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短編群~夢見る機械~

田舎街に住まう平凡な男が都市開発シミュレータに熱をあげる

短編の一覧&作品設定 | 公開-2025/9/04

短編 №.d4
神になった男(仮)

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今日は日曜日。空はCG映像のように青くまるで実写のよう。きっと風も心地よい。けれど車は走る。職場へと。

「あー、あー、あー、あー・・・・・・」

嫌々にぎられたハンドル、踏みたくもないアクセル、見たくもないいつもの田舎道、力なくグラグラする首と閉じない口からバカみたいにあふれ出る「あ」の音。

あと10分も走れば職場につく。必死の抵抗で繰り出す音もむなしく着実に進んでいく。

と、思ったのもつかの間。前を走る車が減速し、その先々で車がつまり始めている。

「またかよー」

この渋滞の原因はわかっている。近くにある県立中央病院、通称『県中けんちゅう』へむかう救急車が通るために道を譲っているのだ。

よく聞けば緊急車両の通過を知らせるサイレンと「緊急車両通ります」を繰り返す声が聞こえてくる。

さして広くもない田舎街の道、すこし寄せた程度では安全に通過できるわけもなく、緊急車両はゆっくりと車の間を縫うように進んでいく。

それだけで済むならまだよかった・・・、救急車の姿は見えなくなっても止まった車たちは動かない。

県中へとむかう救急車がその先でも詰まっているのだ。県中は大きな病院で連日年寄りたちが押し寄せるので大繫盛だが、それに面する道路は昔ながらの商店街通りなので狭い。緊急車両が優先的に通ろうとすればすぐに詰まってしまう。

「ちゃんと作れよー。バカがよー」

でかい病院を作るならちゃんと道も整備しろ、建てる場所を考えろよ、行政の怠慢だろ、と声にならない文句をたれつつ少しずつ動き出す車の流れに乗って職場へとむかう。

職場では心をシャットダウンし、肉体をクラムシェルモードノートパソコンを閉じた状態で外部ディスプレイに接続し内蔵ディスプレイを使用せずに操作するモードのこと。ここでは『体裁を取り繕いつつさぼっている』ぐらいの意、特に意味はないに切り替え効率的に仕事をこなしている風を装いやり過ごしていく。

定時を迎えると、風のようにタイムカードを押し、さも用事があるように急いで我が家アパートに帰宅――の前にコンビニにより夕飯を買って帰る。

夕飯をつまみつつ動画サイトでおすすめで流れてくるくだらないパチンコ動画をみて過ごす。

演者と呼ばれる謎のパチンコ打ちたちの阿鼻叫喚の無残な負け姿を見終わるとやることもなくなり暇になる。もう寝てもいいが・・・眠れそうにない。

スマホをいじって叡智系のまとめサイトをクロールしてみるがビビッと来る獲物はなし。次いで面白ニュース系にフィールドを変えるもこちらも当たりなし。

流れるようにゲーム、パチンコとジャンルを変えてみるも興味をそそられるものはなかったが、『アルファード買ったった。おまいらも急げwww』というスレタイに、どうせざんクレ小馬鹿系まとめスレ悪魔の発明と呼ばれるリボ払いと双璧をなす残クレについての匿名掲示板のスレッドがまとめサイト(キュレーションサイト)に転載され読み物のような形で広く拡散されているだと思ったがなんとなくタップしてみた。

そこには残クレ・・・、『残価設定型クレジット』と呼ばれる支払い方法でイキリマウント御用達の車であるアルファードを買ってやったという自慢と、それを小馬鹿にする住人たちのハートフルなキャッチボールが繰り広げられている。

スレの後半では残クレの仕様をどうにか悪用できないか画策するような流れになって、『ディーラーと仲良くなって馬鹿に残クレを紹介してバックマージンをもらう』『支払いをバックれて車体持ち逃げからの違法外人のヤードに売る』などよからぬ算段がつづられていく。

この手のスレッドにはたまに現代の錬金術と語られるような金儲けの手段が議論されることがある。

大抵は犯罪になりそうなものだが、中には合法的に儲けられる手段もあったりするのだ。最近だと急遽サービス終了が決まったソシャゲに大量課金して、サービス終了後の全額払い戻し時に発生するギャップで儲けられるというものがあった。支払い差にギャップがあるお得パックに限りがあるので数万円程度ではあったようだが実際に儲けられたらしい。

まったく世の中は歪んでいる。

どうせ税金の問題が出てくるのだから大儲けとはいかなくていいのだ。簡単にリスクなくできる小遣い稼ぎはないかゴミ情報の海を泳いでいく。

やはり多いのは転売系、次は生成AIによる収益楽曲を紐づけたショート動画、著作権無視スレスレのアニメキャラ酷似画像の商品売り、他には審査あり長期拘束の新薬の治験、、街中で火は使えねーよのアルミ缶のインゴット鋳造、どうみても闇バイトじみた住宅地の写真撮りや訪問・・・、ろくなものはない。

ムダな時間を過ごしている自覚はあるが手は止まらずゴミをかきわけ進んでいく。

ポイントサイト――、昔からある労力に見合わないでお馴染みの情報弱者御用達のサイトに入ってしまった。

ここ最近はポイ活なるフレーズをよくみかける。値上げ、増税、給料上がらずの不景気三銃士への抵抗がポイントという雀の涙の餌に喰いつかせるのだろう。

サイト自体を紹介する側にまわり大量のトモダチ紹介をこなしポイントを稼ぎ続けるか、廃人と化して幾多のサイトの抽選や登録ミッションを徘徊する亡者になってようやく小遣いレベルかどうかの代物。

ポイントは現金ではないので電子マネーへの交換レートや期限などの曲者が多い。ただでさえ数字に疎い庶民にはセルフ優良誤認が生まれやすい背景がある。

話は違うが、コンビニのおにぎりが無料で一つ貰えるからと電子マネーをチャージしたら不正アクセスで40万円取られちゃった、という痛ましい事件に小規模ながら似通った悲劇が自発的に繰り返されているという感じだ。

寝てた方が期待値ある、虚業界のルーキー、やりがいブラックホール、デジタル馬ニンジン、低所得者疲弊装置、国力衰退因子、主婦ホイホイ、情報化社会のダニの巣、情報テクノロジーの肥溜め、負の奉仕活動、精神の牢獄、など様々な言われようをする界隈だが、ある一文に目がとまる。

『シティーグラウンド8:10万人都市達成で3000P(最大12400P)』

ゲーム系の達成型ミッションのようだが他と比べて高いポイント付与にみえる。最大というのは他ミッションがあって全て達成で付与、という意味だろう。10万人都市というワードからシムシティやシヴィライゼーション系のシミュレータゲームの類なはずだ。

「ほーん・・・」

ゲームならできそう。簡単だろ。いや、なにか落とし穴があるはず。主婦やライトゲーマーにも敷居が高いシミュレータゲームは穴場か? など湧き出る内なる声と対話していく。

さっそく該当のゲームを調べてみると予想通りの都市開発シミュレータゲーム。最新ナンバリング作が出たプロモーションの一環でポイントサイトに回ってきているようだ。

ランクアップミッション形式で簡単な施設建設で50P、生活インフラ完備で300P、税収の黒字化で500P、人口3万人で1000P,人口10万人で5000Pと段階的に上がっていく。後半になるほど都市としての規模と質、住人の満足度など要求が高度になるので達成が難しそうだ。

別にゲームとして難しいわけではない。ポイント付与の条件に小さく『初回起動から7日以内』と書かれているのだ。

俺でなきゃ見逃しちゃうね案件とはよくいったもので、これはかなり重要な縛りになる。なぜなら、この手のゲームは施設開発や住民の移動などに対して実時間とリンクしている。要はリアルに数分から物によっては数時間、数日とかかるものが多く、ちんたら進めていたら期限に間に合わない設計だ。

そして、そんなユーザーにはスキップや倍速などの課金プランや有料オプションが用意されていてあっという間にミッション達成となる。

そう――、最大の12400Pをゲットするためには20000円ほど課金すればよいのだ。めでたしめでたし。

例え課金を嫌がってもインストールし実際にプレイしたという数字はパブリッシャー側の実績となり、累計何万ダウンロード!という謳い文句の一部として吸収される。実によくできた仕組みだ。実際に7日間毎日5時間ほどプレイして貰えるのは1000Pくらいだろうか。

1時間辺りで20Pちょっと。普通の1P、2Pしかもらえない30秒広告をただ見るだけのものより効率が悪い。デカデカと書かれた最大12400Pは砂上の楼閣なのだ。だが、ポイント付与はあるのだから噓じゃないし詐欺じゃない、多く貰えないのはユーザーが下手だっただけ、という隙を生じぬ弐段構え。

こういう罠を考える仕事に就きたいものだ。

感心はさておき、これはあくまで一般的なポイ活民たちの場合の陥る穴だが、こちとらゲームに関して一家言ありというところ。一緒にされちゃ困るぜよ、の勢いでセールで買ったゲーミングノートPC(笑)を立ち上げ、ポイントサイト登録からのダウンロードとインストール、起動。待っている間に攻略サイトを探すという手際の良さを披露する。

さっそくゲームを開始するも、ここで痛恨のミス発覚。

現在23時54分、あと6分で翌日となる。おそるおそる極小文字のポイント付与の条件の項目を流していくと『日付更新は0時に対応』の記載。

「やられたー」

つまりは、あと6分しかないのに1日としてカウントしやがるのだ。あと少しインストールを待てば初日の24時間を丸々使えたのに、それを丸々失ってしまった。

7日あったはずの期限が超速で6日となるアクシデント発生・・・。

だが、リカバリー可能と判断。初日の開始時刻に注意喚起をしない不親切極まりない悪徳運営企業への復讐を誓い続行を決意する。

ゲーム内プロフィールなど適当にすませ、チュートリアルが始まるも遅いし文字が小さいのでスキップ。少し長めの読み込が入りゲームスタートとなった。

まずは土台となるフィールドタイプはオーソドックスな扇状地を選択。山側でダムと水力発電を作り、海に伸びる河川沿いに街を発展させていく予定だ。さっそく道路を引いて住宅地となる場所を作っていく。

次に住人たちの仕事場となる工場地帯、役所、学校、病院など最低限の施設を建設する。警察署、福祉施設、娯楽場なども必要になってくるだろうが後回しにして最初はとにかく住人を定着させて街を回してく。

ほどなく住人が増え始め、開始から30分で人口は100人を超えた。

モニターには小さな住人たちが街を行き来し始めて街が動きだしていく。

この辺りから攻略サイトの世話になりたいところだがPCゲームのせいか見つからない。この手のゲームは英語圏のサイトなら充実しているらしいがPCゲームが弱い日本ではいまいちだ。

仕方なく手探りでやっていくが、これ以上は初期資金がなくなり住人たちからの税収が入ってこなければ眺めるだけになる。

住人が増えれて活動すれば税収が入り、それを元にさらに道路を通し新たな施設を建設できるのだが住人が増えなければ何も始まらない。

時間とともに人口は微増していくが埒が明かないので、メニューから税金の項目を開いて数値バーを右に思い切りふってみた。すると税収の増加速度が著しく上がり、これまでにないペースで資金が増えていく。

これでいけるか――、と眺めていると減少していく項目に気づく。そう、人口だ。あまりの税金の高さに住民が逃げ出しているのだ。

慌てて税金の値を元に戻した。昔のゲームならこの辺りがガバガバで住人の行動が遅かったのでこれで資金を貯められたりしたがさすが最新のシミュレータでは無理なようだ。

「んー、金がねーな」

現実でもつぶやいている言葉を口にしながら次の手を考える。

ここは大人しく微増する住人たちに合わせて出来る範囲での開発に着手していくかと考えを巡らす。だが、これはゲームだ。ガバい部分が必ずある――。ゲーマーの直感ゴーストがそう囁く。

なにか画期的な一手がないかアレコレと弄っていると3:34の表示に気づいた。

さすがにもう寝なくてはいけない。色々と口惜しいが観念して横になった。

スマホのアラームで目覚めると可能な限り脳の働きをセーブして職場へとむかう。

「本日も晴天なりー。行き先は地獄行きー。地獄行きー」

鼻声で車掌のマネをしながら車を走らせていると行き交う車が妙に多いのに気づいた。他県ナンバーも目につく。ほどなく車が詰まり始めノロノロとのんびり紀行と相成った。

「あー、きょうは旗日か」

こちとら罰を受けにいく罪人だというのに休日を謳歌するために移動する幸せの群れに飲まれてしまった。反吐が出そうだ。

「もー、用もねーのにウロチョロすんなよー」

ごく自然に悪態をつきながらハンドルを切り細い横道に入った。別に遅刻するような時間ではないが待っていられない。普段は使わないルートを通って再び地獄へとむかう。

横道に入ってスイスイと進んでいくかと思われたが、今度はあの音が聞こえてくる。

「まじー? いい加減にしろよー」

舌打ちと歯ぎしりをほぼ同時に発生させながら速度を落としギリギリまで路肩に寄せる。ほどなく緊急車両をアピールする音が大きくなり、その姿を現した。

車を停止させ救急車の通過を待つ。

が――、道幅が狭くすれ違うにはギリギリ。通れないことはないが救急車は公的車両であり何があってもぶつけないように慎重に慎重に検討に検討を重ね入念な確認につぐ確認を行いミラーではなく目視での再チェックもしっかりとシゆっクリとシカシそれデイテ着ジツニスレチガッテイク。

「うるせーよ!!!」

すぐ隣をサイレンをまき散らす物体がへばりつくように通過していく。打ち消すように大声を上げたが敵うはずもなかった。

長く短い爆音の刑を受けたあと車は再び地獄へとむかう。その耳にはいまだ残響が響いている気がする。

ようやくと横道を抜け大通りへと出た。

地獄という名の職場まであと少し。辿り着きたくもないがいまは終わりにしたいという願いが勝っていた。

が――、信号で停止した以降、車が動かない。

嫌な予感はほどなく現実となった。遠くから徐々に大きくなるあの音と『緊急車両通ります』の声にハンドルが軋む。

案の定、スムーズな通過とならず待たされる。

遠目にもゆっくりと進んでいく救急車を見ながら、「ようやくか・・・」と思った次の瞬間、脇道から強引に入ってきたアルファードが列を抜けようとしていた救急車の前に躍り出た。

ばかアルファードは救急車が通っていた道路中央でブレーキを踏んで停止する。その先にある脇道に入って抜けようとしてるようだが停止している車たちに阻まれ進めない。ゴミくそアルファードのブレーキランプが細かく点灯し、ギアをバックいれたが今度は後方から別の車が顔を出し蓋をする形になった。

「何やってんだよー」

唸りながら見守っているが救急車の前に陣取るイキりアルファードとそれを後方から塞ぐ車は動かない。いますぐ〇んだ方がいいアルファードの運転手は窓をあけ身を乗り出し後方の車の方を見て何か叫んでいるようだが動く気配はない。

終わった――。あの世界一ダサいアルファードを塞いでいる後方の車の・・・、その後ろにも車がいるのだ。しかも1台や2台ではなく、たぶん渋滞してる。

クソバカゴミアホアルファードがイキがったせいで急性動脈閉塞症レベルの絶望的な詰まりが発生したのだ。

ほどなく救急隊員が降りてきてアルファード野郎とコンタクトを取りながら後方を塞ぐ車の方を覗いている。隊員は運転手に向けてなのだろうか腕でバツを作り何かを知らせていた。

完全に時間の停止した世界で鳴っていたサイレンはいつの間にかやんでいた。

救急車の後ろが開きストレッチャーを降ろす作業が始まる。降ろされた患者を乗せたストレッチャーが隊員に押されて車の先へと消えていった。

県中まで近いのが不幸中の幸いといえなくもないが、そもそも県中とその付近の道がおかしいからこんな惨事を生んでいるのだ。

「ちゃんと考えろよー。誰だよあそこに作ったクソバカはよー」

年寄りだらけの街、狭くいくせに横道だけは豊富な道路、運転マナーなどない血気盛んなカッペドライバー、休みだからと無駄に出かける貧乏人、需要の集中するこの街唯一の大病院・・・・・・、老化した血管にゴミ油にまみれた高圧血流、負荷のかかった心臓をかかえたこの街は慢性的な合併症を起こしている。

誰もが文句をいうが解決はしない。長い年月をかけて積み重なった歪みは手の施しようのないレベルに達している。土台から作り直さなければ解決はしないだろう。いっそ隕石が降ってきてすべて吹き飛んでしまえばいいのだ。

目的地の地獄まではすぐそこなのにいまだ車は動ない。ただただ意味のない時間が過ぎていく。

そこから先は覚えていない。

記憶が復旧したのはアパートに戻ってからのこと。

きっと罪人として勤めは果たしてきたのだろう。スマホの着信履歴には何もないので何の問題もなくこなしたはずだ。

一抹の不安はよぎるが、いまは目の前のシティズ・グラウンド8で人口を10万人まで増やしていかねばならない。

「まーじ増えねーな」

昨日から動かしっぱなしにしているPCがほのかに熱をおびているのに人口は300人程度とたいして増えていない。住人の住む居住地区画が最大に埋まれば1万人程度は増える算段だったが、まったく定着せず空き家ばかりになっている。だが職場となる工場施設や学校などの教育福祉施設が足りていないわけではないようだ。

何が足りないのか――。

「あー、水道かー」

完全に忘れていた上下水道。住宅地を作ったときに勝手に作られていると思い込んでいた。どうやら住宅区画に配管を通さなければならないらしい。

「こいつら水でなくてどうやって生活してんだ? むしろよく300人も残ってるよ。原始人か」

謎の感心をしながら浄水場を建設し配管を伸ばして住宅区画へとつなげる。すると住人数がぐっと上がり始める。「よしよし」と頷きながら次は下水管をのばしてくが処理施設が作れない。

「金がねー」

税収が足りない。資金不足だ。とりあえず下水管をむやみに伸ばしていると河川に設置できた。そのまま垂れ流しになるがゲームだしいいだろう、と手を打った。

住人たちは水を得たことに喜んだのか人口が加速的に増えていく。500、800、1500、2500、4000・・・あっという間に5000人に到達する。

税収も大きく上がり使える資金が増えたので、新しく道路を作り、居住地を拡張、余裕が出てきたので住人の幸福度に作用する水族館や植物園なども設置する名采配もみせる。これは有能市長待ったなし。目標の10万人まで2日、3日あれば余裕そうだ。

気をよくしたのでこの街に名前を付けてやろうと思い立つ。

笠部原かさべはら・・・と」

初期設定で飛ばした無名の街に名がついた。

笠部原シティ・・・、ダサい名だ。それもそのはずこの田舎街の名前だから。終わっている現実の笠部原市と正反対の超先鋭スマートシティにしてやろうと、そう名付けた。

この時点でポイント付与の条件のいくつかを達成し500P獲得の通知がきた。「よしよし」と確かな実感を得つつさらなる高みへと邁進していく。

そうこうしている内に人口は1万人を超えた。あとは適当に道路を通して居住地と工場を増やせば10万人まで届くのではないのか、そんな勢いだ。そんな風に画面を眺めているとポップアップ通知で出てくる。どうやら住民からの要望のようだ。

「銀行が欲しい? 贅沢だな。タンスにでもしまってろよ」

小癪な住人たちの要望だが名市長としては応えてやらねばならない。どこかに銀行を設置しようと場所を探していると、あることに気づいた。

「なんだこれ?」

雷のような形をしているアイコンが住宅地の上に大量に出ている。アイコンの意味をみてみると『状態:電力不足』とある。

「もう足りねーのかよ。無駄使いすんなよ」

山間部にあるダムの水力発電所、街中の火力発電所があるが人口が増えてきて賄いきれないようだ。新たに発電施設を建設しなければならない。

「高けーんだよなー。発電所・・・」

施設建設費は初回以外は基本的に高くなっている。二基目の発電設備となれば結構な額となってしまうのだ。しかも、発電所は利用者が少なければすぐ赤字になる。

「んー、どうにか安くなんねーかな」

思索を巡らせ辿り着くのは水力発電。他の火力、原子力発電と比べて維持費も安くコストパフォーマンスが良い。弱点は少ない発電量になるが、ここでゲーマーの直感が走る。

「10基くらあればいけんだろー」

水力発電所となるダムが10基――。現実ならそんな無茶はできないだろうが、これはゲーム。できるのだ。

さっそく山間部にダムを建設、というか乱立。水が溜まり発電が始まるまで時間がかかるが、これで電力問題は解決だ。スピード感ある実行力、昨今の根回しに駆けずり回る政治家に見習ってほしい。

「おっし、こんくらいか」

初日は勝手がわからず手こずったがベテランゲーマーを甘く見ないでもらいたい。少しかじればこんなものだ。

あとは時間で人口増え、税収が上がっていく。資金が貯まれば次はより多くの住人を集められる団地や高層ビルを居住地にしてもいいだろう。そろそろ市民の教育レベルも上がり大卒しかつけない研究施設が作れるようになれば安く施設建設できたり生産物の効率が良くなったりしていく。

このままゲーム内時間を動かしたまま2日目初回ゲーム起動からは3日目・・・は終わりにして横になった。

不快なアラームで目覚める。

机の上のノートPCは節電のため真っ暗だが、その裏では懸命に働いてりるだろう。熱を逃がす排気音がいまは頼もしい。現在の人口がどのくらい増えたか確認したい衝動を抑えて家を出た。

「みよわれらー、さしろのふもとー、われらにせんのまなびやーたてにー、いまはひゃくにんしかーいないーけどー」

その昔に連帯責任の名のもと怒鳴られながら何度も歌わされた校歌のリズムに替え歌を交えつつ車を走らせる。昔は小中しょうちゅうで2000人もいたことを誇った歌もいまは虚しいものだ。

道端には押し車で歩く老婆、草刈りに興じるじいさん、デイケアサービスの送迎車が前を走り、自己負担1割で薬と湿布をばらまく小さなドライブスルーつき薬局が点在している。

たぬきがよく死んでいる道路は穴が開いては補修を繰り返しているのでデコボコしており、IQと相関関係があるという車高の低い車に懲罰を与えるのでたまにパンパ―が落ちていた。

この街の主要産業は福祉をしゃぶることか、金融システムの餌になることだろうか。生産性という言葉は草ボーボーの耕作放棄地に埋まっている。

「まったく度し難いなー」

この街の忌憚ない感想のべつつ職場へとむかう。この日は救急車に出会うことなく職場でもよく眠れたので充実した日になった。

颯爽とアパートに戻り、PCのエンターキーを叩いてモニターを起動させる。

人口は――32768。

「おっし!」

人口表示は昨日止めた時点から2万人以上増えている。住民の要望だけでなく水質汚染、電力不足、犯罪率上昇などのトラブルは増えているが着実に10万人都市への道を歩んでいる。

3日で3万人なら明日か明後日には達成できるのではないか、そんな展望がみえる。

このペースで12000P・・・交換率など考えても1万円程度のwebマネーが手に入る。遅くても7日程度で1万円相当だ。悪くない。

「ありよりのありだろー」

しかも今回だけの話ではないのだ。この手のポイント獲得可能なシミュレータゲームは他にもある。もっと効率を高めれば思わぬ副業、いや本業にすらなりかねない。現代の錬金術の一端がここにあった。

完璧な計画――、熱々になって排気全開のノートPCもやる気満々だ。

さっそく増えた人口から得られた税収を資金とし新たな施設建設へと着手する。

公園、スーパーマーケット、美容室、郵便局、市役所、介護施設、火葬場と今まで無くてよく生活できたような基本的なものまで充実させていく。さすがゲームだ。もう少し資金が貯まれば高層ビルや巨大ショッピングモールも作れるようになる。だが金が足りなくなってきた。

「税金あげるかー」

金がないならあるところから絞り出せばいい。増えた住民からでる税はさぞうまかろう。だが前のように極端なマネはしない。軽く2倍にするだけ。生かさず殺さず、為政者の基本だ。

加速的に増えていく税収、一方で人口は・・・微減。

成功だ。もう少し税率を上げてもいいかもしれない。確かな手ごたえを感じつつ、現実の税率もこうやってテキトーに決めてんじゃなかろうかと思いをはせる。

徴収した税を有効活用し、今度は山側にあるダム群と街の間にあるまだ手付かずのスペースを開拓していく。

この辺りの地形は段差があり一度整地しないと建設ができないので後回しになっていた。鼻歌まじりに大規模な地ならしをして自然を蹂躙していく。現実で行えば土地や水の権利問題や環境保護団体との戦いになること必至の蛮行になるが、この世界の市長の前では無力。だが、すべては民のため、やむを得ない行いなのだ。

「・・・やべ、やっちまった」

少しやりすぎてしまい地面が大きくえぐれてしまった。それだけでなく近くにあった河川の淵もえぐってしまい低い地面に水が流れてきてしまう。

急いで河川の修復をしたが浸水部分が残ってしまう。排水ポンプ施設を建設する方法もあるがコストがかかるので自然に水が引くまで放っておくことにした。

他の平らになった土地には住宅区画と最低限のライフラインを整えて、あとは街まで道路を伸ばしてつなげる。これで新たな住人、労働力の確保ができたわけだ。

「なんだこれ?」

しばらく目を離していた街には謎の白い十字アイコンが大量発生している。

調べてみると『体調不良:病気』とあり、住人たちの行動が制限され生産性が著しく下がっている。街に作った病院だけでは捌ききれていないようだ。

「根性がねーな。そのくらい我慢して働けよ」

文句を言っても仕方がない。このまま放っておくとさらに病人が増えていき税収も大きく下がってしまう。

「めんどくせーな」

小さな病院を建てても埒が明かない。ここは大量の病人を捌ける大病院メディカルセンターの建設を決意した。

まず先ほど地ならしした新たな区画への建設を考えたが、病人たちが遠い病院まで通わないといけないのでは効率が悪い。やはり効率を考えると街の中心に建てる方がいいだろう。

街の中心地に建っていた学校や役所、植物園などの施設を移動して新たに大病院と研究所、介護施設、火葬場、墓地などの周辺施設を建設した。

ついでに大病院を中心に交通の便を整えようと思ったが、ここで資金が底をつく。

「あとでいいか・・・」

大病院周辺の改良は後回しにして再び作ったばかりの区画へと視点を変える。

「なんだこれ・・・。 なんで水でてんだよ」

視点を変えた先に映ったのは、水・・・。区画全体が浸水状態になっている。さっき決壊した部分の修復が甘かったようだ。とんだ手抜き工事、現実なら超の付く大事件。しかも浸水を示すウォーターマークだけでなく、先ほど見た病気を示す白十字マークも大量にまぎれている。どうやら浸水による影響で衛生環境が悪くなっているようだ。

「とっとと病院いけよー」

住宅区画の浸水は汲み上げポンプ施設を置いてしばらくすれば解決するが、病人たちは病院に行ってもらわないと治らない。この区画にも病院を建てるか検討してみるが資金がないことを思い出す。

「また税金あげるかー」

さっと税率を弄ろうと財政の項目タブを開くと数値がマイナス・・・、赤字に転落している。

「はあ? おかしいだろ!」

完璧な行政を実施している我が笠部原シティの財政は火の車――。節約のため常識破りの10基の水力発電所群での電力確保、衛生という概念を忘れ下水は河川に垂れ流し、治安を捨て警察署や刑務所を設置せずにきたのに・・・。「なぜだ!」と坊や呼ばわりされることもはばからず叫ぶ。

原因を究明しようと画面を街全体をみられる俯瞰モードにすると、すぐに異常は見つかった。

渋滞――、それも未曾有の大渋滞。

街の中心に作った大病院にむかって車がびっしりと連なっている。まったく動く気配すらないレベルの惨状・・・。道路を引っぺがしていちからやり直した方が早いんじゃないかという詰まり具合だ。

治療にむかった労働者たちが動けずにいるせいで街の生産性はガタ落ち、みるみる赤字が膨らんでいく。

「なんだよこのクソ道路」

誰が作ったかはこの際忘れて、応急処置として横道を増やすバイパス手術を開始する。とりあえず捌ければいい・・・、そうして手当たり次第に道を増やしていく。足りない資金は街の施設を売っぱらって確保し、高低差を利用した高架橋、地下トンネルなんでもござれだ。とにかく道をつなげていく。

渋滞が解消される頃には元の面影がないほどの奇怪な景観になっていた。

「合体したラスボスみてーだ・・・」

道路は異様にねじれて建物の間をすり抜けて時には屋上を横断している。高架橋も地下道も合体しすぎて何がどう繋がっているのか自分でももわからない。座標がバグっているのか車が地面にめり込んだり宙を走っている箇所すらある。

ぐにゃぐにゃと絡まり合った脇道、上下幾重にも折り重なった車道、その中心に鎮座する大病院は、まるで巨大な肉塊に神経を這わせたかのような不気味さ。車は空を飛び、入り組んで複雑な構造の都市、病院から出た大量の遺体、すぐ隣のフル回転中の火葬場から立ち昇る白煙、パンデミックが起きたSF映画のワンシーンようだった。

「・・・まあ、いいだろ」

例え見てくれがスパゲッティ症候群の患者ようだとしても渋滞が起こらなければよいのだ。機能面では問題ない。

財政収支は赤字から脱出し、ようやく一息つけると思いきや再び嫌なものが飛び込んでくる。

「またかよー」

電力の不足を示す雷マークのアイコンがびっしり・・・。労働者が戻ったはいいが今度は働きすぎて電力不足とは恐れ入る。

「はいはい、発電所増やしますよー」

次から次へと起こるトラブルにも慣れた手つきで対処していく。

今度はケチった水力発電所ではなく、設計には条件があるがコスパの良い原子力発電所を建設した。が、建てる場所は街外れではなく街の中にする。住民の満足度や健康被害、事故やテロなどのインシデントの可能性の警告が出たが知ったことかと市長の権限においてズバッと決断。政治は即断即決、必要な時に必要な物が必要なのです――、そうおぼろげながらに浮かんでくる大臣就任から迅速なセクシー米の放出で評価爆上げ中の某若手議員が連日(2025/06/10)にニュースになるので、この文章がおぼろげながらに浮かんできた

この名采配の結果、人口6万人を突破。

さすが稀代の名市長、誉れ高き人物、この街の救世主、いや神そのものだと住民たちからの黄色い声が聞こえ、PCからはアツアツの勇ましい排気音が奏でられる。

ここで間髪入れずに次の政策へと邁進する。前進あるのみ、名市長に後退はない。

まずは小学校以外の教育機関を閉鎖ないし僻地に追いやる。

理由は以下の通りである。

  • 労働者の教育レベルの上昇は専門職などの高級労働者ホワイトカラーを増やす
  • 高級労働者が増えると単純労働者ブルーカラーが少なくなる
  • 生産性が下がると税収が下がり金が貯まらない
  • 金がないと施設が作れない=街が大きくならない=人が増えない
  • このゲームの個人的な目標は人口10万人の達成である
  • つまりは教育機関はいらない(高級労働者はいらない)QED

やはり筋肉、筋肉こそが全てを解決する。

学歴なぞ不用。社会を回すのは血と汗と筋肉に他ならない。この街に必要なのは、たくさんの地を這いつくばる汗輝く労働者であって、空調システムに守られた高給取りのスーツ野郎はお呼びではないのだ。

さっそく教育制限政策の効果が現れ始めた。それに伴って人口増加のペースも上がっている。ゲームの説明にはなかったが教育水準が低い方が出生率が高いようだ。・・・当たり前か。

妙な納得感を得つつ、人口は8万人を突破した。

残り2万人。このまま軽微な修正をするだけ10万人に届くのではないかという期待が湧き上がる。

もし残り僅かの時点で電力不足などのトラブルが起こっても水害待ったなしのレベルで水力発電所をフル稼働させればいいし、そろそろ河川に垂れ流しの下水の悪影響が表に出そうだがそれで病気が蔓延しても役所や銀行をつぶしてすべて病院にしてしまえばいい。

ここまで来ればあとは先など考えなくていいのだ。今をしのげれば・・・、10万人という数字に達するのなら全て許されるのだ。

それでもダメな時の切り札リーサルウェポンも用意してある。

盛り土と海水で街全体を囲み、住人の出奔を物理的に阻害したあとに税金を最大まで引き上げる『アタックザタイタン作戦』を発動、集まった資金で街の外に作った貿易用の出島に居住区画と娯楽施設を大拡張して人口の瞬間的な増加からの10万人達成という禁断のプランだ。抜かりはない。

そんな栄光への架け橋を思い描いた矢先、異常に見舞われた。

「重いな…」

モニターの中の世界がスローに・・・いや、飛び飛びというかカクカクというか他ゲーでいう『水中戦』のような挙動になっていた。

思い当たる原因は一つしかない。
この安物のゲーミングノートPCの排気ファンから発せられる熱と異音・・・、「フォーーン!!」という荒ぶる排気音はあきらかにまずい事態フェーズへ突入している。、

シズマレ、シズマリタマエ、 サゾカシナノアルPCとオミウケシタガ、ナゼソノヨウニアラブルノカ・・・、そう心の中で鎮守の呪文を唱えながら行く末を見守る。

――「フォ゛ーーン゛!!!」

呪いまじなもむなしく怒りにも似た咆哮をあげる安物のエセゲーミングPC。

「しっかりしろよ! 使えねーな」

今一歩、あと少しだというのに予期せぬゲーム外からの刺客。敵は身内に紛れていたのだ。

――「フォ゛ォ゛ーーン゛!!!!」

『ブスすぎてつらたん』とキャピキャピの自撮りツイートして『ほんとだ』とリプライを受けたときを彷彿とさせるような発狂状態のPC。操作も受けつけず再起動もシャットダウンもできない。裏では動いてはいるのだろうが、こちらからは確認できない。

「あーあ、ついてねー」

とりあえず運のせいにしてこっちの頭を冷やすため風呂に入ることにした。

だが、風呂から戻っても飯を食べても寝そべってスマホをポチポチしてもPCは異音と熱を発したまま・・・。

「新しいの買うしかねーか・・・」

いっこうに復帰せず騒ぎ続けているクソPCに見切りをつけ、新たなマシンの購入を考える。

買うとすれば名前だけのなんちゃってゲーミングノートPCタイプではなく、今度はちゃんとしたデスクトップタワー型のゲーミングPCだ。価格は安くても20万以上。それなりのスペックを目指せば30万は軽く超えるだろう。

ある程度のパーツを指定できるBTO方式のメーカー直販サイトを検索したが、届くまでに一週間以上かかることに気づいて断念。ポイントを得るためには明日、せめて明後日までには届かねば間に合わない。

少し高めにはなるが速達可能な完成品を売っているサイトを眺めて実はよくわかってはいないマシンスペックを比べていく。

セールだの何だの書いてある安物でも16万が最安値、ギリギリ手が届きそうなものだと29万もする。歴史的な円安と不安的な国際情勢のせいなのか一昔前より高く感じる。転売ヤーに人気の事前抽選のある携帯ゲーム機がたいしたスペックでもないのに6万超えるご時世なのだからゲーマーの財布事情は厳しい。

ない知識で見比べた結果、286000円のハイエンド未満ミドルグレードよりやや上くらいの上位ミドルグレードクラスに落ち着く。このクラスなら最低限プラスアルファの性能が見込めるので、大量のオブジェクトを配置しても処理遅れや、排熱が間に合わず処理能力が低下したりすることが少なくなる・・・、はずだ。

ゲームが進むほど処理能力が必要になり、後半になると莫大な量になりがちなシミュレータゲームを効率的にプレイしていくには必須の性能。よく考えれば最初から必要だったのだ。

だが、金がない。

品物をカートに入れ支払い画面で時が止まる。

クレジットカードを使ってもいいが、来月の支払いはカツカツ。前回の支払いが滞ったのはいつだったか? 今回はちょっと滞ってもいけるか? グルグルと答えがでない問答が頭を巡る。

そんな葛藤に悪魔が囁く――、リ・ボ・払・い、はーと

そうリボルビング払い。いくら使っても毎月の一定の支払いになる魔法のシステム。重税に喘ぐ庶民の味方。困ったときのエンジン付き助け舟。金融工学が産んだ狼。不確定な未来から今を切り開くパワー

これに手を出すということはネットでバカにされる以外のデメリットもあるが、そこは秘策あり。このシミュレータゲームの高ポイントを荒稼ぎするので全部とはいかずとも半分はペイできる予定なのだ。さらに長い目で考えればもっと大きな利益を得るその足掛かりとなる。

これは先行投資アップフロント・インベストメント、正しいリボ払いなのだ。

迷いを打ち消すように買い物を確定し、お届け予定のメールを受け取る。

ふう、と一息つくも相変わらず「フォ゛ォ゛ォ゛ーーン゛!!!!!」と排気ファン全開でその命燃やし尽くさんと言わんばかりのノートPC。明日にはお役御免となる身だが、サブPCとしてまだまだ働いてもらうつもりだ。壊れてくれるなよ、と星に願って瞼を閉じた。

ふと目が覚める。もう朝だろうか。アラームは聞こえないが、なんだか臭い。

臭い・・・。薄暗い・・・。焦げ臭い!

はっと起き上がると煙が充満している。火事、かじ、カジ、kazi、213204・・・、急速に下がる知能指数の中で懸命に現状把握につとめる。

火元はもちろん絶対こいつ、ゲーミングノートPC!!

呼吸も満足にできない中で地獄の業火に包まれるPCにむかって枕を叩きつける。

消えない! 何度も枕を叩きつけても消えない。花火のような勢いで火を噴き続けている。あれか? リチウムイオン電池とかいう某国でよく爆発しているやつのせいか? そういえば某国製だ! 某国の破壊工作! 陰謀!? 違うとわかっていてもそんな場合じゃないこともわかっているのにいつものくだらない妄想が頭を駆け巡る。

「おえ゛ぇ! げっほ゛っ、お゛っお゛っ!」

えずきと咳と吐き気が同時に襲い掛かる。目も痛くてよく見えない。だが、手を止めるわけにはいかない。

ほとんど無呼吸で叩き続けていくが火は消えない。シューという火花の音が無慈悲に響き続ける。

苦い、苦しい。口元にTシャツをあてて凌ぐが役に立っている気がしない。もう目を開けていられず、ぎゅっと瞑って枕をふる。

PCが跳ねたのかテーブルから消えた。すぐそばにいるのに煙で見えない。

もう限界――、そう諦めて脱出を決意する。

急いで119にかけなくては・・・・あれ? 110だったか・・・、大家に何と言おう・・・、保険は・・・、この先待っている面倒なことが次々と浮かんでくる。

身をかがめてドアにむかうが、急にりきがへえらねぇ。

とにかく這いつくばってドア前まで来たがノブまで手が届かない。すぐそこあるのに・・・、いつもなら嫌な気持ちで開けるドアが・・・、その先の世界が遠い。

精一杯に手を伸ばすが力尽きて突っ伏した。

己が無力を感じながら、なぜだか無料おにぎり欲しさに40万円取られちゃった優しそうなおじさんの顔が浮かんでくる。 40万円取られちゃった優しそうなおじさん セブンペイ事件より

もう終わり・・・、あっけない、情けない最期だったな、ある意味良かったのかな、だれか助けてくれないかな、そんな言葉を飲んだまま意識は闇に消えていった。

目が覚めると白い景色がみえた。

すぐに白い天井の病室であることを察する。助かったのだ。

病院であること、ベッドから見える街の風景からここが県中であることを知る。その3階、いや4階くらいだろうか。

ほどなく看護師さんが来て簡単な質問されながらバイタル測定され、遅れて医師がくるとまた同じような質問が始まり、軽い火傷、吸引障害などの状態であったこと、今後懸念される症状など医学的な説明を懇切丁寧にされる。

そこから先はうろ覚えだが、すぐに退院という運びになった。

その間にお巡りさんが2人きて色々と確認をされ、観念して素直に『安物のPCが火を噴いた』ことを伝えると責められることもなく「大変でしたね」と、まだ確認事項はあるが後日改めて伺いますと10分も経たずに深々とお辞儀して病室を去っていった。

ついでメディカルソーシャルワーカーだという女性が市役所との間を取り持ってくれ福祉課の生活困窮者自立支援窓口へむかうことになる。

親や親族などに頼れない身の上の者にも支援がしっかりあるという。役所で担当になったケースワーカーの「安心してください」という言葉が響く。

だが、その中でひとつ嘘をついてしまった。

――「今後、お迎えなど頼めるご友人はいますか?」の質問についくだらない見栄を張ってしまったのだ。

役所に着くと古めのスマホを貸し出され制限はあるが自由に使っていいという。しばらくは貸与品を使い、今後は生活保護を受けるか否かで変わると説明された。

まだ説明は続くらしいが、まずは手渡されたスマホで”ご友人たち”に連絡をとってみてくださいと促され外に出る。

ご友人・・・、重苦しい言葉。話せなくもない同級生はいるものの、そもそも番号を覚えていない。なぜあんな嘘をついてしまったのか。恥を忍んで「やっぱりいませんでした」と正直に言うべきか。それとも言い訳して「番号がわからない」と話しても、むこうで調べるとかになったらいよいよ逃げ道がなくなってしまう。後悔ばかりが募っていく。

陽が傾き始めた市役所の駐車場で途方に暮れていると1台のアルファードが入ってくる。

駐車場には空きがあるのに、そのムダにでかい車体を停める場所を探しているのかやけにノロノロ運転のアルファード。眺めていると、あろうことかこちらに近づいてくる。

目が合うと舐められたと感じる習性を持つ層の「いま見てたろ! 喧嘩売ってんのか」系の導火線に火をつけてしまったのかと焦るも、それはすぐに覆る。こちらにむかって手を振っているのだ。

「・・・ダイスケ」

ひさしぶりに見た同級生の顔。陽に焼けたのか焼いたのか浅黒い肌は夏休みに一緒に遊んだあの頃の面影を宿していた。

どこで聞いたのか火事の一報を受けて病院に来てくれたらしい。そこで市役所に来たことを知って探しにきたのだという。

ダイスケは「何やってんだよー。死ななくてよかったな」と豪快に笑ってくれる。つられて笑ってしまった。そんな状況ではないのに涙が出るほど笑ってしまった。

ケースワーカーに迎えと今日の宿のあてを伝えると、「良かったー。もう5時過ぎちゃってなかなか泊まれる施設につながらなくて・・・」と一時宿泊施設の確保がうまくいっていないことを憂いていたので助かったようだ。

ダイスケ自慢のアルファードに乗ってふかふかの助手席から夕暮れの笠部原を眺める。

遠くに聞こえるサイレンは頼もしく、いまだ草刈りに精を出す人生の先輩たち、道行く仕事帰りの車たちは家族のもとに帰りまた明日も働くのだろう。

笠部原市――、4つの市町村の合併により8万人まで大きくなった街。地方都市と呼べば聞こえはいいが、その実態は古びた街の寄せ集めに近い。

それでも合併後の『』をめぐって激しい駆け引きがあり、結果的に各市町村の名を一字ずつ冠したものに落ち着いたらしい。その新たな名の中にも序列という力関係がにじみ、それは名の順序と1つの名の消失という形に収まっている。

それぞれの街が賑わった時代もあったという。

墓石を扱う羽振りの良い石材屋たち、ブームとなったゴルフ場に変わった山林、芸者を囲う置屋とヤクザと歓楽街、あの夕日のように眩しい時代を過ぎて過去に取り残されようとしている。

だが、ここを故郷としてなんとか生きていく者たちがいて、諦めずにそれを支えようとする者たちがいる。

 暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう――土曜日にやっていた渡辺篤史の『建もの探訪』の前後にあったCM?でよく聞いたやつ。ろうそくの映像から流れるように小田和正の曲につながり番組が始まった記憶があるが曖昧

子供の頃よく聞いた言葉を思い出す。不平ばかり唱えていたちっぽけな我が身に何ができるだろうか。

アルファードをもってしてもデコボコを感じる道路、忙しく疲弊しているようにみえた医者や看護師たち、定時を過ぎているのに対応にあたる市役所職員、きっとどこもギリギリの福祉施設・・・、無理がでている。それをカバーする疲れた人たちがいる。

解決には強い決意けんりょく決断ねまわしが必要だ。

それはこの街の長――、市長かみにしか成しえない。

世を嘆いて堕落に甘んじ、税逃れの金もどきポイントを求めたり、悪魔の誘惑リボ払いに負けたりはしたが、もう失うものなどない。この街の底から天辺へと駆け上がろう。

沈む夕日に目をつむり笠部原再生計画シミュレーションが起動する。

神になった男(仮) 完?

作 ちよまつ(20250625)

c3:途絶えた道←前話・次話→a5:その首のあり方

(現在地:短編/神になった男(仮))

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