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短編群~夢見る機械~

退廃し仮想に傾く世界で信仰に殉じる者は・・・

短編の一覧&作品設定 | 公開-2025/5/17

短編 №.c3
途絶えた道

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風が屋根うつ音で目覚める。

砂粒ばかりを運び、恵みをもたらさない風、それが日を追うごとに酷くなっていた。

重い体を引きずるようにベッドから這い出て、そのまま朝の礼拝を行う。

銀色の杯に水を注ぎ、失われたものにむかい指で線を引く。跪いて目を閉じ、言葉を口にする。敬愛、感謝、喜び――、それらを祈りとして捧げ、そして自らを省みていく。

礼拝を終えると、外套を羽織り外へと出るため歩き出す。

ガタつく扉を押し開けると、乾いた風が砂ぼこりで渦をつくり出迎えた。

手のひらで目を守るようにして前にでる。振り向いて家屋を心配そうに見上げた。目にはうつらぬが、その屋根は風に傷められ、樋には砂が溜まっているだろう。

直さねばならない……、そう諦めると納屋から箒を持ち出し道へとでた。

家屋の前にあるその道に人の気配はない。石と土だけで作られた道、わびしくどこまでも続いている。

砂を掃き、石をどける。それを繰り返す。

道がその役目を忘れぬよう、その形を保てるよう、毎朝これを繰り返している。

この道は聖地へと至る道。多くの巡礼者を導くための道。そのはずだった道――。いまはただ風だけが通り過ぎている。砂だけを残して。

 

簡素な食事を終えると、買出しのための支度をする。

食料だけでなく屋根の修理材も手に入れなければならない。教会から送られた支度金の皮袋を頼りなく見つめる。

教会からの連絡は月に数度しかない。それも定例の言葉ばかりで、今後のことについて触れるものは何もない。この支度金だけがいまを支えている。

今朝掃いたこの道をたどり街へと急ぐ。

砂や石に足をとられぬよう注意して歩いたせいで、街へと入る頃には日が傾いていた。

最低限の食料を買い、屋根材を注文すると、すぐに街から離れるべく歩き出す。

街には淀みが溜まっている。

建物の陰に座り込む老人、連れ立って奇声をあげる若者、命綱もつけず生気のない目で外壁を直す作業員、痩せこけた露天商、高級車から降りる裕福な格好の紳士はどこか暴力の臭いを纏わせ、治安を守るはずの男たちは女と軽口をたたいていた。

不浄なものにあてられぬよう足を速める。

この街の中心には教会があった。迷える人々に正しい道を示し、傷つき失われた魂に寄り添い、苦しみから救済に導く場所だった。

だが、今は買い取られ娯楽施設へと姿を変える。

あろうことかその娯楽は、金銭を引き換えに一時の夢を与えるヴァーチャルマシン。それを提供する蛇の企業ロゴを携えた商業施設となって、人々を救うための教会とは正反対の悪徳の園となっていた。

これが街に現れると人々は蝕まれていった。

ヴァーチャルマシンによって夢という快楽を手軽に得られる代わりに、現実での金銭を失う。求めるたび金銭は失われ、現実の多くを犠牲にし得られた金銭をその辛さを埋めるために使ってしまう。それを繰り返す。

麻薬と同じだ。

現実が辛いほどヴァーチャルマシンにのめり込み。そのヴァーチャルに浸るほど現実は苦しくなっていく。いつしか現実で稼いでは、それを全て夢の中へとただ運ぶことを義務付けられた囚人のようになっていく。

ヴァーチャル空間の中で金銭を得られる富める者以外は、みなこの蛇の誘惑に晒されている。

それがこの街の中心にある。

かろうじて残った善良な人々も、悪くなる一方のこの街に見切りをつけ離れていった。行政も立ち行かなくなり、あのヴァーチャルマシンを提供する企業の援助を受けることになった。そうなれば、この街に抗う術はない。

かつては、この悪徳の園の前で、その不義不浄を訴えたこともある。

だが、誰も耳をかさず、ただ冷たい視線をおくるばかりだった。みな理解はしているのだ。これが悪しき根源であることを――。そして、それが逃れがたい現実であることも。

そんな見限られた街を後にする。

 

 

風が屋根うつ音で目覚める。

朝の礼拝をすませ、外へとでた。

砂を掃き、石を拾う。今朝は風が大人しく、普段なら砂ぼこりで見ることの叶わない遠くまで開けている。目を凝らせば、どこまでも続く道の端がみえた。

だが、この道は途切れている。

この先に待つはずの聖地は度重なる争いで荒廃し、多くの信徒はデジタル化されたかつての聖地に足を運ぶ。いま目の前にある道は、本物の聖地へと至るはずなのに誰も歩むことはない。

この道が、この地続きの本物の道が続いていれば、あの街にも違う未来もあったことを思う。

正しき行いをし、正しき祈りを捧げる、そして辛くとも自らの足で正しき道を歩むことが、なによりも大切だった時代は大きく変わってしまった。

砂を掃きながら、風の大人しいうちに屋根を直してしまうかと家屋へと戻る。

戻ると、昨日注文した屋根材がゴロゴロと乱雑に転がっている。ドローンによる無人配送も安いプランを使うと、このような有り様だ。商品に傷などはない。こうして購入者に対する上位のサービスと差別化を示すための措置なのだろう。

屋根材を持って上へとあがる。

傷んだ部分を確認し、その部分と取り替える。風で飛ばぬように入念に打ち込み、隙間や樋に溜まった砂をかきだしていく。慎重に足を運ぶが、古くなった屋根は嫌な音をたてる。何度も手直ししているが、梁や柱までは誤魔化せない。長くは持たないだろう。どこかで大掛かりな改修が迫られている。

風が出てきた。

屋根の上にある体が煽られる。遠くに目をやると、砂ぼこりが巻き上がり始めている。ほどなく、あの道の先が隠された。それをただ見ていた。

作業を終え、梯子を降りようとしたその時――。

鈍い音と衝撃が全身に響く。足を滑らせた。その場で身もだえする。そこまで高くはなかったのが救いだ。なんとか重い体を引きずって家へ戻った。

洗面所で服を脱ぎ、痛みのある部分を確認する。肘と肩を打ったのか大きく腫れてきている。少し頭痛もするが、この程度で病院には通うことはできない。そのような余裕はないのだ。

その夜、雨が降った。

久方ぶりの恵み。望んでいた恵みのはずだった。その雨が弱った屋根をうち、大きな音を響かせている。

金属がぶつかるような高い音を混じらせた不快な音、打ちつけ刺すような音が、痛めた肘と肩、そして頭に降り注ぐ。

抗いがたい痛みの中で、祈りの言葉を繰り返す。

雨はいっこうにやまない。それどころか強さを増していく。遠くで鳴る雲を引き裂く音も痛みへと変わる。 

荒い呼吸を繰り返し、ただ苦痛に耐える。

眠ることさえ出来るなら、と横になるが痛みは増すばかりだった。

とうとう堪えきれず、棚を漁る。

薬の類が残っていないか探すがみつからない。あるのは、祭事用の古い酒だけだった。

少しの迷いを打ち消すように酒に手をのばす。痛み止めになるかはわからない。だが、気休めにはなるだろう。酒を傍らに床に座し続けた。

 

 

風が屋根うつ音で目覚める。

カラカラと乾いた風音で雨があがったことを知る。体を起こすと、刺すような痛みが頭に走るが、昨晩ほどではなくなっている。

朝の礼拝をすませると道へでて砂を掃き、石をどける。

昨晩の雨で道は湿り砂ぼこりはあがらない。代わりに石がいつもより多く顔をだす。

動くたび痛みが走るが、これも試練だと言い聞かせ湿った重い砂を掃き、石をどけていく。ひとしきり終えると家へと戻った。

食事の用意をするがいつまでも片付かない。

噛むたび痛みが走るのではなかなか喉を通らず、仕方なく昨日残った酒で流し込んでいく。呼気に酒は感じない。痛み止めの代わりとして飲んでいるにすぎないのだ。

それが言い訳であることに蓋をして、喉を通る酒を感じていく。

 

気づくと夕刻が迫ってた。

床には酒瓶が転がる。少しだけだと入れたはずの酒が体中に巡っていた。

立ち上がると世界が揺れる。いくぶんましにはなったが頭の痛みはまだ残っていた。

家屋の戸締まりをするためおぼつかない足で動き出す。

外にある納屋を閉めて家屋に戻るその途中で、荷物受けに教会からの支給品が届いているのに気付く。

取り出すと教会の行事日程や人事などの広報物、そして、支度金となるカードが入っていた。

大きく息を吐く。酒の臭いが混じった嫌な感触を覚える。

テーブルの上に広報物を並べ確認していく。

変わらぬ教義や信条であることの確認から、時流に合わせた儀式作法、道徳的な価値観の普遍的な解説と記され、慈善活動や奉仕活動、教育プログラムなどの社会貢献の活動報告と成果が綴られる。

新たな施設の建設や仮想現実内にある巡礼地の案内などの信徒向けの情報の中に混じって、小さく各地の施設整理とそれに伴う支度金の削減を予定する文言があった。

施設整理――、それは見限られたことを示している。

この場所がそうであるかはまだ定かではない。だが、支度金の削減の対象にはなるだろう。

一方で、新たな施設建設や仮想現実内で用意された仮初の巡礼地ばかりに予算をむけている。各地にある施設とその周囲を守っている者たちを見捨てて……。

思ってはいけない感情が湧きあがってくる。それを抑えつけるため酒を口にした。

 

 

風が屋根うつ音で目覚める。

だが、外は暗いままだ。窓から覗く空には雲がかかり、月は隠れたままでわずかに星がみえるばかりだった。

ふと、外へと出た。

あてがあるわけではない。ただ、歩いた。

石につまづき、しばらくうずくまっては起き上がって、また歩いてを繰り返す。

ぼんやりと灯りが見えてくる。悪徳の街を照らす灯りだ。

光を追う羽虫のように街へと入っていく。その身を焼かれる運命にあろうとも、そうせずにいられない。

夜の街の様相は昼とそう変わりないものだった。

項垂れ建物に寄りかかる老人、火を焚き半裸で踊り狂う若者の集団、地下ケーブルの交換作業に従事するやつれた作業員たち、沈黙している治安当局の車両――、それらを横目に通り過ぎていく。

一角だけ整然とした場所があった。

この街の中心にあるヴァーチャルマシンの提供施設だ。全ての元凶、ここを悪徳の園へと唆した蛇そのもの。

吸い寄せられるように中に入る。

真っ暗な空間に誘導路が示され、そのまま奥へと進んでいく。

フラフラと進む先に終着点となるサークルが現れ、たどり着くとガイダンスと料金プランが表示される。

望んだものが実現する夢の世界――、そう嘯くがすべては金が物言う場所。外と何ら変わりない事実に小さく乾いた笑みがこぼれた。

流れる注意事項といつもの警告を適当にあしらい世界を作り始める。

空間は白く染まり、その準備が整ったようだった。

この何もない真っ白な世界に作ったのは・・・。

木と石の家が並び、馬が荷を運んでいく。地を耕し、雨に感謝し、日々の行いを省み祈りを捧げる大勢の農夫たち。夜は暗く、火を囲み収穫を皆で祝う、そんな遠い昔の光景が広がっていく。

未熟で粗雑でも、この先がずっとどこかに続いていると、みながそう信じていた、まだ途中だった時代。苦しくとも未来があり、悲しくとも分かち合う隣人がいる、不便でも温かみがあった世界。

そして、あの道が途絶えることなく聖地へと続いている。

風が屋根うつ音で目覚める。

朝の礼拝をすませ、道の砂を掃き石をどける。

視線の先に伸びるこの道は――、いつのものだろうか。

途絶えた道 完

作 ちよまつ(20230820)

#b2←前話・次話→d4:神になった男(仮)

(現在地:短編/途絶えた道)

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