負ける気がしねー」

カズキはそう言い切る。完全に調子にのっている様子から今月は相当勝っているのだろうと予想できた。

「どこいく?」

カズキのいう『どこ』とは、ファミレス、ラーメン、カレー屋だ。いつも、このループなので正直どこでもいい。

「じゃあ、ファミレスな」

こちらが答えを言う前にカズキが行き先を決めた。

近くのファミレスに入り、メニューを眺めるが結局いつもと同じものを注文する。たまには違うものもといつも思うが結局しない。

「今月いくら勝ってる?」

早くもドリンクバーのおかわりから帰ってきたカズキが聞いてくる。

「んー、5万くらいだったかな」

「俺、24万」

勝ったといわんばかりだ。

「なんで、そんなに勝ってんだよ」

「いやー、リノが調子良すぎてさー」

「それ、さっき聞いたよ」

カズキの自慢を流す。放っておいたらずっと続きそうだ。リノはキンパルより早く導入されたストック機だが設置台数は少なく、最近ではキンパルの人気のせいで余計に影が薄くなっている。

「こないだ会社休んでいったら4000枚とか出るし、その前なんか――」

輝かしい思い出を語るカズキは止まらない。

「そんなんで休んでたらクビになんねーの?」

「別にかまわねーよ。あんなとこ」

表情を変えないでカズキはいう。

「でも、リノはもう外されんじゃないの? リノよりキンパルでしょ」

「あー、だから今のうちにリノ打っとかねーと。そもそもキンパルって連チャンする気しねーし」

「確かに70%って感じはしないね」

キンパルの連チャン率は設定1でも70%を越えるらしいが、ストックがあることが条件になるので体感的にそれを下回るのは仕方ないのかもしれない。

「俺、最高5連しかしたことねーよ」

そうカズキはこぼす。リノばかり打つのは、キンパルにはいい思い出がないからなのだろう。

この日はカズキと3時間ほどキンパルとリノのどちらが勝ちやすいかについて議論を戦わせてから家路についた。

翌日、会社の中でただ時間が過ぎるのを待つようにいた。

外はうだるような暑さだろう。エアコンの効いた室内でパソコンを前にしていると、夏だとか冬だとかいう感覚がぼやけていく。ただ、あくびだけは規則的に訪れるようだ。

「ずいぶん涼しい顔してんなー」

部屋に入ってくるなり工場長がいう。瞬時に昨日の収支表つけを中断し作業画面を切り替える。

「寒いくらいです。冷房の温度上げてもいいですか?」

いかにも仕事をしていた風を装って答えた。

「座ってばっかで動かねーからだべ。俺っちなんか暑くて、これもんだよ」

工場長はそういって汗で色が変わった脇を見せてくる。テカテカの顔がとても誇らしげだ。

ここは会社の印刷室だ。座って雑用をすると給料が貰える場所で今年雇われたペーペー社員というのが、自分の立ち位置になる。

最近では仕事よりパチンコの収支表つけの方が忙しい。

「カチカチ仕事ばっかりじゃ、疲れねーべ」

工場長はパソコン作業の事をカチカチ仕事と呼ぶ。マウスやキーを操作する音がそう聞こえるからだろう。ゲームみたいなものだというイメージもあるのかもしれない。

「結構、疲れますよ」

どうせ理解出来ないだろうが一応はいってみた。

「そうけ、その割には汗かいてないね」

工場長にとって仕事とは汗をかくような労働であって椅子に座って淡々と作業するのはちゃんとした仕事とはみなされないらしい。

だから経理や事務の人間を馬鹿にするような発言をしばしばする。全ては汗が物言う世界なようだ。

そのくせに印刷室にしょっちゅう顔を出す。別に新入社員がちゃんと仕事しているか監視にくるわけではない。開閉の少ないこの部屋の涼しさが目当てだ。

来てはパソコン画面で小さく動くカーソルやキーを打ちこむ動作に、それは何だと何をしているんだと聞いてくる。

しかも、作業させておいてモニターに顔を貼りつかせるように接近し、なれなれしく他人の右肩に手を置き余った手で画面を指さす。ちょうど工場長の脇辺りが顔のそばまできて吐き気がしてくる。気分だけの問題ではない。

「かー、目がシパシパする」

5分もすると文句を言い出し部屋を出ていった。飽きたのと十分涼んだというのが本当の所だろう。

ようやく静かになった部屋ではエアコンの稼働音とカリカリとHDを書き込む音が聞こえる。あと1時間で定時だ。

仕事を再開する前に匂い消しを取り出し宙にシュッと吹きかけた。

2002年8月2日 +5000円
3日 +11000円

#3←前話・次話→5G目:茶色い封筒

(現在地:社会ふ適合/4G目:勤労は汗のにおい)

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