どこにでもいるごく普通のゲーム好きな少年は内面そのままに成長していく。学校を卒業する頃になると亡くなった父親の上司の勧めによって警察官の道へ進むのだった――。
長編小説 / 仮想追従~連載中~
「おい、箱中。これ片付けとけ」
横柄な口調で話すのは上司の山崎だ。地域部地域総務課の課長、そこまで偉いお巡りさんではないが、いつも威張っている。
「はい」
と、心ない返事をして箱中ソラは作業に取り掛かかろうとすると、再び山崎に呼び止められる。
「あー、あと、これもだ」
上司の山崎は、そういって追加の書類を投げてくる。
「これ備品課って書いてありますよ」
「いいから行って来い」
ぶっきらぼうに告げられるまま普段は縁遠い備品課へとむかう。
ここは、お巡りさんが日々書類作成に追われる場所、特に観光することろもない街である風間市にある警察所だから風間警察署と呼ばれ市民の皆様から親しまれている。
「あれ、どっかいくの?」
備品課にむかう途中に同僚の一機に出くわす。
「なんか備品課にいけっていわれた」
「ふーん、そっちも変な雑用やらされてんのか」
一機も雑用をやらされているようだ。
「でも、上の人からは楽でいいなっていわれるよ。昔はみんな交番からだったのにって」
警察学校を卒業したての新米が署内での仕事についているのをみて、そうぼやくベテランたちは多い。
10年前辺りから警察官の採用試験の倍率は減少傾向にあった。好調な景気に反して、危険な業務が多い警察官の人的被害がよくニュースになっていれば自然な流れだろう。
そんな警察官の人材確保のために待遇面の改善がはかられ、警察学校の規則改定、交番勤務の選択制、早期退職時の退職金の増加など、若者にとって入りやすい環境へ、かつての汗臭いパワハラ体質からの決別へと舵が切られていた。
「いくら楽でも書類作成ばっかりで飽きたし、早く終わらしてアルカディアいきてー」
一機はだるそうに話す。アルカディアとは近くのゲームセンターのことだ。
「きょうだっけ、アプデ入るの」
「そう、俺の『おにぎり』プラ2になんねーかなー」
おにぎりとは、一機の使うキャラの主要技である『鬼人烈斬(きじんれつざん)』の略称『鬼斬り』のことだ。スラング化しているので、発音が完全に食べる方のおにぎりになっている。
「ないでしょ。プラ1でも壊れなのに」
「いや、ジャスのアサルトがプラ2なんだからいいだろ」
プラ2とは、プラス2フレームの略。1秒を1/60フレームで管理する対戦ゲームで、この数値が1違うだけで暴行傷害事件が起こるかどうかの問題になる。一機は、今日のバージョンアップデートでライバルキャラに並ぶことに期待しているようだ。
少しの間、一機と無駄話をして備品課にむかった。
「あっ、ソラちゃん来た」
備品課に入ると、外からきている事務のおばさんに声をかけられる。
「えー、とね。ここに来てくれって」
そういって簡単な地図をひらいて指でなぞる。
確認すると風間警察署が管理する車両を保管、整備するところだった。歩いて数分といった場所にある。
事務のおばさんにお礼をいって署から出た。
少し歩くと、整備場らしき場所が見えてくる。
中に入ると、整備中のパトカーやその他で使う一般車両が並べられていた。作業服姿の数人のほかに、スーツ姿の女性が立っているのを見つけた。
こちらに気づいた彼女が手招きしたので足を速める。
「あなたが箱崎くん?」
「はい、箱崎です」
「そう、じゃあ乗って」
そっけなくいわれるがまま助手席に乗り込む。
目的地を知らせぬまま車は走り出し、運転する彼女が慣れない道であろう路地を注意深く確認しながら進むのをみて邪魔しないように大人しく待った。
路地を出て、大きな道路でにでて走行が安定したタイミングで口をひらく。
「あの、どこにいくんですか?」
「聞いてないの? 新谷の運転免許センターだけど」
あっけらかんと彼女はいった。
「そうだったんですか。特に何もいわれませんでした」
「あー、前にセンターで使ってるシミュレーターの簡易マニュアル作ってくれたでしょ」
「あったかもしれないですね。そういうの」
記憶の片隅にそんな仕事があったのを思い出す。なぜか関係ないはずの運転免許センターの仕事が回ってきたことが確かにあった。
「それが評判良くて、また頼みたくて呼んでもらったの」
「また新しいシミュレーターがきたんですか?」
「それじゃなくて、ぜんぜん違うやつ。まあ、見てみてよ」
そう話していると運転免許センターと到着し、裏の整備場へとむかう。
車を降り、整備場の奥にあった建物にくると、大きなシャッター横の扉を開け中へと入った。
建物内はがらんとし広さは学校の体育館より少し小さい位の空間が広がっている。電気をつけると、中央にカバーがかけられたシルエットが姿を現す。
近づくと、そう大きくはない割にやけに下部が膨らんでいる様子が目についた。
「そっち持ってくれる?」
彼女はカバーの端を持ちバサバサと畳み始める。
それを手伝うと、中からは4つのタイヤほかに折りたたまれた足のような機構が6本ついた車両が現れた。
一般車両ではなく、あきらかに装甲車として作られた分厚い外観。横長の細く小さいフロントガラス、おそらくは電子モニターになっていて戦車ような視界になるのかもしれない。折りたたまれた足のようなものが展開すると、車体が浮き、その足で走行したり擬似的に歩くことができそうだ。
ロボットゲームに出てくる多脚車両に近いが、あまり洗練されたデザインとはいえない。通常の小型車両に装甲と、脚部やアームをつけているだけに見えた。高速で高い旋回能力を有する――、とは思えないが段差や階段などは時間をかければ走破できそうだ。
「試作機らしいんだけど、マニュアルが難しすぎて使いにくいから現場で使う用の簡易版のやつ作って欲しいの」
「これ、どこで使う車両なんですか?」
メディアや市民の反発を何より恐れるお堅い組織の警察が、戦車とまではいかないまでも装甲車両の導入を検討しているのだろうか。気になってので聞いてみる。
「まだ決まってないみたい。なんか警備部と揉めてるって話だし」
やれやれといった感じだ。何やら揉め事の種になっているらしい。
「じゃあ、とりあえず見てくれない」
「見ろっていわれても、車両の知識とかないですけど」
「いいのよ。計器とかがちゃんとあるか確認して」
確認してと無理な注文をいれられ、仕方なく運転席にあったマニュアルを開く。
【ご使用の車両は複雑なシステムを備えており、十分な知識と理解が必要です。以下に記載されている手順を正確に実行してください。取扱いに不慣れな場合は、認定修理担当者にご相談ください。】
真っ先に飛び込んできた文字は、担当者に聞けというもの。当たり前のことだが、そもそも一般車両にも詳しくない自分がなぜ呼ばれのか不思議に思う。
文句をいっても始まらないので、とりあえずパラパラと捲ってみる。
「確かにわかりづらいですね。マニュアル内の名称が長すぎて読みにくい上に、日本語が堅苦しくて、なんか運転免許の試験問題みたいですね」
ステアリングコラム、イグニッションキー、ECシステム、たぶん普段目にする車両の当たり前の部分のことが馴染みないカタカナで記され、パワートレインコンポーネント(F26図解A1)から機械的な回転力(※トルク係数項参照)へ車輪やドライブシャフトに――、などとAIに書かせたかのような親しみとは無縁の文章が並ぶ。
とりあえず駆動は燃料エンジンで、足のようなものは電気モーターで動かすようだ。
「でしょー。動かすどころか何がどこにあんのかもわかんないのよ」
「メーカーの人は来ないんですか?」
「来たけど、みんな覚えられなくて全然ダメ。色々と違い過ぎるの。動かし方だけ知りたいのに、ずっと仕組みみたいなのの解説ばっかり」
うんざりした様子で話す。
だが、警察にも車両に関わる専門家がいそうなものだ。その手の詳しい人間にみせれば喜んで協力してくれそうな気もするが、部ごとの諍いや縦割りの弊害が出ているのかもしれない。警察官になったものの警察という組織は大きすぎてソラにはわからない。
しばらく狭い座席に座ってマニュアルを読みふける。
「どう? できそう?」
心配そうに覗いてくる。
「動かし方がわかればいいんですよね。まあ、なんとかなるかも…」
一応はできそうだと返事する。
「そう! 絵本みたく簡単なやつでお願い」
難解なマニュアルへ怒りをぶつけるようにいう。そして、「よし、片付いた」と手を叩きどこかに電話をかけ出す。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、今日はいつ帰れるのか不安に思う。
今頃、一機はアルカディアで歓喜に身を震わせているか、あるいは期待外れで他のキャラのネガキャンに必死になっているはずだ。そんな光景が目に浮かぶ。
彼女は、まだ電話で話し込んでいる。
車両から降りて外観を改めて確認する。
小型の装甲車両の側面に状況によって駆動輪になる足がついている――、とても親しみやすいとはいえないデザイン。これが本当に採用されるのだろうか、ソラは想像してみる。
これがパトカーのように子供たちの心を掴むには、やはりカラーリングが大事になるだろうか。戦隊物とのタイアップも必要だな、と膨らませていく。
そういえば、この車両の名前は何だろうか。
どうせ味気のない型式名しかなさそうだが、気になったので探してみようと、その手に持った難解なマニュアルとにらめっこを続けた。
/| TO BE CONTINUED ―→
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(現在地:仮想追従/2話:足のついた車)